2019年6月10日 (月)

NIKON1 J5(中古)を購入

先週土曜日に高校の同窓会があり、われわれの学年が幹事だってんで帰省。

まぁ、幹事業務は田舎の連中がよく団結して熱意をもって務めてくれているので、おらの役目は同窓会の様子を記事にして、在京同窓会誌に掲載するってぇのがメーン。んで、いそいそと与えられた役目を果たそうと動きだして間もなく、椅子に座って旧友と話している最中に、ちょっとした拍子にわが愛器(カメラ)「NIKON1 J1」を床に落としてしまった。

鈍い音がしたので、「あっ、しまった!!!」と思いつつ拾いあげると、カメラの底の部分の電池を出し入れするフタがぱっくり空いて、電池を固定するためのプラスチックの黄色いツメが折れている。

J1

 

ダメだこりゃ。と思いつつ、底フタを手で押さえつつシャッターを押せるかどうか試したが、一瞬、通電しても、すぐに遮断されてしまう。

このニコンの初代ミラーレス一眼カメラの最大の欠点がこのちゃちな黄色いツメなのだ…とおらは思っている。というのも、前にも一度、このツメがとれてしまい、修理に出したことがあるからだ。

そのときに比べ、今度はツメが折れただけでなく、フタ自体もちょっと変形している。

それに以前から、カメラを構えたときに右手の親指があたる部分にあるラバーがはがれてしまっている。これもなんか接着剤でくっつけただけのちゃちなラバーなので、剥がれたあとがネチネチと粘着質な感じで気持ち悪い状態にある。

かてて加えて、前回、新宿のサービスセンターに持ち込んだときにツメを替えるだけで、3500円くらいとられたのはまぁ仕方ないにしても、確か修理を終えるのに2週間くらいかかった。

これは困る。

なぜなら、来週の19日(水)には会社の年に1回の大事な行事があり、それを記事にして機関誌に載せなきゃいけないからだ。

修理に出していたら間に合わないのだ。

そこで、とりあえずJ1のレンズや電池をそのまま使える安価なカメラを買うことにした。

本当は、今度カメラを買うときは絶対にソニーのフルサイズミラーレス一眼「αシリーズ」にしようと決めていたんだが、αシリーズだと最低でも25万円前後する。今現在、そんな大金を使うような心の準備ができていない。そこまでカネを張るとなると、本気で買おうと決めてから、さらに3カ月はああでもないこうでもないとさまざまな角度から検討を加えたうえで、最後は清水の舞台から飛び降りるという決意がいるのだ。

今回はそんな余裕がない。

そこで、J1の資産を引き継げるカメラをアマゾンで物色。

このNIKON1という1インチサイズミラーレス一眼は、ニコンが2011年10月に発売。それをおらは2012年春に入手した。

JとVの2つのシリーズがあり、いずれもすでにニコンは撤退。Jシリーズの最後の機種は「J5」だ。

アマゾンにいくつか中古品が出品されている中で、「ほぼ新品」という評価のものを2万3500円で購入した(プライム会員なので送料無料)。

それがきょう届いた。

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中身は、カメラ本体、電池、充電器、8GBのマイクロSDカード、USBケーブル、ストラップ、説明書、保証書。

J1と比較すると、ひと回り小さい。

J1j5

後ろの液晶モニターが可動式で、上に持ち上げて正面に向ければ自撮りができるなど、J1から数えて5世代を経ているだけに、いろいろと進化しているようだ。

インタビューをしながら撮影するのによく使う単焦点レンズを搭載するとこんな感じ。

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重さもJ1より若干軽いので、インタビュー時の片手撮りにはもってこい。

ただ、J1の最大の欠点だった電池固定用のちゃちなプラスチックのツメがJ5でもあまり改善されていないようでがっかり。

まっ、いずれにしろ、このカメラを買ってよかったかどうかは、これから使いこなしつつ、判断していくことになる。

2019年5月27日 (月)

CKDが一段と進行(>_<)

3カ月に一度の内科通院日と6カ月に一度の泌尿器科通院日。

いつものように採尿採血を済ませたあと、体重と血圧を測定して受診票をまず内科に提出。
体重は朝の入浴前は56.40kgだったが、病院では洋服と靴を着用したまま測定するので57.9kgだった。血圧は何度か測定し直して、146/83といちばん低い値のものを提出しておいた。

病院1階のターリーズコーヒーで、ブレンドコーヒーのショートとチリペッパーハムを挟んだフォッカチャで朝食を済ましてから、まず内科の待合で順番を待つ。この日はいつもと違って、さんざん待たされてからA先生とご対面。

挨拶を終えて、先生の机の上にあるおらの血液検査の数値が並んだモニターを見ると、いきなり赤文字の血清クレアチニンの数値がおらの目に飛び込んできた。検査数値が基準値を超えた項目は赤文字、基準値の範囲内の項目は黒色で表示されるのだ。

んで、クレアチニンの値は1.71mg/dl(涙)。2018年2月19日にマークした過去最高値の1.66を超えて自己新記録更新である。

2018年2月19日の1.66から2018年5月28日1.34→2018年8月27日1.42→2018年11月26日1.25と改善したあと、前回の2019年2月25日に1.61と急激に悪化。そして今回のさらなる悪化である。ちなみに標準値は0.7~1.1mg/dlである。

なんとかクレアチニンをはじめとする慢性腎臓病(CKD)を示す数値の悪化を食い止めたいと、今月から日常生活に東北大学式腎臓リハビリテーションを導入するなど、努力してきたが力及ばずの感で実に悲しい。

クレアチニンとともに、悪化の一途を辿っているのがやはり腎臓の状態を表す尿素窒素。右肩上がりに増加しており、今回は44mg/dlだった。

そこで、A先生に、「尿素窒素を抑えるにはどんな食事をすれば良いか」と聞いたら、「いろんな要素が絡むので一概には言えない。それよりも、飯田さんの場合はe-GFRの一点を注視していればいいんです」と言う。

e-GFR(推算糸球体濾過量)はクレアチニンの値と年齢と性別から計算してはじき出す腎臓の稼働率なので、クレアチニンが高くなればe-GFR下降する。おらの場合、3カ月前の2月25日は34.8だったのが、今回は32.4。腎臓の32.4%しか働いていないのだ。

この数値は慢性腎臓病の重症度の区分で「G3b」にあたり、腎臓機能が中等度から高度に低下した状態にあるのだそうだ。

放置しておけばいずれ人工透析に移行することになるという。

何とかそれは避けたい。

結局、腎臓を傷めている原因と思われる高血圧をなんとかせにゃいかんということで、血圧降下剤を1種類追加することになった。「セララ」という初めての薬だ。

これにより、これからは朝が「アゼルニジピン」1錠、「フェブリク」1錠、「オルメサルタン」1錠、「ナトリックス」2錠、「ペリンドプリルエルブミン」2錠の計7錠、夜が「オルメサルタン」1錠、「セララ」1錠の計2錠を服用することになった。

腎臓関連以外の数値は、これも腎臓からきていると思われる貧血関連を除けば概ね順調。コレステロール、中性脂肪は標準値の範囲内だし、血糖値はほんのわずかに標準値を上回ったものの糖尿病の指標であるヘモグロビンA1cは5.9%とギリギリ標準値の上限に収まっている。

内科に続いて受診した泌尿器科のほうも、前立腺がん手術後のがん再発の有無を測る指標であるPSAが0.01未満と変化なしだった。来月で手術から満5年になるので、もう通わなくていいのかと思ったら半年後の11月にまた受診の予約を入れてくれた。

尿漏れの状態も平均10~20ccで従来と変わらずと答えておいた。

そんなこんなで、これからはいよいよ腎臓改善作戦一本に注力していくぞっと!

