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2016年7月

2016年7月31日 (日)

映画「ターザン」観賞

カミさんと近くのシネプレックスへ。
 
目的はこれ。
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(公式HPより)
 
「ターザン REBORN」。
 
全米で大ヒットと謳っているだけあって、とにかく面白い。よくできている。久々に文句なく楽しめた。
 
ターザンが敵と手を結んだコンゴのある部族の酋長と死闘を繰り広げながら、酋長を改心させようと説得するシーンがあるのだが、ちょっと説得力が弱いというか、えっ、そんな話に納得できるのと酋長を問い詰めたくなるほど現実味に乏しいシナリオ展開があるにはあるが、まぁ細かいことはいいじゃないか、ジャングル育ちのターザンのことなんだし(そんなに口がうまいはずはないんだから…)という気持ちになれる。
 
ターザン遊びにつきものの「アーア・アー」という懐かしの雄叫びとは、ちょっと違うが、ちゃんと雄叫びもある。そして、ターザンと言えば仲間の動物たち。テレビの映画番組で何度も放映された、かつての白黒映画のターザンが悪者をやっつけるときは、いつも動物たちが味方となって加勢していた。
 
ところが、この映画では、ターザンの味方はずっと人間だ。コンゴの部族の人たちや英国からターザンに同行してきた米国の黒人が仲間だ。
 
おかしいなぁ、と思っていたら、最後の最後のクライマックスで登場しますよ、動物たちが。ホームページの予告編にもそのシーンがあるから明かしてもいいと思うけど、「待ってましたぁ」という期待に応える内容。欲を言えば、この動物がたくさん押し寄せるシーンをあと5分くらい続けてほしかった。
 
われわれの世代にとって、ターザンといえば何といってもワイズミュラーだ。
どうしているのかと、帰宅してからウィキペディアを見たら、1984年に79歳で死去。「晩年はハリウッドの精神病院で、現実とターザン役を混同したような奇行を重ねていたという」とあった。
病院でも、「アーア・アー」と叫びながら、ベッドからベッドへと飛び移っていたのかもしれない。
 
 
ときに、都知事は新聞各紙の世論調査通り小池百合子氏に決定した。
 
そもそも、対立候補といわれた与党推薦の増田寛也氏はよその県の人(東京都の「顔」には向いていない)だし、野党統一候補の鳥越俊太郎氏はあまりにも政策を知らなさ過ぎた。
そういう、他に有力な候補がいなかったという意味で、まぁ妥当な線なんだろうなぁ。

2016年7月24日 (日)

散歩♪

巷で流行りの「ポケモンGO」でも試してみるかと、近くの公園に散歩に出た。
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おっ、まだ公園に行く途中の道端だというのに、早くもモンスター発見か…
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よ~く見たら、本物のカマキリでした。もう、秋の色してる。
 
 
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公園のため池には蓮の花が咲き誇る。
 
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この蓮の群に向けてカメラの砲列が…。
 
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狙うは蓮の花?
 
そんならと、おらも1枚。
 
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ミラーレス一眼の「ニコンJ1」に、ニッコールズームレンズ55-200mm f4~5.6をくっつけて、さらにトリミングしてやっとこの程度の大きさになる。
 
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こんなおらのカメラとは違って、数百万もするようなでっかいレンズをつけたカメラを三脚に乗せて朝から晩まで、池のほとりで待ち構えている連中が狙っているのは、もちろんこの蓮の花ではない。
 
狙うは、こいつだ。
 
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そう、カワセミ(写真はウィキペディアより)。
 
こんな鳥がピンクの蓮の花に近づき、長いくちばしを花弁に突っ込んだ瞬間を狙っているのだそうだ。
 
この季節になると、こうした連中が集まってくる。そんなにカワセミと蓮の花の組み合わせの写真が欲しいなら、この人たちの誰かからコピーさせてもらえばいいいのにと思うのだが、当人たちにとっては、そういうものでもないらしい。
それぞれの人が良い写真を撮って、家に帰って家族や近隣の人たちに自慢し、翌日、会社に行って同僚たちにも自慢し、みんなから「ほう、きれいだね」と言われるのが楽しみ。確かに、そのとき、誰かに分けてもらった写真では、「ほう」と言われても、後ろめたい気持ちになるということか。
 
