2019年2月 9日 (土)

鎌倉・横須賀・横浜を行く

鎌倉で1泊研修をやるってんでこの木・金と行ってきた(^^)/

2月7日(木)
いつもの時間にいつもの通勤に使っている電車のいつもの座席に座って出発。いつも乗り換えている新宿三丁目駅で降りずにそのまま横浜駅まで直行。JR横須賀線に乗り換えると、10時30分頃に鎌倉駅に到着。うわっ、近っ、つ~かすんげぇ~便利。

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着いた~(^^)/

とりあえず鎌倉と言えば鶴岡八幡宮だろうってんで、小町通りというおしゃれな商店が並ぶ参道へ。

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着いた~(^^)/

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とりあえずお参り。

いつものように家内安全、健康第一、交通安全、宝籤大当たりの4つを祈願。

おみくじを引くと、きょ、きょ、凶~~~っと出た!!

凶なんていつ以来だろう。生まれて初めてかも。

今年はずっと吉が続いていた。

まず、1月6日のシンガーソングライター、イトウナホのライブでナホちゃん手作りのおみくじをもらったら「吉」、翌7日に初詣に行った靖国神社でも「吉」。12日に地元の神社に神棚に祀るお札をもらいに行ったら、神社の人が誰もいなくて、お札をもらえなかったので、今度は16日に東郷神社にお参りに行っておみくじを引いたらまたまた「吉」。

この東郷神社でもお札をもらったので、わが家の神棚は左側から「靖国神社」「天照皇大神宮」「東郷神社」と有名どころが揃ってしまった。

まあ、それはともかく、今年はどうやら大吉は無理かなと思っていたら、なんとついに凶を引いてしまったというわけ。

慌てて、おみくじを結んで「凶運みくじ納め箱」に入れ、矢鏑を握って凶運を強運に転じてもらうべくよ~くおん願い奉っておいた。

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帰りは若宮大路という目抜き通りの参道を昼飯を何にしようか考えつつ歩く。

んで、やっぱり湘南と言えばしらす丼だべぇと思いつつ、やたらあちこちの店にあるしらす丼の写真やらサンプルやらを見比べながら歩いているうちに、神奈川県では3月10日までしらすは禁漁になっているので、多くの店が釜揚げしらすのみを提供していて、生しらすを出す店は静岡県産を取り寄せているということがわかってきた。

てなところで、釜揚げしらす丼と生しらす丼の両方を食べられる店に突入。

生ビールと一緒に注文すると、「はい」と意外と生真面目な返事が返ってきたので、ふとカウンターの奥を見ると、主人らしい人はインド系か中東系な人。で、カウンターには「祝1周年」と書かれた小さなトロフィーが飾ってある。ふ~む、ここはインドカレー屋だったのが1年ほど前にしらす丼屋に衣替えしたんだな、きっと、と勝手に想像。

んで、きたきた。

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二色しらす丼と呼ぶ。「お好みの加減で醤油をかけて」と女性の店員(ご主人の奥さんかも)に言われたけど、そんなものいりません。減塩してますから。つ~か、釜揚げしらすがじゅうぶんしょっぱい。

んで、お味はもちろん、文句なし。うんめぇ~~~。

次は鎌倉駅の反対側に出て、六地蔵にお祈りを捧げる。

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そこから少し歩いていくと…


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長楽寺跡という碑がある。

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源頼朝の菩提を弔うために北条政子が建立した寺の跡なんだそうだ。

そのすぐ左手には鎌倉文学館。

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入館料300円を払って、建物の中に入ると、上品そうなおば様が、「ここではおみくじを引いていただけます」と行って、筒を差し出したので、竹棒を引き抜くと5番。おば様に5番ですというと、おば様は、「大吉、中吉、吉、凶、大凶のいずれでも良いので、ここではご自分でお決めいただいています」という。そこで、「さっき鶴岡八幡宮で凶を引いたばかりです」というと、「それでは大吉が良いでしょう」と笑った。なんだか、あちこちでおみくじを引いてはその結果を気にしている自分の姿が滑稽に思えてきた。

館内には明治、大正の文豪を中心とする作家の自筆の原稿を中心に展示してあり、こんなにも数多くの文豪たちが鎌倉に棲息し、縁やゆかりを紡いできたのかと改めて感嘆した。

そこからまた少し歩くと、いよいよ大仏さまだ。

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出た~っ。

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拝観料200円。さらに20円を払うと大仏さまの胎内に入れる。

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ここから頭部を見上げると…

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大仏さまを後にして、10分ほど歩くと有名な長谷寺だ。

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残念ながら長谷観音は撮影禁止。観音堂の隣の観音ミュージアム(入館料300円)で数々の仏像に圧倒されてから、改めて観音様を拝顔。ふと、脇の棚を見ると、金箔の塗り替え工事を計画しているようで、寄付を募る箱が置いてある。そこで、最小口数の千円札を封筒に入れ、「宝くじ大当たり」と祈願を書いて投函しておいた。億円単位の大当たりコースを期待したい。

そこからまたまた歩いて、由比ヶ浜へ。

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江ノ電由比ヶ浜駅の踏切を渡ってちょっと歩くともう海岸だ。

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すごい強風が吹いていたのだが、海にはサーフィンを楽しむ人がパラパラと見える。

研修の集合時間までまだ1時間近く余裕があったので、近くの松原庵というカフェへ。瀟洒な雰囲気のお店で、スコーン2個とオリジナルブレンドのコーヒーのセットをいただく。スコーンはプレーンとチョコレートナッツを注文。ほかほかのスコーンが出てきて、これがとってもうまい。山盛りのクロテッドクリームがついてくるのだが、クリームなんてなくても十分にうまい。ただし、クリームもうまいので、結局きれいにたいらげてしまった。

本日の集合場所の「KKR鎌倉わかみや」へは午後3時20分に到着。

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スマホアプリの歩数計を見ると1万6000歩を超えていた。

午後4時から5時まで会議。熱海のお湯という風呂に入浴後、6時から宴会。2次会のカラオケ、さらには4人部屋での部屋飲みを経て就寝。

2日目の8日(金)は朝6時に起床。

入浴後の朝食で、とろろ芋と勘違いして、ヨーグルトをご飯の上にかけるという小さな過ちを犯したものの、無事予定通り8時45分出発。大型バスに10数人の団体なので、余裕しゃくしゃく。一路横須賀へ。

まずは世界三大記念艦「みかさ」を見学。日露戦争でバルチック艦隊に大勝した大日本帝国連合艦隊の司令艦だ。

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東郷平八郎連合艦隊司令長官像に敬礼しつつ、原宿の東郷神社以来今年2度目の拝顔を賜りつかまつったことをご報告。右手の戦艦みかさに目をやる。

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おおっ、これが噂の「みかさ」かぁ。数々の戦果を挙げてきたその雄姿に改めて敬礼。

