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2014年7月30日 (水)

泣ける唄

洋楽邦楽ジャンルを問わず詰め込んでシャッフルで楽しむマイiPodライフ♪

きょうも帰りの電車の中でイヤフォンから聴こえてきたのは、AHMIRの「カリフォルニア・キング・ベッド」、アルバーティナ・ウォーカーの「ワン・デイ」ときて、大川栄策の「夫婦春秋」。いきなりど演歌なのだが、つい、人目も気にせず目頭を濡らしてしまった。村田英雄が昭和42年に歌い、その12年後にようやくヒットした歌のカバーだ。

作詞:関沢新一

作曲:市川昭介

一.

ついて来いとは 言わぬのに

だまってあとから ついて来た

俺がはたちで お前が十九

さげた手鍋の その中にゃ

明日のめしさえ なかったなァ お前

(今だと女ストーカーかと疑われそうだが、こんな恋をしてみたかった)

二.

ぐちも涙も こぼさずに

貧乏おはこと 笑ってた

そんな強気の お前がいちど

やっとおいらに 陽がさした

あの日 なみだを こぼしたなァ お前

(「やっとおいらに」のあたりから、胸がきゅんとして目頭が熱くなってしまう。うちのカミさんはぐちがちと多くて残念!)

三.

九尺二間が 振り出しで

胸つき八丁の 道ばかり

それが夫婦と 軽くは言うが

俺とお前で 苦労した

花は大事に 咲かそうなァ お前

(ここで今は亡き叔父を思い出す。叔父は高校を出て上京、自転車店で修業をしてから自転車部品の卸販売をする小さな店を川崎に構えた。小生が幼稚園のとき、まだ自分の店を構える前の新婚家庭に、親父に連れられて行ったことがある。狭いアパートだったが、若くて美人の叔母が夕飯を作ってくれ、温かい雰囲気に浸ったことを子供心に覚えている。川崎に構えた店舗兼住宅には大学受験で1週間ほど泊めてもらった。小学生の子供、つまり小生のいとこが2人いる割には、狭い家だった。それが小生が大学3年生になると、150坪もある広い中古住宅を購入。もとの店は店舗専用にした。叔父の死後は、その店を人に任せ、住宅のほうは叔母がアパートに建て直して比較的裕福に生計を立てていた。まさに裸一貫から夫唱婦随で成功した例だと思う)

この歌ができた昭和42年といえば、日本の高度経済成長時代。まじめにコツコツと頑張れば、きょうよりも明日、明日よりも明後日と先にいくほど豊かな暮らしができると、すべての日本人が信じていた時代。夢を持てた時代であり、そして実際に多くの人が裸一貫で商売を始め、それなりの成功をおさめる叔父のような人生を送ることができた。

それに引き換え、小生はあまりまじめじゃなかったかもしれんし、それ故か叔父ほどには豊かになれなかった、と自己分析して思う。簡単には豊かになれない時代になったからかもしれない。商売人ではなく貧乏新聞社のサラリーマン記者だったからかもしれない。そして、愚息はもっと難しい時代を生き抜いていかなければならない。だから小生と同じで金には縁がなくてもいい。せめて、夢を持ち、それを叶えるために生きる人生を送ってほしい。

この歌は昔から知っていたが、あまりピンとこなかった。それが、最近、なんだか急に好きになった。高度成長時代に対する郷愁か、はたまた歌詞にあるような地道に頑張る人生への憧れか。たぶん、単に年をとったせいだと思う。今度、カラオケに挑戦してみるか。

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