2019年5月19日 (日)

今度の京都小旅行は二人連れ(^^;)

季刊誌の編集会議というか定例飲み会で15日(水)に大阪に行き、翌16日(木)にもはや恒例となっている京都小旅行を楽しんだ。
ただ、今度の京都小旅行はカミさんと一緒だ。カミさんが珍しく「私も行きたい」というので、京都で合流することにした。

会社を3時に切り上げて、東京駅から新幹線自由席で大阪に18:00過ぎに到着。
のぞみを降りると見慣れない電車が……。

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九州新幹線のN700系だ。そういえば、まだ九州新幹線は乗ったことがない。そうか、新大阪まで乗り入れているんだな。

在来線に乗り換えて大阪駅まで行き、会議というか飲み会に出席。前回と同じアパヴィラホテル淀屋橋に泊まる。

カミさんはこの日は別行動で、昼過ぎには京都に到着。清水寺から高台寺、八坂神社へと巡るコースを見学し、今月プレオープンという京都駅近くのホテルに投宿したはずだと思いつつ、LINEメールをしてみる。

するとカミさん、相当歩き疲れたようで、清水寺はものすごい観光客の人ごみにもまれながらも十分楽しんだものの、高台寺は肝心のお庭を省いたあげく、護国寺の坂本龍馬の墓もお参りしなかったという。それでも、そんなんじゃ、明日の観光巡りには連れていかないよと返信すると、「がんばる!」の一言。

んで16日(木)。カミさんにLINEメールで京都駅の八条東口の改札付近に10:00集合と指示。ホテルは淀屋橋駅が最寄りだが、googleマップを見ると大阪駅まで徒歩で二十数分と出たので当然歩く。徒歩1時間圏内ならためらうことなく歩くのが最近のワタクシなのだ。大阪駅から京都駅までは電車で30分弱だ。


てなわけで、途中LINEメールで集合時間を15分早めてもらい、無事、ご対面。早速、「きょうは鞍馬山寺に行くぞ」と宣言。京都のどこを観光したらいいかスマホであれこれググッたあげく、なんとなく鞍馬山寺に決めたのだ。時間を見測りながら可能であれば、貴船神社と下鴨神社にも足を延ばすつもりだった。

早速、京都駅から京阪電車京阪本線に乗り、出町柳駅で下車。ここで叡山電車に乗って鞍馬山寺に向かうわけだが、カミさんが駅のトイレに寄っている間に、駅ビルの壁に張り出されたポスターを見ているうちに気が変わった。

ポスターを見ると、叡山電車は途中で枝分かれして、鞍馬山寺方向に行くのとは別の路線があり、それを使えばかの比叡山延暦寺に行ける。しかも、琵琶湖側に抜けるルートがあり、十分日帰りで楽しめるようなのだ。「山と水と光の廻廊」というらしい。牛若丸にも会いたいが、信長の焼き討ちでえらい目に遭った坊さんたちの魂も慰めなくちゃ、てなわけで延暦寺に変更。

では、せっかくだから出町柳駅に近い下鴨神社も見ていこうと、こないだまでまちの世界遺産講座に通っていたカミさんが言うので、そうする。

高野川を渡って、さらに賀茂川を渡る。出町柳駅のちょっと上でこの2つの川が合流して鴨川になる……合流した川が賀茂川だっけ? どっちがどっちだかうろ覚え。

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たしかこれが高野川。出町柳駅の近くの橋の上から撮影。

20分ほど歩くと下鴨神社の鳥居がみえてきた。

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本殿の前に干支別のお社があり、なぜか巳と未は同じお社。おらとカミさんの干支が一緒のお社とは奇遇なりってんで、二人で並んでお参りする。本殿を後にして流鏑馬が行われるという通りを歩いていると、「ラグビー第一蹴の地」と刻まれた石碑とラグビーのボールをお守りにしたお社を発見。看板の説明によると、この地で旧制三高だか京都大学だかと慶應義塾の学生による我が国初のラグビー大会が開かれたのだそうだ。そりゃ、知らなんだってんで、ここもお参り。今秋のラグビーワールドカップ2019東京大会における日本代表の優勝はもちろん、家内安全、無病息災、交通安全、健康第一、宝籤大当たりについても併せて祈願する。

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世界遺産通のカミさんによると、これが下鴨神社の本当の名称なんだそうだ。

出町柳駅に引き返し、叡山電車へ。

八瀬比叡山口駅で下車。
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看板は「八瀬駅」だが、ここが八瀬比叡山口駅。わかりやすく改称したのかな?

ここから叡山ケーブルに乗り、「ケーブル比叡」駅へ。

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かなり急峻な坂を登るケーブルカーで、ケーブルカーの床そのものが急峻。

さらに叡山ロープウエーに乗り換えて、比叡山頂へ。

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比叡山頂から世界遺産の延暦寺へはシャトルバスが出ている。

延暦寺は比叡山のあちこちにお堂が散らばっているのだが、大きく「東塔地域」「西塔地域」「横川地域」の3つのエリアに分けられている。まずは東塔でバスを降りる。するとお腹の虫が一斉に鳴り出した。腕時計をみると、もう正午を過ぎている。駅でもらったパンフレットによると、近くのドライブウェイにしゃれたレストランがあるようだが、徒歩じゃちょっと遠そうだ。仕方なく、バス停の近くのおみやげ売り場のなかにある蕎麦屋で「比叡山そば」を食す。まぁ、悪くはない味。

食べ終わってから、早速、東塔地域を拝観。

入り口には天台宗の開祖、最澄の有名な言葉を刻んだ石碑。

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続いて、大講堂で参拝。

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ここでは祈願したあと数珠と数珠袋を購入。おらがマイ数珠を買うのは生まれて初めてだ。

このあと、すべてのお堂で数珠を鳴らしながら祈願した。

近くの鐘楼でみんなが鐘をついているので、おらも力いっぱい引いてからゴ~ンと気持ちよ~く鳴らした。
ふと、右手側をみると、「一打五十円」の張り紙。なんだ金を払うのか、それにしても安いもんだなと思いつつ、賽銭箱に100円投入。