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東郷司令長官が立っていた船橋の羅針盤。床を見ると、東郷司令長官(奥)や秋山真之参謀(手前)らが立っていた位置を示す銘板が貼ってあった。

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「海ゆかば」を歌いつつ艦内を見学。

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バスに戻る途中、秋山真之が生前、「いかなることがあろうとアメリカとは絶対に戦争をしてはならない」と口癖のように言っていたとされるのを思い出した。「これからの戦争は飛行機と潜水艦の戦いになるから、日本に勝ち目がない」というのが理由だったが、「みかさ」の参謀として活躍し、日露戦争終結後、海軍中将にまで昇り詰めた秋山は、若い頃の米国留学経験から、米国の圧倒的な裕福さと技術力と資金力を身に染みてわかっていたのだろう。秋山の忠告を無視した日本は、太平洋戦争に突き進み、米国との圧倒的な物量の差の前に屈服した。

日露戦争勃発時にアジアで植民地化されていなかったのは日本とタイの2カ国のみ。日本の勝利はアジアの国々に独立への機運を芽生えさせた。ここで戦争を2度と繰り返さぬように外交努力を続けていれば、どんなにかアジア諸国から尊敬されていたことか。少なくとも、近隣諸国から70年余にもわたってあることないこと非難されたり、イヤミをいわれたりするような事態にはならなかったことだろう。

てなわけで、現代の軍事情勢も視察しておこうということで横須賀軍港へ。

軍港クルーズの11時の便(団体1260円)で出航。

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いきなりわが海上自衛隊の潜水艦2艇がお出迎え。

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なぜか、米国の湾岸警備隊の船がいる。米国の湾岸警備隊は日本の湾岸も守ってくれているのかと思ったら、どうやらここのドックで修理をするために寄港したようだ。

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米海軍のイージス艦。頼りにしてまっせ~。

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ついに姿を現したっ。米原子力空母ロナルド・レーガン(奥の船)。もっと近くに寄ってほしいのだが、近づける距離が決められていて、これがギリギリなんだとか。

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こちらは日本の護衛艦「あまぎり」。

45分間のクルーズを終えて帰還。バスで一路横浜は中華街へ。

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おなじみの丸テーブルを囲んで中華料理と紹興酒を堪能し、お土産を買って午後2時解散。

来た時と同じ副都心線に乗って帰宅したのでした。

2019年1月22日 (火)

沢田研二の古希コンサートに行ってきた(*'ω'*)

昨日まで3連休していて、今朝出社したら事務所には誰もいない。

マンションの一室に同居しているおらとは別の会社の人たちは、外で会議があるためきょうは出社しないとの書き置きを残してあり、おおそうかと思っていたら、おらの会社の唯一の同僚から電話があり、風邪をひいたのできょうは休むとの由。てなわけで、きょうは一日事務所にたった一人でぼうっとしているハメに。

まぁ、いいかとパソコンの電源を入れると、ドロップボックスのアイコンに11件のファイルを処理したとかいった内容の吹き出し。スマホで撮影しておいた写真が自動的にパソコンのドロップボックスにコピーされたのだ。

それで、1月19日(土)にカミさんに付き合って沢田研二の古希記念コンサート「70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」に行って、スマホで何枚か写真を撮ったのを思いだした。

たった一人の事務所でぽつねんと机の前に座っていてもなんだからと、このコンサートをネタにブログを書くことにした。

考えてみれば、だいぶブログをすっぽかしていた。今年に入ってまだ何も書いていない。

そもそもこの正月は例年になく忙しかった。土日の休日もすべて用事で埋まっていた。

この土日も、沢田研二のコンサートの次の日は、信州の日本酒を楽しむ利き酒会というのに初めて誘われて行ってきた。それできのうの月曜日は久々にゆっくりしたくなり、有給休暇をとったのだった。

んで、コンサート。うちのカミさんは例のドタキャンとなった10月17日のさいたまアリーナにも行ってきたんだが、ドタキャンに怒り狂うこともないどころか、今度はおらまで誘っての観賞。「タイガースの曲も歌うかもよ」というカミさんの言にしぶしぶついていくことにしたのだが、すでに先週のうちに職場のおばさんから「絶対に新しい曲しか歌わないよ」と教えられていた。

武道館に近づくに従って、長い行列ができてくるのだが、予想通り、ほとんどがばあさんでたまにじいさん。

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武道館でのコンサートを聴くのは久々だ。

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2階席なんだが、フロアがスロープになっているので、3階とか4階とか5階と言ってもおかしくない高さ。これで8000円。

ミュージック・ビデオが終わって、映写していた大型スクリーンが巻き上げられると、沢田研二とギタリストの2名が登場。コンサートは最初から最後までこの2人だけ。つまり、伴奏はエレキギター1本。

沢田研二は開口いちばん、「きょうはもしかしたら中止かもと思ったひと~」というような意味の言葉を発し、大勢の観客が手を挙げて、まずは会場になごやかな雰囲気を醸し出すというスタート。まぁ、ここらへんはさすが貫禄十分のプロといったところ。

次から次と歌いまくるが、職場のおばさんの予言通り、おらの知っている曲は一曲もなし。最初の曲は「カサブランカ・ダンディ」という歌だそうだが、ついカミさんと顔を見合わせてしまった。声がひどいのだ。

だけど、せっかくだから乗らなきゃ損と思い、歌に合わせて手拍子をしたり、腕をつき上げたりするだけでなく、「イェ~イ」とか叫んでいたら、隣のカミさんも「ジュリーっ」とテレビドラマ「時間ですよ」の樹木希林みたいに叫びはじめた。カミさんは昨年暮れから体調を崩していて、この日もゆっくりゆっくり歩いてやっとの思いで武道館にたどり着いたありさまだったので、ちょっと驚いた。

まぁ、その甲斐もあってか、次第に声が出てきたように思う。

彼の歌い方はしっとり調というより絶叫調だから、声が出ないと聴いていられない。

やはり年には勝てないなと思ってしまう。

だから沢田研二の歌よりも観客のほうが気になって、周囲の人々を観察。カミさんとは反対側の隣に座った知らないおばさんは、全身を揺らしながら手拍子をたたいているのだが、すぐに拍子が合わなくなり、何度もやり直している。こんなにリズム感がないというか運動神経の悪そうな人を初めてみた。

アリーナ席は9割以上が女性で、全員、最初か最後まで立ちっぱなし。おらは2階席でよかったとつくづく思った。

ふと、観客席の端に座ったカミさんのさらに向こうにある入り口を隔てた横のほうの席を見ると、やはり奥さんに連れてこられたとおぼしき、どこかの会社の重役っぽいネクタイ付きの正装をしたおじさんが、周囲の手拍子に加わることもなく、じっと前を見据えている。ふと、何が面白くて、そこにじっと座り続けているのだろうと思ってしまった。

2階席からは沢田研二は豆つぶぐらいにしか見えず、衣装もよくわからないのだが、ピエロの着る服のように上下がつながっていて、そこにキラキラ光る色とりどりの飾りがぶら下がっているようだ。このためおらにはなんだかピンクのミノムシが歌っているように見えた。

