« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

2017年8月

2017年8月27日 (日)

燃えろ内臓脂肪!

タニタの体重体組成計で、内臓脂肪レベルが6日連続して〝公式記録〟で最低となる10.5をマーク、「いいぞっ」と内心ほくそ笑んでいたら、今朝は11.0に逆戻りしていてがっかり。

1

上のグラフは、タニタの健康アプリ「ヘルスプラネット」に毎日記録している体重(青)と内臓脂肪レベル(黄色)の過去1年の推移。

内臓脂肪レベルは2~3カ月間にわたり一定の水準を続けたあと、一段階下の水準に移行する形で減少してきているのがわかる。

株式チャートでいう「ボックス相場」の形成とその後の「下放れ」を続けているわけだ。

これを過去3カ月のグラフでみると…。

3

過去約3カ月にわたり、内臓脂肪レベルは11.5~11.0のボックス相場を続けたあと、下放れし、11.0~10.5という一段階下のボックス相場を形成し始めたところだと解釈できる。

つまり、今朝11.0と逆戻りしたからといって、悲観することはないのである。

実は、この公式記録とは別に、おらが「先行指標」としている記録がある。それは、平日の帰路、ひと駅前で下車して自宅まで30分ウォーキングし、汗まみれになって、入浴する前に測定するときのデータだ。たいてい、朝の起床後のデータよりも改善されていることが多く、先週は3日連続で内臓脂肪レベルが8.5をつけた。

8.5というのは、「標準」の3段階のうち真ん中だ。つまり、もはやメタボではない状態である。

これに対し、今のところ公式記録で最低の10.5というのは、「やや過剰」のうち低いほうの水準。つまり、メタボ。10.0未満にならないとメタボ解消にはならない。

だが、先行指標で8.5をマークしているので、そう遠くないうちに10.0未満を達成できるはずだ。これまでも、先行指標は必ず達成してきた。いわば、先行指標は励ましの指標でもあるのだ。

てなわけで、きょうも元気にウォーキング。

20170827_111146

土手の両側の雑草が背丈ほどにも伸びてきて、うざたいなぁと思ったら…。

20170826_111710

草刈りが始まっていた。

20170827_114015

早くも稲刈りスタート(右奥)。もう秋なんだ。

2時間で1万5032歩、10522m。

2017年8月21日 (月)

ダイエット成功の秘訣は…がん???

いよいよ大腸内視鏡検査の日。

朝7時起床。入浴後、自室の愛器デスクトップオーディオ「CAS-1」とスマホのM01で音楽配信の「spotify」を聴きながらまどろんだあと、8時から下剤の「二フレック」を飲み始める。

まず粉薬の入ったニフレック・バッグに天然水を1リットル入れてよく溶かす。次にガスコンドロップという液体の薬10mlを加え、さらに天然水1リットルを追加して下剤が完成。

20170821_081004

これを200mlぐらいずつコップに移し、コップ1杯につき15分~10分、全部で2時間かけて飲むのだという。こんなもん、そんなに悠長に飲んでおれるかい、と一気に飲んでしまおうと思ったら、とんでもなくひどい味で、飲むほどに飲む気が失せる。しかも、1リットルを過ぎるあたりから頻繁に催してきて、トイレに行ったりきたり。結局、説明書に書いてある通り、飲み終わるのにきっかり2時間かかった。

トイレに10回以上も通ううちに、便が透明な水状態になってきたが、3年前に内視鏡検査をしたときに、腸内に少し便が残っていて、医者に前処理を指示通りにしたかと疑われたのを思い出し、念のため2回も仕上げの浣腸をして自分なりにすっきりしておいた。

昼過ぎに自宅を出発。午後2時過ぎに病院に到着。

20170821_152519

自動受付機で受け付けを済ませ、内視鏡検査の部屋へ。看護師に言われるまま、常用している薬や既往症などの問診表に記入し、お尻の部分に穴が空いた検査用パンツと検査着に着替えて待機。しばらくして名前を呼ばれ、看護師に言われるままベッドへ。右肩に腸の動きをやわらげる注射を1本。

看護師に言われるまま身体の左側を下にして横向きになり、膝を抱いた姿勢でいると、背後から医者が近づいてきて、「〇〇です。検査を始めます」というので、後ろ向きのまま「よろしくお願いします」と答える。