さらに奥に行くと、延暦寺の総本堂である「根本中堂」が鉄板だかアルミ板だかで全体を覆われていた。
修復工事中なのだ。

でも、見学はOK。
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大黒堂、文殊楼と見て、大講堂まで戻り、今度は反対側の奥まで歩いて阿弥陀堂と東塔を見学。

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(阿弥陀堂)

さらに山道を歩いて、西塔地域へと遠征。途中、浄土院に寄る。
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さらに進んで、椿堂、常行堂+法華堂(合わせてにない堂と呼ぶ)を経て、西塔地域のメーンお堂と思われる釈迦堂へ。

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ここから西塔地域の入り口のほうへ引き返すとバスセンターがあり、どうやらここで待っていればシャトルバスに乗れるらしいと判明。

20分ほどでバスが来たので、バスで坂本ケーブルの乗り場へ。そう、だいぶ時間が残り少なくなったので、延暦寺の「横川地域」の見学はやめたのだ。

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坂本ケーブルの延暦寺駅。われわれの到着を待っていたかのようなタイミングで、せかされつつ切符を買って乗車。

日本でいちばん長いケーブルカーなんだとか。
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木々の間から漏れ見える琵琶湖を臨みつつ、終点のケーブル坂本駅に到着。

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(JR比叡山坂本駅のホームから琵琶湖を眺める)

JR比叡山坂本駅から京都に戻り、新幹線の改札内のフロアで弁当とビールを購入。

17時過ぎの新幹線で東京に向かった。

途中でひらめいたかのように行先を変更しての小旅行だったが、なかなか味わい深い観光ができたように思う。
カミさんもそこそこ満足したよう。

埼玉の自宅に到着して歩数計を見ると、2万7035歩だった。

2019年5月 8日 (水)

なんの吉兆なのか、楽しみ~(^^)/

令和元年の始まりが10連休とはしゃれているぜと思いつつ、福島から遊びに来ていた孫たちに、即日引き落としのIDカードでおもちゃなど買い与えていたらほぼ底をついてしまったわが小遣い預金用銀行口座。4月末が休みで振り込めなかったどこかからの原稿料が連休明けを待っていましたとばかりに振り込まれているかもと、きょう三井住友銀行のLINEサービスで残高を確認してみると………


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予想ほどには多くないものの3万円以上になっているようだ。

どこの社が振り込んでくれたんだろうと続いて明細をチェック。


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おお、「ひびき」か。原稿料というかニュースリリース原案作成費のほうだなと納得しつつ、ほかにも「入金」という文字が見えるので、改めて確認すると、なんと「タカラクジトウセンキン」とある。しかも、5月7日(火)に5,400円、5月8日(水)に1,400円と立て続けにだ。

実は、おらは三井住友銀行のスマホアプリで宝くじを自動購入している。1週間のうちにロト7を1口(300円)、ロト6を2口(400)、ミニロトを1口(200円)、ナンバーズ3を1口(200円)、ナンバーズ4を1口(200円)の計1300円を投資しており、もうかれこれ1年ほどになると思う。たま~に、忘れたころにロト6の末等である5等が当たって1000円の入金があったりするが、もうここ半年ほどは当たりの知らせがなかった。

それに当たりの支払金額もいつもより高めなのでびっくり。

早速、三井住友のアプリで宝くじの購入履歴と抽選結果を確認すると……

5月7日(火)に入金した5,400円は、4月25日(木)に購入したロト6の4等が当たったもので、5月8日(水)の1,400円は4月26日(金)購入のロト7の5等に当選したものだった。いずれも末等よりひとつ上のランクだ。これまでに、おらが末等よりひとつ上を当てたのは10年ほど前のロト6で1回あるだけだ。それが連日、立て続けで当たったのだから驚きだ。

三井住友のアプリで最近の明細をつくづくと眺めていると、なんと、4月25日(木)にも宝くじ当選金として900円が振り込まれている。これは4月23日(火)に買ったミニロトの4等だ。こちらは末等だが、3連続で、しかも末等より上が2つも当たるなんて、すんご~いっと感激。

これは吉兆なのか、それとも凶兆なのか。当然、吉兆に決まっている……と勝手に断定。今年初の靖国神社や東郷神社、2月の鎌倉での研修の折りに立ち寄った鶴岡八幡宮や大仏さん、長谷観音、さらには3月の京都小旅行での金閣寺、龍安寺、仁和寺と、あちこちで宝くじ当選祈願をしてきたので、どこいらへんが良く効いたのかいまいち不明だ。

いずれにしても、いよいよ億単位の高額当選金を手にする日が近づいたと判断して間違いないだろう。

来週にはまた季刊誌の編集会議で大阪に行き、帰りにカミさんと京都を散策してくる予定なので、できるだけ多くの神社仏閣でダメ押しをしてこよう。

宝くじといえば、3月に高知市の売り場でロト7の1等が3口、合計28億円が出たというニュースが話題になった。購入した人が1人か複数かは明らかにしていないということだったが、7つの同じ数字を複数の人が同じ売り場で書くなどという宝くじを当てる以上に確率の低い奇跡があるはずがないから、1人に決まっている。

あのニュース以来、おらだったら28億円をどう使うかあれこれと想像してみた。とりあえず、カミさん、娘、息子、それにおらの4人で共同購入したことにして所得税や贈与税の負担がかからないようにして、3人に5億円ずつ与え、のこりの13億円をおらがもらう。うち10億円を元手に相場師になり、あれこれと株式相場を張って資金を増やし、やがてソフトバンクグループの株を買い占めて孫正義オーナーをアッと言わせるてな夢を描いてみたりした。

もっとも、残念ながら、どう考えてもおらには高知の御仁のような器量がない。7つのアトランダムに選んだ数字を3口も買うという思い切りの良さを持てないというか、そのように買う意味が不明なのだ。3口分の資金があれば、数字の組み合わせを3通りにするか、あるいは同じ組み合わせを3週間連続で買うかいずれかだろう。高知の御仁はよほどのひらめきがあったのか、はたまた何かの神様のご託宣があったのかもしれない。

よって、おらは当たってもせいぜい1口だ。

それにしても、いきなり28億円を手にしたら、きっと茫然としてしまったことだろう。人生が一変するってなレベルではない。その点、おらはしょっちゅう高額当選のシミュレーションをしているから冷静にいられるだろう。

まっ、せめて1億円でも当たりますように。

でも、ふと思ったんだが、この三井住友のアプリで宝くじを自動購入していて、1億円が当たったら、今度のように知らないうちに口座に振り込まれているのかなぁ。そうすると、家族で共同購入したという言い訳はできないから、家族で分けるには税金問題が避けられなくなってしまうなぁ。まぁ、その場合はおらが黙って一人占めしておけばいいだけのことなんだが。

2019年3月 7日 (木)

腎臓がやばい(涙)