ステージの正面だけでなく後ろ側にも観客がいるので、沢田研二はそちらにも気を使って、歌い終わると正面で「ありがとうございました」と5回言ったあと、後ろの席にも2回言うという感じだったが、ギタリストはずっと正面を向いたまま。反対側の席の人は損だなぁと思った。

休憩後に再登場すると、スコットランドの伝統衣装のキルトに似たスカート姿。「もうこの年だし、なんでもいいから変わった衣装にしようと考えた」というような意味のことを言っていた。そして、例のさいたまアリーナのドタキャン騒ぎに言及。なんだかんだと言い訳していたが、要はプロとしての意地を貫いたということのようだ。だけど、もう二度としないというようなニュアンスも伝わった。彼が言うには、さいたまアリーナの前のコンサートも後のコンサートもすべて大入りだそうだ。

まぁ、あの声で、この日だけで1万人ほどのおばさんたちが熱心に手拍子したり腕をつき上げたりして乗っているのだから、さすがジュリーというものだ。

ジュリーの歌に酔っているおばさんたちは、ジュリーとともに歩んできた自らの歴史に酔っている部分も多分にあるのだろう。タイガース時代を除いてジュリーの歌に酔えなかったおらですら、その歴史の傍流的に共鳴できるのだから。

そのジュリーは、還暦のコンサートで何とかあと10年頑張ると言ったのが、あっという間に何気なく10年過ぎてしまったので、ここからあと10年続けたいとも語っていた。

そうなんだ。いくつになろうが、年齢に関係なく、声の出る出ないに関係なく、歌い続けていること自体に価値があるのだ。

2018年12月23日 (日)

ひとりでクリスマス気分のコンサート

3週間ほど前からカミさんの体調が悪い。

頭と歯と腰が痛いという。三重苦である。

2日ほど寝込んだあと、おらの行き付けの成金趣味クリニックのS脳神経外科に自分で勝手に診てもらいにゆき、脳MRIと血液検査を受ける。その数日後、本人の行き付けの歯医者にも診てもらう。

その結果、これといって悪いところはないと言われたそうだ。腰の痛いのは首が曲がっている(!!!?)せいなので、仕方ないということだそうだ。歯も別段悪いところはないということで、S脳神経外科で処方された痛み止めを飲みつつ、快復を待つ日々だ。

カミさんによると、S脳神経外科で処方された痛み止めは三半規官の異常を治す働きも兼ねていて、飲むと痛みはやわらぐものの頭がボーッとして倦怠感を覚え、何もやる気がなくなるのだそうだ。

そのうえ、サジを投げられた腰のほうは今やぎっくり腰並みに痛みが増してきたということで、3カ月も前からカミさんが予約していたグローリー・ゴスペル・シンガーズのクリスマスコンサートにおら一人で行くはめになった。

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(テイト・コーポレーションのホームページより)

会場は「川口総合文化センター リリア」。別名リリアホールという1・2階合わせて2000人弱収容のおらにはいちばんリラックスして聴ける規模のホールだ。

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開演前のホールの広いロビーでは、地元の合唱団がお揃いのクリスチャンガウンを着てクリスマスソングのミニコンサートを開いており、いよいよムードが高まる。

で、開演。おらの隣のカミさんが座るはずの席に上着とマフラーとバッグを置き、そちらにあげた足が向くように足を組むという間隔の狭い椅子席にあって余裕のポーズでコンサートを楽しむ。

バックはドラムとキーボードとベースのみ。女7人男3人のゴスペルシンガーが揃っているのだから、それで十分なのだろう。

背景全体に曲に合わせたCGを映してご機嫌なステージを繰り広げた。

難点はプログラムがないこと。なんでじゃ。聖夜やらアメイジンググレイスやら諸人こぞりてあたりはわかるのでいいが、知らない歌はやはり題名くらい知っておきたい。なのにプログラムがないてのでわからない。

まぁそれでも、ゴスペルはノリやすいので、そこそこノッて、立つべきところは立って、手を打つところは手を打っているうちにしっかりと楽しめた。

なんつっても、彼らは声量がすごい。男も女も良く声が出とる。おらもあんな風に声が出たらどんなにか幸せだろうにとうらやましくなるほどだ。声量豊かな歌声をたっぷり聞くと、清々しく満たされた気分になる。

最後のほうでは観客がスタンドアップするだけでなく、ステージにもどんどん上げて全員で合唱。歌うのはハッピィデイだ。この歌はもうちょっとアドリブを効かしてほしかったが、ごく普通に楽しく歌っていた

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女性歌手が「シャシン トッテ イイヨッ!」というので、スマホで撮った(映りが悪いけど)。意外と子供が多い。

アンコールの曲では歌手がペンライトを振るのに合わせて、会場の観客もライトを振り始めた。でも、ちゃんとしたペンライトを手にしていた人はほんの一部。他のほとんどの人はスマホのライトを点けてペンライト代わりにしていた。

あれはスマホにもともと搭載されている機能なのか、それとも専用アプリをインストールしているのか。おらは使ったことがなくよくわからないうえに、帰りの電車内でスマホのバッテリーが切れるのを恐れて真似はしなかった。

左斜め前の席の女性が隣の友達に合わせてなのか、何も光っていないスマホを振っていたが、あれは意味ないだろうと思った。

その最後の曲の背景のCGには「2018 Merry Christmas」、続いて「2019  Happy NewYear」と映し出され、歌手が会場に下りてきて観客と握手しながら退場。ロビーでは、ステージで女性歌手の一人がつたない日本語で訴えかけた通り、アジアの恵まれない子供たちのための募金をしていたので、なけなしの千円札を募金箱に投じてから帰途に。

これでいい年を迎えられるかな。クリスチャンじゃないけど。

2018年12月 3日 (月)

頸動脈プラークに改善なし('ω')

休み(^^)/

1年に1回の脳MRI・頸動脈エコー検査の結果を聞くために成金趣味のS脳神経外科へ。このクリニック、検査を受けるときは受診時間を予約できるのだが、その結果を聞きに行くときは予約できない仕組み。

んで、10:40に到着。

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このクリニックの贅を尽くしたような内装や医療関係には似合わないようなお洒落過ぎる女性用の制服には来るたびに感心するんだが、いったい誰の趣味なのか。やっぱり院長なんだろうなぁ。

受付カウンターの背景の壁には100号を超えると思われるロココ調の立派な風景画か掛けてあるのだが、その前にはせっかくの絵画の半分ほどを覆い隠してしまうように、大きくて値も張りそうな花瓶にたわわなドライフラワーが生けてある。