3年前に1度経験済みなので、モニター画面を見る余裕も。あれだけ気を遣ったのに、前回と同様、腸内のところどころに黄色い液体が残っていて、医者が内視鏡の先でシュッシュッと水を飛ばしてその汚れを洗い流しながらカメラを先に進める。

腸には神経がないので無痛のはずなんだが、カメラが奥に進むに従い、身体の内側から突つかれる圧迫感を感じる。途中で、仰向けになり、両膝を曲げたまま右足を左足の上に乗せた姿勢に。カメラはさらに進む。やがて「いちばん奥まで行きましたから、これからは戻しながら腸内を再度チェックしていきますね」と医者の声。

カメラの位置が出口に近づいてきたのがわかり、「あともう少し」と内心で思っていると、「ポリープのようなものがありますから取りますね」と再び医者の声。「お願いします」とおら。

画面を見ると、つやつやとしたきれいなま~るいおできが腸壁からポコッと頭を出している。それをファイバーの先が何度も触るのだが、ツルッとかわされている感じ。最後におできの一部から赤い血がにじみだした。

内視鏡を抜いてから医者いわく、「腸壁の表面だけでなく、中のほうまでつながっているので、組織だけ切り取って検査することにしました」。う~ん、ただのポリープではないようだ。

おら「直腸のあたりですか?」。医者「そうですね、5mmくらいです」。

結果は次回の内科受診日である9月4日に教えてくれるそうだ。

まぁ、ポリープじゃなきゃあがんなんだろうなぁ。またがんか。が~ん。

あんまり食欲がわかないが、考えてみればきょう一日何も食べていないので、本当は腹も減っているはずと、病院の1階のコンビニでサンドイッチと牛乳を買い、コンビニの前のテラスで食す。看護師に、きょうのうちは刺激物とアルコールは控えるように言われたので、まっすぐ帰宅することにした。

いつものようにひと駅前で下車。30分歩いて汗をふきふき帰宅。ひと風呂浴びてタニタの体重体組成計に乗ると、ぬわ~んと体重57.20kg、内臓脂肪レベル9.5とダイエット開始以来の最低記録をマーク。

今朝の入浴前の〝公式記録〟は体重58.05kg、内臓脂肪レベル10.5だったので、1日で大幅改善。血圧も朝が133/82だったのが夕は117/68と正常レベル。でも、素直に喜べない。

もしかして、この1年のダイエット効果はすべて大腸がんのなせるワザだったのだろうか(涙)。

2017年8月20日 (日)

ダイエット丸一年

ダイエットを始めてから丸一年が経過した。

当初は1日1万歩以上のウォーキングが中心で、今年の2月から脂質制御を中心とする食事療法を追加し、現在に至る。途中、筋トレやストレッチを追加することも思いたったが実行に移せないでいる。

これまでの成果はまずまず満足できるレベルである。

ダイエット開始時に66kgだった体重は目標の58kgを達成。現在はほぼ58kg前半で推移し、たまに58kgを割ることもある。BMIは22.0前後と理想形だ。

ただ、内臓脂肪についてはまだ道半ば。1年前にタニタの体重体組成計で13.5レベル(瞬間的に14.0レベル)だったのが11.0レベル中心へと低下したが、「標準」、つまりメタボではなくなる9.5レベル以下を達成するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

腹囲も93cmあったのが86cmまで減少したが、メタボ判定の85cmの壁は厚い。

それでも満足できるのは、血圧の低下が顕著だからだ。ダイエットを始めて半年以上経った今年の初めころまで、全然、血圧が下がらなくて、身体のどこかにいまだ気づいていない深刻な欠陥があるのではないかと心配になったりしていたが、食事療法が効いたのか、はたまたウォーキングの成果が出てきたのか、6月ころから目に見えて血圧が下がってきた。毎朝、血圧を測るのが楽しみになるくらいだ。

といっても、朝は上が135未満、下が85未満というWHOの基準値にはほど遠い。だいたい上が150台、下が85~90といったところだ。それでも、今年の初めころまでは上が180~190、下が90~100だったのだからずいぶん改善された。しかも、夕方には基準値に収まることが多くなった。

3カ月に1回の通院日にあたる9月4日に、主治医に血圧の薬を減らせるか相談してみよう。

てなことを考えながらきょうもウォーキング。しかも、久々に市営のスポーツクラブに寄った。

かつては市営のスポーツクラブに行くのに、ウォーキングコースである川沿いの土手から途中ではずれて一般道を約1km歩いたのだが、最近、ウォーキングコースを延長してみたところ、土手からそのままスポーツクラブに直行できることが判明したのだ。土手の右手に見えるスポーツクラブを300mくらい通り越さないとスポーツクラブにつながる道が見えないので、今まで気がつかなかったのだ。

わが家からスポーツクラブまで川沿いに一直線で行けるというのは、まるでおらのために用意されたコースのようでなんだかうれしい。

昼1時過ぎに出発。まず自宅から徒歩5分のところにある図書館に寄り、CD3枚を返し、新たにCD3枚を借りてからいよいよウォーキングコースへ。

途中、トラブル発生!!