3カ月に1度の通院日。きょうは内科のA先生。

このA総合病院の先生の中でいちばん付き合いが長い先生だ。主治医あるいはかかりつけ医という意味では、この病院の中で4番目に知り合った先生なんだが、いちばん最初に診てもらった先生とは4年ほど付き合い、その次のアイドルのような女医さんとは1年ほどでお別れし、その次の先生は半年ほどで今の先生と交代した。まぁ、総合病院の先生というのはどこもこんな調子で交代するのかな。

今の先生とはおらの前立腺がん手術前からだからもう6年ほどの付き合いになる。神戸大出身で糖尿内科が専門の学生時代スタバ黒エプロンのハンサム先生だ。

んで、いつものように朝8時に病院に到着。採血、採尿、体重測定、血圧測定を済ませてから、受付に受診予約票を提出。1階のセブンイレブンでサンドイッチと牛乳を買い、遅い朝食を摂ってから待合室で朝9時からの診察を待つ。

そして、いよいよ診察。A先生と一緒にモニター画面を見ながら血圧&尿検査の結果をチェック。各項目の数字が正常値の場合は黒色だが、異常値の場合は赤色なので、どの項目が悪いかすぐにわかる。

いちばん気になっていたクレアチニン(標準値は0.7~1.1mg/dl)がやっぱり赤色だ。しかも、1.61まで上昇している。このところ、内臓脂肪レベルが低位安定していることから、血管プラークも減少して良い結果がでるのではないかと予想していただけにショックだ。

クレアチニンの過去最高値は昨年2月19日の1.66。その後1.34→1.42→1.25と低下傾向にあったところへの急反騰だ。しかも、クレアチニンと連動して上下する尿素窒素(標準値8~20mg/dl)は昨年2月19日のときに36だったのが今回は42まで上昇している。腎臓の働きを示すe-GFRは34.8まで低下。つまり、おらの腎臓は34.8%しか機能していないっつ~ことだ。お~いっ、何とかしてくれ~!!

先生が身体の調子に異変がないかしきりに聞くので、昨年暮れ辺りから血圧が急に上昇してきたと話した。

タニタの健康アプリのグラフで血圧の推移を見るとこんな感じだ。

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すると、先生は血圧の薬を強くしようと考えた。以前服用したものの副作用で足がむくむためにやめた薬を復活するか、それとも今飲んでいる薬3種類のうち1種類を増やすか、どちらがいいかと、おらに聞く。少しくらい足がむくんでも、腎臓のために血圧をより抑えるられる強い薬のほうがいいのだがというようなニュアンスも。

でも、おらとしてはできれば薬は減らしたいほうなので、暖かくなれば血圧も下がるかもしれないので、もうしばらく様子を見たいと言うと、今飲んでいる薬のうち「ナトリックス錠」というのを1錠から2錠に増やすのにとどめることになった。

これで、血圧の薬は1日当たり「アゼルニジピン錠16mg」朝1回1錠、「オルメサルタン錠20mg」朝夕各1回1錠、「ナトリックス錠」朝1回2錠を服用することになった。このほかに痛風薬の「フェブリク錠40mg」を朝1回1錠飲む。

腎臓系の数値が悪化したものの、他はおしなべて良好な結果となった。

なんといってもコレステロールが改善。HDL(善玉)コレステロール(標準値40~100mg/dl)が3カ月前の57から64へと上昇したのに対し、LDL(悪玉)コレステロール(標準値60~139mg/dl)は3カ月前の112とほぼ同じ115と安定。これにより、LDL対HDL比は前回の1.96から1.79へと改善した。コレステロールの薬であるスタチン剤の服用中止をおらのほうから先生に提案してやめてから2年ほどになるが、正解だった。

さらに中性脂肪(標準値30~150mg/dl)に至っては、61と記憶にないほど低い値だ。2016年5月9日には328という高い値を記録していたのに、よくもここまで下がったものだ。これこそ、揚げ物炒め物を一切禁止したRAP食(血管プラーク退縮食事療法)のおかげだと思う。

尿酸(3~7mg/dl)は4.9でずっと安定しているし、血糖(標準値80~110mg/dl)も103と正常の範囲内だ。

あっ、そうそう。尿酸値が安定しているのに痛風の薬を処方されているのはどういうわけなのか。今回もクレアチニンのことばかり気になって、それを先生に聞くのを忘れてしまった。

ただ、腎臓の働きを示すクレアチニンと並んで気がかりな糖尿病の指標であるヘモグロビンA1c(標準値4.3~5.9%)も6.0とわずかに高め。

メタボ脱却作戦は今のところ順調だと思われる。内臓脂肪レベルもメタボと正常の境である10.0前後にまで低下してきた。

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黄色が内臓脂肪レベル、青色が体重の推移。

お腹もまだポッコリはしているが、ひところに比べればかなり小さくなった。

これからは、腎臓病と糖尿病の予防が焦点になる。

2019年3月 4日 (月)

京都ひとり旅

わが誕生日の3月1日(金)に原稿を書いている季刊誌の連中がお祝いをしてくれるというので、ちょいと大阪に出張。本当は誕生日祝いなんかではなくて、打ち合わせというか飲み会なんだが、総勢9人のうち新顔が3人もいてびっくり。

まぁ、それはそれとして、そのついでに2日(土)に京都観光をしてきたので記録しておく。

ちょうど3年前の今ごろも京都に行き、清水寺から護国寺、八坂神社と巡るコースを観光してきて気に入っていたので、今度はカミさんと回ろうと思って誘ったら、まだ体調がいまいちで、しかもおらの歩き方が速くてついていくのがしんどいから行かないと言う。そこで、ひとり旅ならと、前回とは反対の京都は西地域を回ることにした。

大浴場つきのアパヴィラホテル淀屋橋(1泊朝食付5880円)を9時過ぎに出発。新幹線で京都に行き、在来線に乗り替えて10時40分頃に嵯峨嵐山駅に到着。目指すはここ。

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トロッコ嵯峨駅。

もちろん、トロッコ列車で早春の嵯峨野を満喫するためだ。

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大人600円を払って、乗車。中国人女性2人と向かい合わせの席に座って出発。

保津川を挟んだ渓谷がメーンの景色なんだが、列車の進行方向左側から川を見下ろせるロケーションになっているのに対し、おらは右側のそれも進行方向に背中を向ける座席。ちょっと残念と思っていたら、次の嵐山駅を越えて鉄橋を渡ると今度は川の位置が右側にきて、あとは終点までずっと右側でウヒウヒ。

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対岸の景色をよく見ると、昨年の台風でなぎ倒された杉の木や崩れた山壁が放置されている。

3つ目の亀岡駅というのが終点。観光案内所でパンフレットをもらうと、ウォーキングコース60分、サイクリングコース20分などと紹介されていて、定期的に出る馬車も客を待っていたが、いずれも行き着く先がイマイチな感じで乗り気がしない。