その写真を撮ると受付にいる美女たちに怪しまれそうなので、反対側の窓際にスマホを向けると、そこには、これまた立派なカーテンと照明スタンドがあった。

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ソファーも立派。

てなことを考えたり、iPad miniで日経新聞を読んだりしているうちに、11:50頃にお呼びがかかった。待ち時間2時間を覚悟していたので、意外な感じ。

で、診察室へ入り、S院長とご対面。

S院長は青い手術着姿。脳神経外科といっても、手術室はないからおそらく手術はしないのだと思うが、最近は手術着で外来問診するのが流行っているのか(半年前のS総合病院の糖尿内科の先生がそうだった)。

まず、脳MRIの画像を壁に投影。「ここと、こことかに白いところがいくつかありますね。血が通っていないところです。あとこの血管のボコボコしているのは動脈硬化ですね」と先生。要は1年前とほとんど変化なし。

続けて頸動脈エコーの画像。左側の血管プラークは最大1.6mmで、右側が2.2mm。左は1年前と同じ数値で、右は0.1大きくなっている。

この2年余り、真島康雄先生のRAP食(血管プラーク退縮食事療法)を実践してきて、1年前はちょっぴり改善していたので、今回はさらに改善するものと期待していたのだが、右の0.1が誤差の範囲だとしても、改善ではなくほぼ変化なしということなので、がっくり。

でも、他に良い方法がない以上、RAP食の効果を信じて、くじけずに続けるしかないだろう、と思う。

カミさんの頭痛が治らないこともあり、帰りに商店街の中華料理屋でタンメンを食す。ここのラーメンを食べたかったのだが、メニューを見ているうちに少しでも野菜が多い方がいいかもと、思い直し、タンメンにしたのだが、健康アプリ「あすけん」に入力すると、飽和脂肪酸と塩分が一気に「超過」になり、やっぱりラーメン系はやばいなぁと再認識。

帰宅後のちょうど午後3時、にわか雨のような苦にならない程度の小雨の中をジョギング。6kmコースを選択し、ちょうど午後4時に帰宅。

2018年12月 1日 (土)

2台ピアノの迫力演奏を満喫(^^)/

今夕は巣鴨の東音ホールという小さなホールでコンサート鑑賞。

「米英近現代作品コンピレーション」と題するピアノ2台の公開録音コンサートで、一緒に行くはずのカミさんが頭痛+歯痛+腰痛の三重苦で寝込んでしまったため、会社が退けてから一人で行ってきた。

連弾するのは浦壁信二、大井浩明という2人のピアニスト。この組み合わせのコンサートを聴くのは、一昨年の渋谷のライブハウスでストラヴィンスキーを聴いて以来、2年ぶりだ。その後、毎年2回ずつ演奏してきているそうで、あの格闘技的連弾がどのように進化を遂げているのかと興味津々。しかも、ガーシュインとバーンスタインという現代音楽の二大巨頭に挑むってんだからワクワク。

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(コンサートのホームページより)

会場で配られた、この手のコンサートには珍しい40ページ以上にものぼるプログラム解説パンフレットには、ガーシュインとバーンスタインの生い立ちと作品が事細かに記述されていてびっくり。

冒頭の奏者による説明で、大井氏がガーシュインの歌劇「ポギーとベス」の曲のそれぞれに「きょうの22歳と23歳の譜面めくりにはわかってもらえない昭和歌謡のテイストを盛り込んでみた」と語る。

何のことはない。曲の題名「My Man's Gone Now」を五木ひろしの「横浜たそがれ」の歌詞にある「あの人は行って行ってしまった」と訳すなど、すべて歌謡曲の歌詞を当てはめたという遊び心なのだ。

「Bess,You is My Woman Now」に至っては、山本譲二の「みちのくひとり旅」からとった「お前が俺には最後の女」を当てはめ、最後に「ベス」をつけて、「お前が俺には最後の女だベス」と、みちのくひとり旅だけに東北弁にしたと説明して会場の笑いを誘った。

演奏は申し分なし。何回も連弾してきているだけに2人の息はびったし。安心して聴いていられた。

バーンスタインのミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」のプロローグでは、ちゃんと2人そろって指を鳴らしてムードを盛り上げていた。

後半は、ジャズトランぺッター、ディジー・ガレスピーの代表作である「マンテカ」をアレンジした曲など、初耳ながらも味わい深い曲の数々を楽しめた。

次回も行こっと!!

2018年11月27日 (火)

体質改善に手応え(^^)/

きょうは3カ月に1回の通院日。高血圧などの薬をもらう内科の受診に加え、前立腺がんの予後を診てもらう6カ月に1回の泌尿器科受診が重なる日だ。

3カ月前に比べ、今回はあまり体調に自信がなかった。9月の末から先週まで、やたらイベントが続き、外食ばっかりでしかも深酒してしまうケースが相次いだからだ。

直近も、24日(土)に信州飯田の実家の家業が今年で百周年なので記念パーティーを開くってんで参加したのはいいんだが、パーティー料理ってぇのはちっとも客の健康なんで考えてくれないから、簡単にカロリーも塩分も大幅超過。

健康アプリ「あすけん」によるこの日1日の食事の採点は30点と落第点をとってしまった。

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ホテルに帰ってからも、やけ食いというほどではないが、缶ビールと缶酎ハイを1本ずつ空け、ビール缶と同じくらいの容量の缶に入ったナッツをたいらげてしまったが、栄養士キャラの未来(みく)さんに叱られそうなので、「あすけん」には入力しないでおいた。

さらに、25日(日)は帰宅後の夕飯に飯田名物の「おたぐり」に加え、わが家の定番料理の「野菜たっぷり豚しゃぶ鍋」をたいらげた。

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(おたぐり=ウィキペディアより)

寝る前に、明日は通院日だということで、血液検査で少しでもいい結果が出るようにと、HSP(ヒートショックプロテイン)入浴法を試みたんだが、その直前にタニタの体重体組成計に乗ったら、59.0kgと前日比1.9kgも増えていて、がっくり。

でも気を取り直して、今朝は5時に起床。入浴前に体重体組成計に乗ったら57.8kg、内臓脂肪レベル10.5とまずまず。

病院に8時8分に到着。採血・採尿を済ませて、内科の受付に予約票と診察券を提出。セブンイレブンのサンドイッチとコーヒーで朝食を摂り、もう一度診察フロアに戻って順番を待つ。

9時から各診察フロアの診察が始まり、おらは予約通りの9時30分に診察室前のディスプレーに予約番号が表示されて、先生とご対面。

案に反して先生は開口一番、「だいぶ良いですね」と褒めてくれた。

机の上のモニターを見ると、いちばん気になっているクレアチニン(基準値0.7~1.1mg/dl)が1.25とだいぶ低下し、1年前のレベルにまで戻していた。このクレアチニンは今年2月に1.66まで上昇し、5月1.34と低下したあと8月に1.42と再度上昇していたのだ。

つい、うれしくなって、「ほんとですね。この調子だと、治っちゃうかもしれませんね」と調子良いことを言うと、先生は「そうだといいんですけどね」と苦笑。慢性腎臓病は、進行を遅らせることはできても、完治はできないということを先生は当然良く知っているのである。