てな、ことを考えながら、あちこちでモンスターを捕まえながら帰宅。 モンスターを発見したとき、ついつい捕まえるのに必死で、キャプチャー画面を撮るのを忘れてしまった。
 
結局5匹捕獲。「ポケモンGO」をインストールして、いちばんはじめに、家の中でビギナーズラック的というかおきまり的に簡単に捕獲できたゼニガメを含め全部で6匹に。
 
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だけど、なんか操作性が悪いというか、インターフェースが不出来というか、操作がイラつく。ニックネームを入力するのに、文字盤が上がってこなかったり、やっとの思いで入れたら「使えません」と表示されたり…。
 
モンスターを捕まえたら捕まえたで、これから、育成したり、闘わせたりしなきゃならんのだそうだ。
 
ん~ めんどくさ。

2016年7月18日 (月)

「Groove ミュージック」の不思議な静止画像

3連休中、ソニーのコンパクトオーディオシステム「CAS-1」で音楽をたっぷり楽しんだ。
自分の部屋で音楽を聴くときは本来スピーカー派なんだが、CAS-1にヘッドホンをつなげて聴くとスピーカー以上に良い感じに聴こえる。…と感心していたらオーディオテクニカのヘッドホン「ATH-WS77」が壊れた。左側のイヤーパッドの付け根のコードが切れかかっていて、左側から音が出ない。
 
いずれソニーの「MDR-Z7」に替えようと思ってはいたが、ちょっと早すぎた。まだ、お金がない。やっぱり安物はダメだな。MDR-Z7ならコードはネジで差し込む方式だからたとえ切れても交換できる。
 
仕方なく、半年ほど前に3000円台で買ったソニーのイヤホン「MDR-XB50」で聴いているのだが、これでも十分満足できる音で聴くことができる。
 
今も、友人に教えられてその存在を知ったシンガーソングライター、メロディー・ガルドーの「カレンシー・オブ・マン~出逢いの記憶」というmoraで購入したハイレゾ版のアルバムをイヤホンで聴いてしびれている。
 
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メロディー本人の声はもちろん、アレンジが最高に良い。ジャジー+昔のR&Bテイストってな感じのサウンドで、ブラスやコーラスをストリングスのうえに絶妙にからませている。ご機嫌なテナーサックスソロも絡ませていたりして、カッコ良い。とくに前奏にバスドラムをフィーチャーしたり、バリトンサックスを通底させたりするなど重低音楽器をガンガン響かせていて小気味いい。こういうのを聴くと、サブウーハーが欲しくなる。
 
ヘッドホンが先かこいつが先かという感じになってきた。
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ソニー「SA-CS9」
 
ときに、上のメロディー・ガルドーのキャプチャー画像は、Windows10の音楽再生アプリ「Groove ミュージック」のものだ。楽曲を再生するとそれに関連する画像が表示される。左下にある小さな画像がアルバムの写真だ。
 
このGrooveミュージックは、Windows10にアップグレードすると自動的についてくる。いわば、おまけ。8.1までについてきた「Xbox ミュージック」の後継アプリだそうだ。パソコン内にある音楽ファイルのすべてを自動的に読み込み、再生できるという優れモノ。
 
ソニーの音楽再生アプリ「Media Go」のようにハイレゾ対応しているのかどうか不明だが、もちろんCAS-1を通じて楽曲を聴ける。
 
しかも、上のキャプチャー画像のように、それぞれの楽曲に合わせた静止画像が表示されるときがある。ただ、その静止画像の出所も、どのような楽曲の場合に表示されるのかも不明。たまたま、マイクロソフトが所有していた画像を勝手気ままに表示しているだけかのように、歌手によって表示されたりされなかったり。表示される画像数も1枚だけだったり、3~4枚だったりマチマチ。おらの楽曲コレクションでみると全体で3分の1から4分の1の歌手に表示されるような感じだ。
 