ちょうど昼近いので、駅舎の中にあるラーメン屋で京ラーメンの醤油スープのチャーシューメンと生ビールを注文。ちょっと洒落た器に控えめな盛り付けで出てきたのはいいのだが、ラーメンを受け取るカウンター周辺にもテーブルにもコショウがない。店員の女性に「コショウをちょうだい」と注文すると、店員もそこらをきょろきょろ探してからキッチンの奥の人に「コショウは?」と聞くと、奥から「ない」の一言。そこで店員はおらにも「ありません」ときっぱり。

そう堂々とありませんと言われたんじゃ、返す言葉が見当たらない。ラーメンにコショウがないということは日の丸の旗だと主張しているのに真ん中に赤い丸が描かれていないのと同じことでしょ、と憤りたくなるのを抑えて、すごすごと引き下がざるを得なかった。

ふと、京都ではラーメンにコショウをかけないのだろうかとも思ったが、帰りに始発の嵯峨駅の一角にある同じ店名の店のカウンターを見たら、ちゃんとコショウが置いてあった。それにしてもひどい店だなぁ。

とにかく嵯峨駅まで戻ることにし、駅の周りには何もないので、帰りの列車が来るまで外に出てぼーっと景色を見ていた。

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京都の西側ということで、金閣寺が近かろうと考え、トロッコ嵯峨駅→嵯峨嵐山駅→円町駅と、朝来たコースを若干戻る。

円町駅の近くから市バスに乗ろうと考えたのだが、バス停には修学旅行の中学生っぽいのが大勢待っていて、バスが混み合うのは必至。そこでスマホアプリのグーグルマップで検索すると、徒歩なら約30分で到着することが判明。早速、歩くことにした。

京都の街並みを楽しみつつ金閣寺に到着。

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金閣をはじめ、庭園など見学コースを一巡。

休日は本来ジョギングをしているはずだから、きょうはずっと歩こうと考え、ここから徒歩20分程度の龍安寺へ。

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有名な石庭の前で、観光客が何か物思いげに佇んでいる。この程度の庭なら自分家にも作れそうだなと思っているのかどうか。団地住まいのおらにはわからない。

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西洋の印象派のような大胆なタッチの襖絵。

お土産売り場の品々の中に、何だか馴染みのある色紙絵を発見。白隠慧鶴禅師の「半身達磨図」だ。

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実は2月16日(土)にカミさんと一緒に上野の東京都美術館で開催中の「奇想の系譜展~江戸絵画ミラクルワールド」というのを鑑賞。慧鶴ら8人の画家の作品を展示する中に、この絵があったのだ。まぁ、そう日の経たないうちに2度もご対面するのも何かの縁ということで、早速購入した。1枚1000円(税込み)。

龍安寺を後にして、仁和寺に向かって歩いていると、途中に「京都府立 堂本印象美術館」というのを発見。中へ。

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受付で65歳以上は無料と言われたので、いつもクレジットカードと一緒に財布に入れている健康保険証を見せて入場。日本画家の印象という人はよく知らなかったが、具象画も抽象画もどれも素晴らしく、世界に誇れる作品ばかりだ。兄の堂本漆軒も名高い漆芸家だそうで、ちょうど漆軒の作品も展示する「堂本兄弟展」をやっていて、目の保養になった。

ここからしばらく歩くと、道路沿いに「きぬかけの道」という碑があり、この道が「きぬかけの道」という名称で、観光振興を目的に一般から募集して命名されたということを知る。

んで、ついに世界遺産の仁和寺に到着。

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五重塔

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国宝の金堂。家内安全、無病息災、交通安全、健康第一、宝籤大当たりを祈願。

境内に入るときの拝観料とは別に、600円を払って金堂と経蔵の中へ。ちょうど午後4時となり、本日最後という案内を聴きながら阿弥陀三尊像に長寿繁栄をお願い奉る。経蔵にはたくさんのお経の書が詰まった引き出しがたくさんついた回る箪笥みたいなものが置かれてあった。それを回せばすべてのお経を読誦したのと同じ効果があるのだが、いまは回らないので自分でその周りを回ればいいということで、グルッと回った。最低でも宝くじ1億円当選くらいのご利益はありそうだ。

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宸殿内の白書院。

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同じく霊明殿。

仁和寺は見どころが多く、全部回りきらないうちに閉館時間の5時になってしまった。

そこで、二王門を出て、すぐ近くのバス停へ。待っている人はそこそこいるのだが、やってきたバスはガラガラ。ほっとしながら運転手の後ろの一等席へ。ちょうど京都駅行きだったので、京都の町をバスから眺めつつ帰途に着くことにした。

バス停を過ぎるたびにどんどん客が増え、バスの中はぎゅうぎゅう詰め状態になってきたが、おらは一人高見の席で悠々。小一時間ほどで京都駅に到着。

地下街の五右衛門で、筍ステーキと炙り帆立のペペロンチーノと瓶ビールで夕食を摂りながらスマホアプリの歩数計を見ると、2万3000歩を超えていた。

ふ~っ、疲れた。あとは新幹線に乗り、おいしい日本酒をちょびちょび味わいながら家路を目指すだけだ。

2019年2月 9日 (土)

鎌倉・横須賀・横浜を行く

鎌倉で1泊研修をやるってんでこの木・金と行ってきた(^^)/

2月7日(木)
いつもの時間にいつもの通勤に使っている電車のいつもの座席に座って出発。いつも乗り換えている新宿三丁目駅で降りずにそのまま横浜駅まで直行。JR横須賀線に乗り換えると、10時30分頃に鎌倉駅に到着。うわっ、近っ、つ~かすんげぇ~便利。

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着いた~(^^)/

とりあえず鎌倉と言えば鶴岡八幡宮だろうってんで、小町通りというおしゃれな商店が並ぶ参道へ。

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着いた~(^^)/

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とりあえずお参り。

いつものように家内安全、健康第一、交通安全、宝籤大当たりの4つを祈願。

おみくじを引くと、きょ、きょ、凶~~~っと出た!!

