« 歌の力 | トップページ | 雨の日の通勤 »

2014年11月24日 (月)

近くて遠い国々

散歩がてらに公園を抜けて図書館へ。

Dsc_1659

道端にヤモリを発見。

Dsc_1663

守るべき家がみつからないのか、そそくさと繁みに隠れてしまった。

図書館ではCD3枚を返してCD3枚を借りた。ついでに「文藝春秋」をソファでざっと読み。

元サッカー日本代表監督の岡田武史氏と元シンクロナイズドスイミング日本代表コーチの井村雅代氏の対談が面白かった。2人とも日本代表チームを率いて活躍した実績を買われ、最近まで中国のチームの監督やコーチを務めていたので、テーマは中国のスポーツ界の実情。

2人の意見が一致しているのは、中国の選手は国の代表である前に出身省の代表であるということだ。各省の役人は自分の省から優れた選手、つまりは代表チームのレギュラーになる選手を1人でも多く輩出しようとコネやカネをはじめあらゆる手段を駆使するのだそうだ。なぜなら、良い選手を出せば自分たちが共産党員としてより高い地位に出世できるからだ。

代表チームを編成する権限を持っている監督やコーチに対して、あと一歩実力が伴わない選手を何とか他の省の選手を蹴落としてまでレギュラーにしようと、贈答品やら袖の下などで攻勢をかけてくるのだそうだ。外国人で各省とは何のしがらみもない岡田、井村両氏はそういう要求をきっぱりと断り、かなりの抵抗もものともせず実力本位で選手を選ぶことを通した。

すると、当初は奇異に見られ、煙たがられたが、例えば、シンクロの場合は北京五輪で初のメダルを獲得するなど成果が表れてくると、各選手の実力に応じて選抜するという当たり前のことを理解するようになり、監督、コーチとして尊敬されるようになったのだという。

つまりは、自分たちがより良い地位や収入を得るためには賄賂を使うのは当たり前の社会であり、何よりも先にまずはルールを守ろうなどという発想は微塵もないのが中国という国なのだ。

「日経ビジネス」で愛読しているコラム「早読み 深読み 朝鮮半島」で、ちょうど今、韓国は「法治より徳治」の国だという論説を展開していて、それは同じ儒教国家である中国も同じだと書かれているのを読み、なるほどなと思う。「法治より徳治」というのは、法律よりも為政者の意思が優先される国家ということだ。つまりはルール無視の情実采配。産経新聞の前ソウル特派員起訴もその一例。

中国も韓国も、国民はそれが当然のことだと信じて疑わないだけでなく、同じ東洋の儒教もかじったことがあるはずの日本が自分たちと同じように考えないことのほうが不思議なのだそうだ。

日本は完璧な法治国家である。それゆえに、このところ主に政治面で日本と両国との間がギスギスしているが、今以上に関係が良くなることはないのではないかと思えてくる。まだ中国は岡田、井村両氏のように、日本人を指導者として迎えるだけの度量があるが、韓国はそんな発想はできないだろうしなぁ。日本の元新聞記者を反日の御用学者として大学教授に据えたりすることはあるようだが、スポーツの代表チームの監督やコーチっていうのは無理だろうなぁ。

« 歌の力 | トップページ | 雨の日の通勤 »

世相観察」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/594586/60706391

この記事へのトラックバック一覧です: 近くて遠い国々:

« 歌の力 | トップページ | 雨の日の通勤 »

無料ブログはココログ

最近のトラックバック

ウェブページ