だが、おらは完治できないという説に対し半信半疑だ。なぜなら、血管プラークが諸悪の根源説をとる久留米の開業医、真島康雄先生が腎臓の動脈狭窄も腎臓内の毛細血管もプラークを退縮させれば治ると言っており、それを信じたいからだ。

クレアチニンのほかに、もう一つ気になっているヘモグロビンA1cも前回の5.8に続いて5.9と基準値の上限にとどまっており、ひと安心。ひと足先に改善しているコレステロールや中性脂肪、血糖値もみんな基準値内におさまっており、言うことなしの万々歳。

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先生がどんな食事療法をしているのか聞くので、脂質コントロールだけど、結果として糖質コントロールもできていると思う、加えて、豚しゃぶ鍋のタレをぽん酢ではなくただの米酢にするなど食塩摂取にも気をつけていると説明。糖尿内科が専門の先生がテレビ番組で糖質コントロールに関する話をしているのを見たことはとくに言わないでおいた。

あと、肺気腫を抱えながらもウォーキングをジョギングへとバージョンアップしたことも話すと、「肺気腫というのは、いつ頃、指摘されたんですか?」と聞くので、前に17万円のドックを受診したときにMRI画像で指摘され、その後、この病院の泌尿器科の先生にもそう言うと、前立腺がんの転移を調べるために撮影したレントゲン写真をモニターに呼び出して、「確かに」と確認してましたよと説明しておいた。

そういえば、この内科の先生には肺気腫のことは言ってなかったかも。17万円のドックの資料は見せたんだが、パラパラとざっくりとしか見ていなかったからな。

いつもの薬を処方してもらい、続いて泌尿器科へ。

こちらはPSA(前立腺特異抗原)が0.01未満と問題なしなので、取り立てて話もなく、最近の尿漏れが1日10~20cc前後、外で深酒すると60~70ccになるときもあるという状態に変化なしと報告。まぁ、1日当たり100cc用の尿漏れパッド1枚で済むので、そんなに苦にはならないという話をして、ではまた6カ月後にとあいなった。

2018年11月24日 (土)

初の9kmジョギング

朝4時過ぎに寝たら、カミさんが8時過ぎにゴミ出しに外に出る音がしたので起きてしまい、いったん起きたらなかなか寝付かれない性質のため、10時過ぎまで寝床でiPad miniで新聞を読んだりニュースを検索したりしていて、結局、そのまま起床。ゆえに睡眠時間4時間程度で、体調はよくないはずなのに、最近、休日がイベント続きでジョギングをする時間がとれなかったので、ジョギングしたくてうずうず。

とりあえず、遅い朝はカミさんが休日に必ず作ってくれる生姜紅茶1杯で済ます。健康アプリの「あすけん」に入力すると、栄養士&生活指導員キャラの未来(みく)さんが、「ちゃんと朝食を摂りましょう」と意見している。

入浴後、オンライン麻雀ゲーム「マルジャン」で遊び、昼飯は、わが家の定番となった、たまごかけ麦ごはん、のり、ほうれん草としらすのおしたし、酢キャベツ、たけのことわかめの煮物を食す。

んで、クルマに乗って買い物に出発。クルマに乗る直前、キーの開錠ボタンにクルマが反応するかどうかちょっと緊張。というのも、19日(月)に休みをとって、S脳神経外科に1年に1回の定期検査に行こうとしたら、キーのボタンを押してもクルマがうんともすんとも言わないという事態に見舞われたからだ。バッテリー上がりである。その2週間ほど前、ETCカードをチェックしていたときに室内灯を点けて、そのままにしていたようだ。

結局、徒歩でS脳神経外科に行き、帰ってきてから自動車保険の契約先である損保ジャパンのコールセンターに連絡。すると40分ほどでレスキューが来てくれて、起電してくれた。料金はタダ。損保ジャパンのロードレスキューサービスを頼んだのは初めてだが、ありがたいサービスだ。その後、しっかりと充電するように30分ほどクルマを乗り回しておいたのだが、またまたバッテリーが上がっていないかきょう改めて乗るまでかすかな不安が残っていた。

クルマは無事動き、ちょっと離れたベイシアへ。目的はスポーツウエアの購入。これまで、ウォーキングやジョギングは、綿パンとポロシャツやTシャツなどほぼ普段着でやっていたのだが、そろそろ寒くなる前にきちんとしたウエアを備えておこうと考えた次第だ。

んで、近くのシマムラやユニクロ、マックハウスではなく、はるばるクルマに乗ってベイシアにまで行っただけの価値がある上下合わせて5000円ちょっとの、しかもサイズがピッタリのウエアを購入できた。

途中、図書館でCDを借りて帰宅したあと、早速、そのウエアの下だけ着て(上は普段着のトレーナー)ジョギングに出発。

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いつもの川べりのコースを走り、いつもの折り返し地点の橋まで到着したのだが、なんだか身体が調子良い。睡眠時間が短い割に走る意欲が湧いてくるのだ。

そこで、さらにもう一つ先の橋まで走ってみることにした。以前のウォーキングのときのコースになる。従来のジョギングは往復約6kmコースだったのが、一つ先の橋まで行くことで9km強になる。

ただ、おらにとって、もっとも愛着あるコースだ。橋と橋の間隔が長く、土手がずっと舗装されていて、しかも大きくカーブしており、左手に見える遠くの鉄塔が近づいてみると右手に位置が変わっているといった景色の面白さもあり、周りはたんぼが多いので、いろんなことを妄想しながらの走りや歩きに没頭できるのだ。

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夕陽に向かって走る上の写真は昨年の今ごろ、工事をしていて、何ができるのかなぁと思いながらウォーキングしていた場所だ。夏場からウォーキングをジョギングへとバージョンアップしたので、ここまでしばらくこなかったが、きょうはコースを延長したことで、この風景が見られた。工事は水路を整備するためのもので、田んぼは健在だった。

橋を折り返して、川の反対側の土手を走ってしばらくすると、全身がぼわ~っと熱くなる感じがした。おっ、睡眠不足の身体に無理をさせてしまったかな、と思い、すぐに立ち止まって手首の脈を測ると、何のことはない、100ちょっとでしかない。そこで、再び走り出した。

結局、完走。気持ちの良い汗も噴き出してきして、帰宅してからあっつ~い風呂に。

「あすけん」の歩数計アプリと連動した「運動」の項目をチェックすると、消費カロリーが目標をはるかに超えていて、未来さんが「すごい」とほめてくれた。

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2018年11月12日 (月)

アルコールは控えめに

春から夏にかけて、近年のわが身には珍しく、血圧がかなり安定した日が続いていた。
そのため、8月27日の通院日に主治医に血圧の薬を減らしたいと相談したのだが、その半年ほど前にはコレステロールの薬をやめたいという希望を快く承諾してくれたのに、このときばかりは「飯田さんの場合は腎臓が心配だから血圧をとことん抑えておきたいのです」と言って、頑なに断られた。
それから1カ月ほどして、血圧がまたまた上昇。1年ほど前まで続いていた高い値ばかりが続き、われながら「なんでやねん」と悲しくなってきた。