凶なんていつ以来だろう。生まれて初めてかも。

今年はずっと吉が続いていた。

まず、1月6日のシンガーソングライター、イトウナホのライブでナホちゃん手作りのおみくじをもらったら「吉」、翌7日に初詣に行った靖国神社でも「吉」。12日に地元の神社に神棚に祀るお札をもらいに行ったら、神社の人が誰もいなくて、お札をもらえなかったので、今度は16日に東郷神社にお参りに行っておみくじを引いたらまたまた「吉」。

この東郷神社でもお札をもらったので、わが家の神棚は左側から「靖国神社」「天照皇大神宮」「東郷神社」と有名どころが揃ってしまった。

まあ、それはともかく、今年はどうやら大吉は無理かなと思っていたら、なんとついに凶を引いてしまったというわけ。

慌てて、おみくじを結んで「凶運みくじ納め箱」に入れ、矢鏑を握って凶運を強運に転じてもらうべくよ~くおん願い奉っておいた。

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帰りは若宮大路という目抜き通りの参道を昼飯を何にしようか考えつつ歩く。

んで、やっぱり湘南と言えばしらす丼だべぇと思いつつ、やたらあちこちの店にあるしらす丼の写真やらサンプルやらを見比べながら歩いているうちに、神奈川県では3月10日までしらすは禁漁になっているので、多くの店が釜揚げしらすのみを提供していて、生しらすを出す店は静岡県産を取り寄せているということがわかってきた。

てなところで、釜揚げしらす丼と生しらす丼の両方を食べられる店に突入。

生ビールと一緒に注文すると、「はい」と意外と生真面目な返事が返ってきたので、ふとカウンターの奥を見ると、主人らしい人はインド系か中東系な人。で、カウンターには「祝1周年」と書かれた小さなトロフィーが飾ってある。ふ~む、ここはインドカレー屋だったのが1年ほど前にしらす丼屋に衣替えしたんだな、きっと、と勝手に想像。

んで、きたきた。

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二色しらす丼と呼ぶ。「お好みの加減で醤油をかけて」と女性の店員(ご主人の奥さんかも)に言われたけど、そんなものいりません。減塩してますから。つ~か、釜揚げしらすがじゅうぶんしょっぱい。

んで、お味はもちろん、文句なし。うんめぇ~~~。

次は鎌倉駅の反対側に出て、六地蔵にお祈りを捧げる。

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そこから少し歩いていくと…


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長楽寺跡という碑がある。

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源頼朝の菩提を弔うために北条政子が建立した寺の跡なんだそうだ。

そのすぐ左手には鎌倉文学館。

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入館料300円を払って、建物の中に入ると、上品そうなおば様が、「ここではおみくじを引いていただけます」と行って、筒を差し出したので、竹棒を引き抜くと5番。おば様に5番ですというと、おば様は、「大吉、中吉、吉、凶、大凶のいずれでも良いので、ここではご自分でお決めいただいています」という。そこで、「さっき鶴岡八幡宮で凶を引いたばかりです」というと、「それでは大吉が良いでしょう」と笑った。なんだか、あちこちでおみくじを引いてはその結果を気にしている自分の姿が滑稽に思えてきた。

館内には明治、大正の文豪を中心とする作家の自筆の原稿を中心に展示してあり、こんなにも数多くの文豪たちが鎌倉に棲息し、縁やゆかりを紡いできたのかと改めて感嘆した。

そこからまた少し歩くと、いよいよ大仏さまだ。

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出た~っ。

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拝観料200円。さらに20円を払うと大仏さまの胎内に入れる。

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ここから頭部を見上げると…

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大仏さまを後にして、10分ほど歩くと有名な長谷寺だ。

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残念ながら長谷観音は撮影禁止。観音堂の隣の観音ミュージアム(入館料300円)で数々の仏像に圧倒されてから、改めて観音様を拝顔。ふと、脇の棚を見ると、金箔の塗り替え工事を計画しているようで、寄付を募る箱が置いてある。そこで、最小口数の千円札を封筒に入れ、「宝くじ大当たり」と祈願を書いて投函しておいた。億円単位の大当たりコースを期待したい。

そこからまたまた歩いて、由比ヶ浜へ。

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江ノ電由比ヶ浜駅の踏切を渡ってちょっと歩くともう海岸だ。

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すごい強風が吹いていたのだが、海にはサーフィンを楽しむ人がパラパラと見える。

研修の集合時間までまだ1時間近く余裕があったので、近くの松原庵というカフェへ。瀟洒な雰囲気のお店で、スコーン2個とオリジナルブレンドのコーヒーのセットをいただく。スコーンはプレーンとチョコレートナッツを注文。ほかほかのスコーンが出てきて、これがとってもうまい。山盛りのクロテッドクリームがついてくるのだが、クリームなんてなくても十分にうまい。ただし、クリームもうまいので、結局きれいにたいらげてしまった。

本日の集合場所の「KKR鎌倉わかみや」へは午後3時20分に到着。

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スマホアプリの歩数計を見ると1万6000歩を超えていた。

午後4時から5時まで会議。熱海のお湯という風呂に入浴後、6時から宴会。2次会のカラオケ、さらには4人部屋での部屋飲みを経て就寝。

2日目の8日(金)は朝6時に起床。

入浴後の朝食で、とろろ芋と勘違いして、ヨーグルトをご飯の上にかけるという小さな過ちを犯したものの、無事予定通り8時45分出発。大型バスに10数人の団体なので、余裕しゃくしゃく。一路横須賀へ。

まずは世界三大記念艦「みかさ」を見学。日露戦争でバルチック艦隊に大勝した大日本帝国連合艦隊の司令艦だ。

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東郷平八郎連合艦隊司令長官像に敬礼しつつ、原宿の東郷神社以来今年2度目の拝顔を賜りつかまつったことをご報告。右手の戦艦みかさに目をやる。

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おおっ、これが噂の「みかさ」かぁ。数々の戦果を挙げてきたその雄姿に改めて敬礼。

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東郷司令長官が立っていた船橋の羅針盤。床を見ると、東郷司令長官(奥)や秋山真之参謀(手前)らが立っていた位置を示す銘板が貼ってあった。

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「海ゆかば」を歌いつつ艦内を見学。

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バスに戻る途中、秋山真之が生前、「いかなることがあろうとアメリカとは絶対に戦争をしてはならない」と口癖のように言っていたとされるのを思い出した。「これからの戦争は飛行機と潜水艦の戦いになるから、日本に勝ち目がない」というのが理由だったが、「みかさ」の参謀として活躍し、日露戦争終結後、海軍中将にまで昇り詰めた秋山は、若い頃の米国留学経験から、米国の圧倒的な裕福さと技術力と資金力を身に染みてわかっていたのだろう。秋山の忠告を無視した日本は、太平洋戦争に突き進み、米国との圧倒的な物量の差の前に屈服した。

日露戦争勃発時にアジアで植民地化されていなかったのは日本とタイの2カ国のみ。日本の勝利はアジアの国々に独立への機運を芽生えさせた。ここで戦争を2度と繰り返さぬように外交努力を続けていれば、どんなにかアジア諸国から尊敬されていたことか。少なくとも、近隣諸国から70年余にもわたってあることないこと非難されたり、イヤミをいわれたりするような事態にはならなかったことだろう。

てなわけで、現代の軍事情勢も視察しておこうということで横須賀軍港へ。

軍港クルーズの11時の便(団体1260円)で出航。

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いきなりわが海上自衛隊の潜水艦2艇がお出迎え。

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なぜか、米国の湾岸警備隊の船がいる。米国の湾岸警備隊は日本の湾岸も守ってくれているのかと思ったら、どうやらここのドックで修理をするために寄港したようだ。

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米海軍のイージス艦。頼りにしてまっせ~。

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ついに姿を現したっ。米原子力空母ロナルド・レーガン(奥の船)。もっと近くに寄ってほしいのだが、近づける距離が決められていて、これがギリギリなんだとか。