洋楽の女性歌手では…。
ノラ・ジョーンズ
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カーラ・ボノフ
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ドリー・パートン
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アレサ・フランクリン、キャロル・キング、シェール、ジョーン・バエズ、マリアン・アンダーソン、エディット・ピアフ、アルバーティナ・ウォーカーは表示された。
 
半面、 セリーヌ・ディオンは表示されない↓
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同じく、シルヴィー・ヴァルタン、バーブラ・ストライザンド、リンダ・ロンシュタット、サラ・ブライトマン、サラ・ボーン、ヘイリー、アデル、マリーネ・デードリッヒ、エラ・フィッツジェラルド、ペギー・リー、ニーナ・シモン、ヘレン・メリル、ホイットニー・ヒューストン、ナナ・ムスクーリ、マヘリア・ジャクソン、エンヤ、ドナ・サマー、ビリー・ホリデー、ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス、デスティニーズ・チャイルドも表示されない。
 
こうしてみると、歌のジャンルとか活躍した時期、知名度といった分類によるものでもないようだ。勝手気ままとしかいいようがない。
 
ちなみに、日本人の場合、美空ひばりは表示されず、森山良子は表示された↓
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なぜか、画面に納まりきれない大きさで。本人が承知のうえかどうかは知らないが…。
 

2016年7月 4日 (月)

尿漏れまる2年(涙)

前立腺がんを手術したあと、尿道カテーテルを抜いてから今日で丸2年になる。

手術する前、前立腺がんの主治医であるI先生に言われたのは、およそ10%の人に後遺症が残るからそのつもりでということだった。その後遺症というのは〝尿漏れ〟。ただ、その10%の仲間に入ったとしても、せいぜい1年も経てばほとんどの人は尿漏れが完治するという説明だった。

手術後、明後日には退院という日に骨盤内出血という想定外の事故が起き、いったん抜いたカテーテルを再度挿入。そこからさらに3週間も入れっ放しというアクシデントはあったものの、田舎からはるばる見舞いに来た医者の弟は専門医に確かめた話として、「たいてい3カ月、長くても半年で治る」と慰めてくれた。

それが、いまだに治らん!!!! 丸2年たっても治らん!!!!

いまだにこいつのお世話になっとる!!!!

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まぁ、でも、少量だ。もう慣れっこになったから、別に気にならん。

もしかしたら、このまま永遠に治らんかもしれん。それでも、別に困ることはない。ユニチャームがこのパッドを生産・販売している限り。

尿漏れが完治したらスポーツクラブ通いを復活しようと考えていたが、治らんでも復活してみようかなぁ。運動しているときはパッドをつけていて、風呂に入るなど裸になるときは、事前にトイレにいってこっそりパッドをはずしてくれば誰にも感づかれないだろう。てなスポクラ内での手順を考案したりしているところである。

2016年7月 2日 (土)

「こころ」読了

夏目漱石著「こころ」(青空文庫)読了。

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名前だけは知っている有名な古典ばかりがずらりと並ぶ青空文庫で本を物色していると、読んでみたい本がたくさんあるのだが、そんな中からついつい昔、むか~し読んだ本を改めて読んでみたくなることが多い。懐かしさなのか、あるいは初めて読んだときの青少年時代の自分の心境に立ち返ってみたいからなのか。

「こころ」もそんな一冊。漱石をはじめ、芥川龍之介、森鴎外、志賀直哉、島崎藤村など、毎月わが家に送られてくる日本文学全集を順に読んでいた中学生のとき以来だ。あの全集の新しい本を開くときの紙の匂いはいまだに覚えている。谷崎潤一郎の小説に思春期の胸をときめかしたせいなのか、おらにとってはどこかセクシャルなイメージにつながる匂いだった。