そのうち、ふと気がついたのが、アルコールだ。

9月の末に、最後の築地市場を楽しもうと友だちに誘われるまま、昼飲みして久々に我を忘れるほど飲んだのを皮切りに、深酒の日々が続いた。

高校時代の水泳部の同窓会を南信州の温泉郷、昼神温泉で開くなど、毎週土日にはなんらかのイベントがあり、平日も、いわき市の「スパリゾートハワイアンズ」に研修旅行に行くなど、やたらと酒を飲む機会が続き、そのたびに我を忘れるほど飲んだ。

で、10月20日(土)も高校時代の友だちが趣味の男性合唱団のコンサートをやるってんで、横浜のみなとみらいホールに出かけ、終了後、昼に近い夕方から飲み始めて、やはり深酒。で、翌週の10月27日(土)に、前の週と同じ仲間1人を加えた4人で神楽坂で飲み、「飯田は若い頃と変わらん。浴びるように飲む」と指摘され、ハタと気が付いた。

血圧が高くなったのは酒のせいだったんだと。

で、控えることにした。その後も土日を含めて飲み会が続いていて、来月初めまで予定が入っているが、なるべく控えることにした。

ここんとこ少し、控えていただけで、血圧が落ち着いてきた。

毎日、健康状態を記録しているタニタのアプリ「ヘルスプラネット」のグラフでみるとこんな感じだ。


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血圧が高い状態の間、内臓脂肪も高めに推移していたが、こちらもどうやら落ち着いてきた。
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電子版健康雑誌『日経GooDay』で読んだ「日本酒健康法」を心の支えに、ちょっと飲み過ぎてしまった。これからは今以上に食事に気をつけようということで、新たに食事内容をチェックするためのアプリを使い始めた。

「あすけん」という名称の健康アプリだ。



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当初、前に試したことのある「カロリーママ」をもう1度ダウンロードして使ってみたのだが、相変わらずメニューが市販品中心で手作り料理を記録しにくいので、1日で削除してしまった。

んで、たどりついたのがこの「あすけん」。まあ少しはマシかな。おらは麦飯(大麦5分白米5分)派なのに、やたら玄米を勧めてくるのが気にくわないが、まあまあ使えそうだ。

無料でも使えるが、より詳細なアドバイスをもらうため月291円の有料コースに加入した。

替わりに『日経GooDay』の有料会員(月500円)を退会した。

だいたい健康に関する情報はほぼほぼ頭に入ったからだ。『日経GooDay』に書かれていることだけでなく、「主治医のみつかる何とやら」とか「がってん何とか」とか「名医の何とか」といったテレビの健康番組がYouTubeにたくさんアップされていて、それらも片っぱしから見て基本的な情報は頭に入ったからだ。

例えば、「お(お茶)・さ(魚)・か(海藻)・な(納豆)・す(酢)・き(きのこ)・や(野菜)・ね(ねぎ)」を食うべしとか。

だから『日経GooDay』にもおらが読みたくなるような記事がなかなか載らないようになった。

それでも有料会員を続けるべきか、その価値を試してみようと、有料会員の特典である24時間電話相談を使ってみた。
満身創痍のわが身には相手が名医であれば相談したいことは山ほどあるのだが、とりあえず3点に絞った。

①過去に肺気腫と診断され、肺活量なども調べたうえでの肺年齢は90歳だと指摘されたことがある。今は25m以上続けて泳げないくらいの自覚症状しかないが、休日の6kmスロージョギングをこれからも続けてもいいか?

②過去に右腎動脈狭窄症と診断され、CT画像で右腎の実質縮小が確認されており、クレアチニンは1.66と高いが、何か有効な治療法はないか?

③4年前に前立腺がん摘出手術直後の骨盤内出血により1カ月もの間カテーテルを挿入しっぱなしだったため、いまだに尿漏れが続いている。通院している病院は手術をすれば治る可能性があるというが、手術はこりごりなので、他の方法で治療してくれる病院はないか?

以上の3点である。
前にも、首が痛くなったので電話相談してみたことがあり、あんまり期待できないとは知っていたが、結果はやはりのれんに腕押しだった。

応対してくれた医者らしき女性はCT画像を見ないと何ともいえないとか、通院しているのなら主治医に聞くようにとか、言われなくてもわかっていることばっかり。

それで、きっぱりと退会する決断ができた。

4年前の17万円の人間ドックでは冠動脈と大動脈に石灰化ありと診断されているし、ほんま満身創痍でいやになる。

てなわけで、とりあえずアルコールは控えめに楽しむことにした。

2018年8月28日 (火)

ダイエット丸2年 脱糖尿病(^^)/

きのうは3カ月に1度の通院日だった。それもただの通院日ではない。ダイエット開始からちょうど丸2年を経ての成果を確かめる日だったのである。

だが午前中の診察を済ませたあと、昼の時間帯は内幸町のプレスセンタービルで新聞記者時代の会社のOB会(酒!!!!)、夜の時間帯は四谷で高校の同窓会誌の編集会議&打ち上げ(酒!!!)とイベント続きに加え、激しい雷雨で電車が止まり、深夜の帰宅となったのでブログを書けなかった。

そこで、本日、丸2年にわたるダイエットの成果を記録しておくことにする。

そもそも、メタボで高血圧でコレステロールや中性脂肪が高い高脂血症で、尿酸値も高いのに自覚症状がないことからまったくこれら典型的メタボ症状を意に介さなかったおらが突然ダイエットに目覚めたのは、去る2016年8月15日に、主治医から「糖尿病に片足を突っ込んどる」と指摘されたからである。

メタボは単に血液に含まれるいくつかの要素の数値が高いだけな感じなのに対し、「お前は糖尿病じゃ」と具体的な病名を指摘されてハッとそれこそ雷鳴に打たれた気がしたのだ。糖尿病といえば、カミさんのお父つぁんがときどき自分の腕にインスリン注射をしているのを見て、「ああなりたくないなぁ」と思っていたし、頸髄損傷で某日赤病院の整形外科に入院したとき、同じ整形外科で糖尿病のために片足を切断された患者を見て、「ああにもなりたくないなぁ」と思っていたことが思いだされた。

そこで一念発起。その直後からまずウォーキングを開始。さらにその5カ月後の2017年1月から真島康雄医師が提唱する脂質コントロール食事療法「RAP食(血管プラーク退縮食事療法)」をベースとする食事療法をスタート。その後、主食を麦飯(麦5分米5分)にするとともに、緑茶粉とブルーベリーソースと甘酒とブルーベリー酢をかけた自家製豆乳ヨーグルトを1日2杯食べるなど、「お(お茶)・さ(魚)・か(海藻)・な(納豆)・す(酢)・き(きのこ)・や(野菜)・ね(ねぎ・たまねぎ)」を中心に自分なりにアレンジを加えた食事療法へと発展させてきている。