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こちらは日本の護衛艦「あまぎり」。

45分間のクルーズを終えて帰還。バスで一路横浜は中華街へ。

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おなじみの丸テーブルを囲んで中華料理と紹興酒を堪能し、お土産を買って午後2時解散。

来た時と同じ副都心線に乗って帰宅したのでした。

2019年1月22日 (火)

沢田研二の古希コンサートに行ってきた(*'ω'*)

昨日まで3連休していて、今朝出社したら事務所には誰もいない。

マンションの一室に同居しているおらとは別の会社の人たちは、外で会議があるためきょうは出社しないとの書き置きを残してあり、おおそうかと思っていたら、おらの会社の唯一の同僚から電話があり、風邪をひいたのできょうは休むとの由。てなわけで、きょうは一日事務所にたった一人でぼうっとしているハメに。

まぁ、いいかとパソコンの電源を入れると、ドロップボックスのアイコンに11件のファイルを処理したとかいった内容の吹き出し。スマホで撮影しておいた写真が自動的にパソコンのドロップボックスにコピーされたのだ。

それで、1月19日(土)にカミさんに付き合って沢田研二の古希記念コンサート「70YEARS LIVE OLD GUYS ROCK」に行って、スマホで何枚か写真を撮ったのを思いだした。

たった一人の事務所でぽつねんと机の前に座っていてもなんだからと、このコンサートをネタにブログを書くことにした。

考えてみれば、だいぶブログをすっぽかしていた。今年に入ってまだ何も書いていない。

そもそもこの正月は例年になく忙しかった。土日の休日もすべて用事で埋まっていた。

この土日も、沢田研二のコンサートの次の日は、信州の日本酒を楽しむ利き酒会というのに初めて誘われて行ってきた。それできのうの月曜日は久々にゆっくりしたくなり、有給休暇をとったのだった。

んで、コンサート。うちのカミさんは例のドタキャンとなった10月17日のさいたまアリーナにも行ってきたんだが、ドタキャンに怒り狂うこともないどころか、今度はおらまで誘っての観賞。「タイガースの曲も歌うかもよ」というカミさんの言にしぶしぶついていくことにしたのだが、すでに先週のうちに職場のおばさんから「絶対に新しい曲しか歌わないよ」と教えられていた。

武道館に近づくに従って、長い行列ができてくるのだが、予想通り、ほとんどがばあさんでたまにじいさん。

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武道館でのコンサートを聴くのは久々だ。

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2階席なんだが、フロアがスロープになっているので、3階とか4階とか5階と言ってもおかしくない高さ。これで8000円。

ミュージック・ビデオが終わって、映写していた大型スクリーンが巻き上げられると、沢田研二とギタリストの2名が登場。コンサートは最初から最後までこの2人だけ。つまり、伴奏はエレキギター1本。

沢田研二は開口いちばん、「きょうはもしかしたら中止かもと思ったひと~」というような意味の言葉を発し、大勢の観客が手を挙げて、まずは会場になごやかな雰囲気を醸し出すというスタート。まぁ、ここらへんはさすが貫禄十分のプロといったところ。

次から次と歌いまくるが、職場のおばさんの予言通り、おらの知っている曲は一曲もなし。最初の曲は「カサブランカ・ダンディ」という歌だそうだが、ついカミさんと顔を見合わせてしまった。声がひどいのだ。

だけど、せっかくだから乗らなきゃ損と思い、歌に合わせて手拍子をしたり、腕をつき上げたりするだけでなく、「イェ~イ」とか叫んでいたら、隣のカミさんも「ジュリーっ」とテレビドラマ「時間ですよ」の樹木希林みたいに叫びはじめた。カミさんは昨年暮れから体調を崩していて、この日もゆっくりゆっくり歩いてやっとの思いで武道館にたどり着いたありさまだったので、ちょっと驚いた。

まぁ、その甲斐もあってか、次第に声が出てきたように思う。

彼の歌い方はしっとり調というより絶叫調だから、声が出ないと聴いていられない。

やはり年には勝てないなと思ってしまう。

だから沢田研二の歌よりも観客のほうが気になって、周囲の人々を観察。カミさんとは反対側の隣に座った知らないおばさんは、全身を揺らしながら手拍子をたたいているのだが、すぐに拍子が合わなくなり、何度もやり直している。こんなにリズム感がないというか運動神経の悪そうな人を初めてみた。

アリーナ席は9割以上が女性で、全員、最初か最後まで立ちっぱなし。おらは2階席でよかったとつくづく思った。

ふと、観客席の端に座ったカミさんのさらに向こうにある入り口を隔てた横のほうの席を見ると、やはり奥さんに連れてこられたとおぼしき、どこかの会社の重役っぽいネクタイ付きの正装をしたおじさんが、周囲の手拍子に加わることもなく、じっと前を見据えている。ふと、何が面白くて、そこにじっと座り続けているのだろうと思ってしまった。

2階席からは沢田研二は豆つぶぐらいにしか見えず、衣装もよくわからないのだが、ピエロの着る服のように上下がつながっていて、そこにキラキラ光る色とりどりの飾りがぶら下がっているようだ。このためおらにはなんだかピンクのミノムシが歌っているように見えた。

ステージの正面だけでなく後ろ側にも観客がいるので、沢田研二はそちらにも気を使って、歌い終わると正面で「ありがとうございました」と5回言ったあと、後ろの席にも2回言うという感じだったが、ギタリストはずっと正面を向いたまま。反対側の席の人は損だなぁと思った。

休憩後に再登場すると、スコットランドの伝統衣装のキルトに似たスカート姿。「もうこの年だし、なんでもいいから変わった衣装にしようと考えた」というような意味のことを言っていた。そして、例のさいたまアリーナのドタキャン騒ぎに言及。なんだかんだと言い訳していたが、要はプロとしての意地を貫いたということのようだ。だけど、もう二度としないというようなニュアンスも伝わった。彼が言うには、さいたまアリーナの前のコンサートも後のコンサートもすべて大入りだそうだ。

まぁ、あの声で、この日だけで1万人ほどのおばさんたちが熱心に手拍子したり腕をつき上げたりして乗っているのだから、さすがジュリーというものだ。

ジュリーの歌に酔っているおばさんたちは、ジュリーとともに歩んできた自らの歴史に酔っている部分も多分にあるのだろう。タイガース時代を除いてジュリーの歌に酔えなかったおらですら、その歴史の傍流的に共鳴できるのだから。

そのジュリーは、還暦のコンサートで何とかあと10年頑張ると言ったのが、あっという間に何気なく10年過ぎてしまったので、ここからあと10年続けたいとも語っていた。

そうなんだ。いくつになろうが、年齢に関係なく、声の出る出ないに関係なく、歌い続けていること自体に価値があるのだ。

2018年12月23日 (日)