さて、「こころ」である。この小説は主人公の「私」が語る部分と「先生」の手紙の部分の大きく2つの文章に分けられるが、「私」の部分を読んでいる間、「はて、本当にこの本をかつて読んだのだろうか?」と思い続けた。なかなか、覚えているシーンや言葉に出くわさないのだ。しかも、退屈。それでも、なんとか読み続けていて、先生の手紙の部分に入り、先生が自分の下宿に友人のKを呼び寄せる段になって、ようやく思いだした。と、同時に、ストーリーのすべてと結末まで鮮やかに甦ってきた。

ただ、最初に読んだ中学生の頃は乃木大将のことはよく知らなかったと思う。その後、長じるに及んで日清、日露戦争の頃の歴史物にもある程度詳しくなったので、最後のほうで、「明治の精神に殉死」などという言葉が出てくると、それなりの時代背景としての味わいが感じられるのは、中学生の頃とはまたひと味違った読後感を持てたということなんだろう。

巻末に、初出が1914(大正3)年の4月20日~8月11日の朝日新聞での連載とあるから、確かに明治という一つの時代の終わり、節目に書かれた小説であり、作者もそこに何らかの意味を込めたのかもしれない。ただ、おらからみると、登場人物たちのものごとの感じ方、考え方の本質というものは現代に生きる人々のそれとほとんど変わらないと思う。嘘をつくこと、人を裏切ることに対する自己嫌悪感は今の日本社会に通じるものだ。だから、時代を経てもなお色褪せぬ漱石の感性と筆致に驚嘆する。

本郷だの小石川だの旧帝大、現東大周辺の地名が今の自分には実際に行ったことのある土地として受け止められるのも、中学生時分とは違った読み方ができる一因となった。また、先生の手紙はいくつもの章に分かれているのだが、章の最初は「(カギカッコの始め)で始まるのに、章の最後に」(カギカッコの閉じ)がない。そして、手紙の最終章の最後、つまり小説の最後にだけ」がつけられているのに気が付いた。これは、中学生のときは気がついていたかどうか覚えていない。

話がそれるが、小中学校の国語では「」の中の文章にも「。」(閉じ丸)をつけるように教える。しかし、新聞も雑誌も「。」はつけない。かつて新聞記者時代に、国語の先生を取材して、ゲラを見せたら「。」がいるのでは?と聞かれたので、そのことを説明すると、改めて新聞を読んでみて「ほう、初めて知った」と話していたのを思いだした。案外、句読点のあるなしなんて気にかけずに読まれてるものなんだ。

それにしても、明治や大正の頃といえば、そういった文章の句読点の在り方なんてものはまだ確定したルールというようなものはなく、作家個々人が自分勝手に考案、開拓していったのではないかと思うが、先生の手紙の句読点のつけ方一つをみても、文豪の文豪たるゆえんを偲ぶことができる。

さて、おらは中学生時代に明治・大正の小説で読書に目覚めたあと、高校生になると次第に現代文学、とくに五木寛之と野坂昭如、どくとるマンボウ(北杜夫のエッセイもの)、孤狸庵先生(遠藤周作のエッセイもの)あたりに染まっていった。そして、同級生だった色白の女の子に、「たまにはドストエフスキーとかトルーマン・カポーティくらい読みなさいよ」と言われ、「ポ、ポカーティ?」とついポカンとしてしまったりしていたのでした。

2016年7月 1日 (金)

飲酒運転根絶キャンペーンを楽しむ

恵比寿ガーデンプレイスで開かれた警視庁など主催の「飲酒運転根絶キャンペーン」に行ってきた。
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一応、わが団体の関連団体が発行する機関誌の取材ってことで、つまりは仕事なんだけど、懐かしのスギちゃんが昔ながらの衣装で登場したりして、けっこう楽しめた。
メーンゲストのスギちゃんのあとは、警視庁音楽隊のビッグバンド編成による演奏会。
 
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曲目は、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」「セントルイス・ブルース(マンボアレンジ)」「イパネマの娘」「イン・ザ・ムード」と、こちらも懐かしムード。
当然ながら、芸能人につきもののファンが殺到するようなこともなく、観客は関係者8割、一般人2割てな感じで、ゆるゆるムードでのんびりできました。はい。
 

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