ウォーキングも、今や、平日は帰りの乗車駅と下車駅をそれぞれ一駅ずつ歩くことにし、休日は6kmのスロージョギングというスタイルに発展、定着しつつある。

さて、その成果やいかん。

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まず、おらが健康オタクに変身するきっかけとなった糖尿病の指標であるヘモグロビンA1c(基準値4.3~5.9%)。これがついに5.8%と基準値内に収まったのである。

苦節2年。やった~ぁ、である。脱糖尿病である。もはや、誰にも糖尿病などと呼ばせないのである。

ちなみに2016年8月15日からの推移をみると…。

6.6%(2016.8.15)→6.3%(2016.11.21)→6.4%(2017.2.27)→6.3%(2017.5.29)

→6.1%(2017.9.4)→6.0%(2018.2.19)→5.8%(2018.8.27)となっている。

血糖血(80~110mg/dl)も2016年8月15日の時点で123mg/dlをマークしていて、その後120mg/dl台で推移していたのが2017年9月4日に108mg/dlと正常値に。ただ今回は113mg/dlとオーバー。なぜか手術着の上下を着ている主治医に、「血糖値は再び高くなってしまったんですね」というと、「基準値とそんなに変わらないから心配ないでしょう」とのこと。

ついでに、「手術があるんですか」とその姿を問うと、「いや暑いもので」と笑った。手術着は涼しいんだ。まぁ、内科医だから手術はしないのだろう、たぶん。

そのほか、すでにこの2年間の間に改善してきていたLDLコレステロール(60~139mg/dl)は113mg/dl、中性脂肪(30~150mg/dl)は123mg/dl、尿酸(3~7mg/dl)は4.5mg/dlといずれも正常値。ただ、尿素窒素(8~20mg/dl)が32mg/dl、クレアチニン(0.7~1.1mg/dl)が1.42mg/dlと、腎臓関係の数値がいずれも基準値をオーバーしたままで、これが非常に残念。尿素窒素は2017年11月27日と2018年2月19日の36mg/dlを下回り、クレアチニンも2018年2月19日の1.66mg/dlよりも低いので、最悪ではないが、改善してはいない。

腎臓はいったん悪くなると元には戻らないという。

ただ、この2~3カ月はかつて経験したことがないほどに血圧が低位安定しているので、主治医にそれを伝えて、「少し血圧の薬を軽くしてもいいと思うのですが…」と言うと、主治医は「飯田さんの場合は腎臓に負担をかけないためにも、できる限り血圧を抑えておきたいのです」と、今の薬を継続する考えを示した。

まっ、この2年間のダイエットで体重は66kgから57kgに低下。腹囲は93cmから85cmへ、ズボンのウエストサイズは85cmから79cmへとそれぞれ減少しており、タニタの体組成体重計で内臓脂肪レベルも10.0平均となり、そろそろメタボ卒業が近づいてきた。

腎動脈狭窄症も、RAP食で治癒するという真島医師の言葉を信じ、これからもダイエットに励むのみである。

2018年8月 6日 (月)

信濃路に遊ぶ

ちょうど1週間前の7月30日(月)から31日(火)まで、信州・安曇野にカミさんと1泊2日の小旅行に行ってきたので、忘れないうちに書き留めておく。

職場の同僚が毎年2~3回安曇野に遊びに行っていて、おらにもしつこく「良いところだから行ってみろ」と勧めるので、信州出身者でもあるし、確かに一度は行ってみるのも悪くなかんべと思い、当初29日(日)~30日(月)の日程でインターネットを使って予約。そしたら26日(木)の朝、NHKの天気予報で台風12号が急接近していることを知り、キャンセル。さらにそしたら27日(金)朝のNHK天気予報で台風12号は急カーブして西日本方面に向かうので安曇野あたりはセーフと知り、同日夜に日にちを1日ずらして再予約。同僚お勧めの4つのホテルのうちの「野猿に会える」(同僚の弁)という「安曇野穂高ビューホテル」をギリギリ予約できた。

7月29日(日)のうちにクルマのガソリンタンクを満タンにし、スタンドの自動洗車機で洗車もして準備万端。30日(月)の8:30に出発した。これ以降は、スマホアプリのグーグルマップのタイムラインで確認しながら書き留めるのだが、このグーグルマップは気に入った。

これまで、カーナビはずっとヤフーの「Y!カーナビ」を使ってきたが、今回初めてグーグルマップを使ってみて、こちらのほうがおらには使いやすいと思えた。このタイムライン機能もY!カーナビにはあるのかないのかわからんが、グーグルマップで初めて知った機能だ。

てなわけで、関越自動車道から上信越自動車道に入って12:22に最初の目的地である長峰山展望台に到着。

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ここまで登ってくる山道が大変。対向車が来たらどちらかが道幅が広い場所までバックしないと通れないような狭い道を30分以上もくねくねくねくねと進んできた。平日だったせいか幸い対向車は3台しかなく、しかもバックしなくても何とかすり抜けられるほどの道幅の場所ですれ違うことができた。展望台の駐車場にも2台しか先客がいなかった。

見晴らしは最高。360度下界を見渡せる。ただし、どこが安曇野の町で、どこが何という土地なのか、さっぱりわからない。てなわけで、さっさと下山。帰りはもう少し道幅が広い道路があるのを発見し、そちらから下りる。

んで13:39に、広大なわさび田を中心とする観光地「大王わさび農場」に到着。

時間が時間だけに、さっさとレストランに直行。目当ての「本わさび丼」にありついた。

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お盆に置かれた「お品書き」によると、北アルプスの雪解け湧水で育った透明な辛みとうま味の「わさび」、長野県産こしひかりの「ご飯」、二種類のかつお節をオリジナルブレンドした「かつお節」、長野県内にある天然醸造蔵の厳選醤油の「醤油」、わさびの茎と芋の甘酢漬けによる「ほろっこ漬け」に、「箸休め」のわさびの葉天ぷら、「香の物」の野沢菜漬、長芋わさび風味で構成。わさびの茎とかつお節、白ごまが乗ったごはんの上に自分でおろしたわさびをかけて、全体をよくかき混ぜ、醤油を好みの分量だけかけてから食す。

どこにも説明がないが、ほんの少しだけ丼の底のほうに赤い塊りが見える。まぐろかささみか、よくわからないほどの少量。後で店の人に聞いたら、ねぎとろだった。

おいしいはおいしいんだが、わさび好きのおらにはもっとたくさんわさびがほしかった。

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水車やら…

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わさび田やら、広い農場内を見学して終了。

14:41碌山美術館に到着。

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この地で生まれた荻原守衛(碌山)の生涯を国宝の「女」など多数の作品とともに紹介。高村光太郎、柳敬助、斎藤与里ら友人たちの作品も多数展示してあり、欧米留学等を通じて切磋琢磨を重ねた明治人らの進取の気骨に思いをはせずにはいられない。翻ってわが身は…となる前に退散。