ひとりでクリスマス気分のコンサート

3週間ほど前からカミさんの体調が悪い。

頭と歯と腰が痛いという。三重苦である。

2日ほど寝込んだあと、おらの行き付けの成金趣味クリニックのS脳神経外科に自分で勝手に診てもらいにゆき、脳MRIと血液検査を受ける。その数日後、本人の行き付けの歯医者にも診てもらう。

その結果、これといって悪いところはないと言われたそうだ。腰の痛いのは首が曲がっている(!!!?)せいなので、仕方ないということだそうだ。歯も別段悪いところはないということで、S脳神経外科で処方された痛み止めを飲みつつ、快復を待つ日々だ。

カミさんによると、S脳神経外科で処方された痛み止めは三半規官の異常を治す働きも兼ねていて、飲むと痛みはやわらぐものの頭がボーッとして倦怠感を覚え、何もやる気がなくなるのだそうだ。

そのうえ、サジを投げられた腰のほうは今やぎっくり腰並みに痛みが増してきたということで、3カ月も前からカミさんが予約していたグローリー・ゴスペル・シンガーズのクリスマスコンサートにおら一人で行くはめになった。

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(テイト・コーポレーションのホームページより)

会場は「川口総合文化センター リリア」。別名リリアホールという1・2階合わせて2000人弱収容のおらにはいちばんリラックスして聴ける規模のホールだ。

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開演前のホールの広いロビーでは、地元の合唱団がお揃いのクリスチャンガウンを着てクリスマスソングのミニコンサートを開いており、いよいよムードが高まる。

で、開演。おらの隣のカミさんが座るはずの席に上着とマフラーとバッグを置き、そちらにあげた足が向くように足を組むという間隔の狭い椅子席にあって余裕のポーズでコンサートを楽しむ。

バックはドラムとキーボードとベースのみ。女7人男3人のゴスペルシンガーが揃っているのだから、それで十分なのだろう。

背景全体に曲に合わせたCGを映してご機嫌なステージを繰り広げた。

難点はプログラムがないこと。なんでじゃ。聖夜やらアメイジンググレイスやら諸人こぞりてあたりはわかるのでいいが、知らない歌はやはり題名くらい知っておきたい。なのにプログラムがないてのでわからない。

まぁそれでも、ゴスペルはノリやすいので、そこそこノッて、立つべきところは立って、手を打つところは手を打っているうちにしっかりと楽しめた。

なんつっても、彼らは声量がすごい。男も女も良く声が出とる。おらもあんな風に声が出たらどんなにか幸せだろうにとうらやましくなるほどだ。声量豊かな歌声をたっぷり聞くと、清々しく満たされた気分になる。

最後のほうでは観客がスタンドアップするだけでなく、ステージにもどんどん上げて全員で合唱。歌うのはハッピィデイだ。この歌はもうちょっとアドリブを効かしてほしかったが、ごく普通に楽しく歌っていた

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女性歌手が「シャシン トッテ イイヨッ!」というので、スマホで撮った(映りが悪いけど)。意外と子供が多い。

アンコールの曲では歌手がペンライトを振るのに合わせて、会場の観客もライトを振り始めた。でも、ちゃんとしたペンライトを手にしていた人はほんの一部。他のほとんどの人はスマホのライトを点けてペンライト代わりにしていた。

あれはスマホにもともと搭載されている機能なのか、それとも専用アプリをインストールしているのか。おらは使ったことがなくよくわからないうえに、帰りの電車内でスマホのバッテリーが切れるのを恐れて真似はしなかった。

左斜め前の席の女性が隣の友達に合わせてなのか、何も光っていないスマホを振っていたが、あれは意味ないだろうと思った。

その最後の曲の背景のCGには「2018 Merry Christmas」、続いて「2019  Happy NewYear」と映し出され、歌手が会場に下りてきて観客と握手しながら退場。ロビーでは、ステージで女性歌手の一人がつたない日本語で訴えかけた通り、アジアの恵まれない子供たちのための募金をしていたので、なけなしの千円札を募金箱に投じてから帰途に。

これでいい年を迎えられるかな。クリスチャンじゃないけど。

2018年12月 3日 (月)

頸動脈プラークに改善なし('ω')

休み(^^)/

1年に1回の脳MRI・頸動脈エコー検査の結果を聞くために成金趣味のS脳神経外科へ。このクリニック、検査を受けるときは受診時間を予約できるのだが、その結果を聞きに行くときは予約できない仕組み。

んで、10:40に到着。

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このクリニックの贅を尽くしたような内装や医療関係には似合わないようなお洒落過ぎる女性用の制服には来るたびに感心するんだが、いったい誰の趣味なのか。やっぱり院長なんだろうなぁ。

受付カウンターの背景の壁には100号を超えると思われるロココ調の立派な風景画か掛けてあるのだが、その前にはせっかくの絵画の半分ほどを覆い隠してしまうように、大きくて値も張りそうな花瓶にたわわなドライフラワーが生けてある。

その写真を撮ると受付にいる美女たちに怪しまれそうなので、反対側の窓際にスマホを向けると、そこには、これまた立派なカーテンと照明スタンドがあった。

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ソファーも立派。

てなことを考えたり、iPad miniで日経新聞を読んだりしているうちに、11:50頃にお呼びがかかった。待ち時間2時間を覚悟していたので、意外な感じ。

で、診察室へ入り、S院長とご対面。

S院長は青い手術着姿。脳神経外科といっても、手術室はないからおそらく手術はしないのだと思うが、最近は手術着で外来問診するのが流行っているのか(半年前のS総合病院の糖尿内科の先生がそうだった)。

まず、脳MRIの画像を壁に投影。「ここと、こことかに白いところがいくつかありますね。血が通っていないところです。あとこの血管のボコボコしているのは動脈硬化ですね」と先生。要は1年前とほとんど変化なし。

続けて頸動脈エコーの画像。左側の血管プラークは最大1.6mmで、右側が2.2mm。左は1年前と同じ数値で、右は0.1大きくなっている。

この2年余り、真島康雄先生のRAP食(血管プラーク退縮食事療法)を実践してきて、1年前はちょっぴり改善していたので、今回はさらに改善するものと期待していたのだが、右の0.1が誤差の範囲だとしても、改善ではなくほぼ変化なしということなので、がっくり。

でも、他に良い方法がない以上、RAP食の効果を信じて、くじけずに続けるしかないだろう、と思う。

カミさんの頭痛が治らないこともあり、帰りに商店街の中華料理屋でタンメンを食す。ここのラーメンを食べたかったのだが、メニューを見ているうちに少しでも野菜が多い方がいいかもと、思い直し、タンメンにしたのだが、健康アプリ「あすけん」に入力すると、飽和脂肪酸と塩分が一気に「超過」になり、やっぱりラーメン系はやばいなぁと再認識。

帰宅後のちょうど午後3時、にわか雨のような苦にならない程度の小雨の中をジョギング。6kmコースを選択し、ちょうど午後4時に帰宅。

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