続いて15:28安曇野ジャンセン美術館に到着。

アルメニア人画家ジャン・ジャンセンの世界初の専門美術館とかで、静かな林に囲まれた瀟洒の建物の中に展示されている繊細な絵画には心安らぐ。ちょうどバレリーナの絵を特集しており、わが家の壁にかけてみたいなと思う素敵な作品ばかりなんだが、こういうのはやはり1枚だけじゃあまり見栄えがしなくて、2~3枚はもらわないと意味ないかなとも思い、今度(宝くじが当たって)大きくてきれいな壁のある家を新築したら改めて考えてみることにした。

安曇野にはやたら美術館が多く、ほかにも回ろうと思ったがカミさんが疲れたというのでホテルへ。

予定よりも1時間早く山の中腹にある安曇野穂高ビューホテルに16:04到着。

本館(?)の1階の畳とベッドの両方ある和洋室に泊まる。窓の外には芝生の庭園、その先には森林が広がる。とりあえず部屋のすぐ近くにある露天風呂へ。風呂から出した頭の周りを虻だか熊蜂だかがぶんぶんと飛び回るのでお湯で追い払いながら浸かった。あまりにもそれらの虫に刺されないかと気が気ではなく、ゆったりできないので、室内の湯船に入り直す。すると、室内の湯船に入ろうとしていた客が怪訝そうな顔をして、室内の湯船に入るのをやめて露天風呂のほうに出ていった。

このとき風呂場ではおらとその客だけだったので、なんでわざわざ自分のほうに近づいてくるのかと、おらのことが不可思議に映ったのだろうか。しばらくして室内の湯船から隣の露天風呂のほうを見ると、その客が必死で虫たちを追い払っていた。ようやく、おらの気持ちが理解できたんではないかと、ほくそ笑んだ。

んで19:15に夕飯。ホテルでは到着順に夕飯の時間を選択できる仕組みになっているそうで、もっと早く食べたかったが、その時間しか空いていなかった。

予約時に注文した通り、和食で天ぷらなど脂っ気のものは少なく、季節の野菜をたっぷり使った料理で充分満足できる内容。おらは地ビールと地酒とワインを1杯ずついただき、カミさんは梅酒を1杯。

一休みしてから、今度は別館(?)のほうにある大浴場へ。そこまでエレベータを乗り換えたり廊下を歩いたりとけっこう距離があるのだが、長い廊下では地元の画家の展示即売をやっており、けっこう楽しめた。

大浴場ではサウナと水風呂を3回繰り返した。サウナに入るのは久々。この数カ月、血圧が130/80前後と快調なので、問題ないだろうと考えた。あゝ爽快!

翌31日(火)は朝6時30分に起床。前夜は11時に寝たので、たっぷり7時間30分も睡眠をとった。ふだん家では4~5時間で目が覚めるのに、なぜか旅先では熟睡するタイプなのだ。

虻や熊蜂のいる露天風呂は避けて大浴場で朝風呂を浴びる。

んで朝食。バイキングなんだが、ビジネスホテルのそれとは違って、おいしい料理がたっぷり。ついつい多めにとり過ぎてしまうのを戒めながらも、つい腹十二分目といったところ。

なぜか旅先だと快便するタイプで、太くて長~いのを1本半出してすっきり。

9:05安曇野穂高ビューホテルを出発。

ホテルのレストランのベランダから続く裏庭にも出没するという野猿の群れは全部で4つあるのだそうだが、滞在中は一度も姿を現してくれなかった。

9:27安曇野ちひろ美術館に到着。

懐かしの絵本画家いわさきちひろの美術館だ。作品とともにちひろの生涯が詳しく紹介されていて、2回結婚したことや、共産党員だったことを知ってびっくり。それにしても、まだまだ男女同権が叶わなかった時代によく頑張ってやりたい仕事を貫きとおしたものだと思う。

いわさきちひろの絵を見ているとなんだかほのぼのとした気持ちになる。見る人の心を平和な気持ちにする絵である。

美術館の周囲はしゃれた公園になっていて、弁当持参で一日遊べる場所だ。

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続いて10:51仁科神明宮に到着。現存する日本最古の神社で、その名称からカミさんの先祖と関係あるかもというので寄ってみた。

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この拝殿の裏に続く中門、釣屋、本殿が国宝だという。

お賽銭(百円玉)を投げ入れ、例によって国家泰安、家内安全、健康第一、宝籤大当たりを祈念し二礼二拍一礼。

続いてグーグルマップのタイムラインではなぜか時間等が不明なのだが、仁科三湖のひとつ青木湖へ。

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予想に反し、ボートだかカヌーだが特殊な船に乗らない限り遊ぶ場所がなくて、ここから一路長野に向かう。善光寺参りをしてから帰路に着こうという考えだ。

グーグルマップで長野市内の駐車場を行き先に選び、その案内通りにクルマを進めたのたが、いや~すごい山道の連続でまいったのなんのって、前日の展望台への登り道など比較にならない強烈な道だった。

一応県道で、大町市の青木湖近辺から小川村に抜ける「長野県道324号線」という。

進むに従ってどんどん道幅が狭くなり、山深くかつ谷深くなっていく。道幅が車幅ぎりぎりな感じで、対向車が現れたらそりこそアウト。パックを強いられたら、脱輪してしまいそうで、怖いので、そんなときはクルマから下りて、対向車の運転手に代わりにおらのクルマを運転してもらうことにしようとも考えた。

30分ほどして登りきると、今度は下り。それもかなり勾配のきつい坂をくねくねと曲がりながら降りていくので、カミさんは大きな声を出しっぱなし。運転する側にしてみれば、下りのほうが楽なんだが、助手席に座るカミさんにすればジェットコースター以上にスリル満点だったことだろう。幸い、奇跡的に対向車は1台もなかった。

都合1時間ほど山道を走って、ようやく広い道路に出た。ホッ。もしかしたらこの道路が今度の旅のいちばんのハイライトだったかもしれない。絶対、二度と来ないけど。

12:26長野市内の有料駐車場に到着。

善光寺の門前のそば屋でとろろそばをいただく。

参道を通って善光寺本堂へ。

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国家安泰、家内安全、健康第一、宝籤大当たりを祈願。念には念をと「お戒壇めぐり」もしたが、サマージャンボ連番10枚を家に置いてきてしまったのは失敗だったかもと多少の不安を抱きながら再び参道へ。本当は善光寺にはいろいろと見て回る場所が多いのだが、あまり帰宅が遅くなってはいけないと、あきらめた。参道で今度はかき氷をいただいて駐車場へ。

一路、家路を急ぎ、家の近所の回らない(新幹線で運んでくるタイプの)回り寿司屋で夕飯を摂ってから帰宅したのでした。

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