スポーツクラブまであと約1kmのところにある道路を渡ったところで、めまいがしたのだ。一瞬、「ここでおらの最期かも…」と、いつ死んでもおかしくない年齢ゆえに覚悟したが、身体の異常がさらに深まるような感じはしない。「もしかしたら、脳梗塞かも」と思い、右目と左目のそれぞれの見え方を確認した。田舎で医者をやっている弟が、自分が脳梗塞を患ったときに左目がよく見えなくなったのですぐに脳梗塞だと分かったと話していたのを思い出したのだ(ちなみに弟はすぐに内視鏡手術を受け、後遺症もなく完治した)。両目とも景色の見え方に異常はなかった。ただ、景色ははっきり見えるのだが右左にゆっくり傾くのだ。つまりはめまいの症状そのもの。たま~に似たような経験をしたことがあるが、これまでは一瞬のことだったのが、今回は15秒くらい続いた。

それでもすぐに治まったので、予定通りスポーツクラブへ。更衣室の血圧計で血圧を測ると、なんと上が99で下が68。めまいがしたのは血圧が下がり過ぎたせいかもしれない。これも、主治医に報告しよう。

久々の水泳で、「ダイエットのせいで毛細血管がきれいになり、泳いでも以前のように息切れしないかも」とかすかな希望を抱いていたのだが、全然そんなことはなく、25m泳ぐのがやっと。25mを5本やったところで、おらの泳いでいる前方に何人も並び始めたので、「?」と思ったら、水泳教室が始まるところだった。おかげで他のコースも人でいっぱい。嫌気がさして早々にプールを退室。露天風呂に浸かってから家路に着いた。

帰りも、スポーツクラブから直接引き返すのではなく、さらに遠くの橋まで歩き、向こう岸に渡ってから自宅方向に向かった。

Photo
(向こう岸からスポーツクラブを臨む)

なんか、しっかりと歩きたい気がするのだ。ウォーキングでもランナーズ・ハイのような現象があるのだろうか。

んで、午後4時過ぎに帰宅。汗びっしょりとなるのはホンに気持ちいい。入浴して、しっかりと汗を流したあと、自室で音楽配信「スポティファイ」を愛器「CAS-1」で聴きながらボーッとする。これ最高の気分。

カミさんが夕飯ができたと呼ぶので食卓へ。

Photo_2

こ、これだけ!?

実は、大腸内視鏡検査を明日に控え、きょうは朝から「エニマクリン」という検査食なのだ。

Photo_3

朝は、和風がゆ(鮭入り)、すまし汁。昼は、かゆごはん、豆腐ハンバーグ、みそ汁。間食は、ビスコ、薄味のジュース2種類。それに夕飯がこのコーンスープのみ。

これから寝る前に下剤を飲み、検査当日の明日は、口にするのは腸内をきれいにする薬2リットルのみで、午後2時半からの検査まで何も食べられない。

ダイエットにいよいよ拍車がかかりそうだ。

2017年8月19日 (土)

高校野球に没頭するカミさん

甲子園真っ盛りである。

ウチのカミさんは一日中テレビにかぶりつきで全試合を観戦している。

この人、甲子園だけではない。地元の埼玉県大会をはじめ、時間に余裕のあるときは東京の東西の大会、神奈川県大会、千葉県大会もことごとくテレビでチェックしたうえで、甲子園に臨んでいる。専業主婦として、ほかにやるべきことはないのだろうか。

どこのチームを応援しているのか聞くと、まずは地元の埼玉県のチーム、次に出身地の栃木県、続いて地元周辺の関東のチームというのが「常識でしょ!」ということらしい。

きょうは地元埼玉の花咲徳栄高校が余裕で3勝目を挙げ、ベスト8に進んだのでまずは満足げ。

こちとらテレビの前でジッとしているのが苦手なんで、野球観戦にも興味はなく、自室で1500枚のCDをシャッフルで聴きながら本を読んでいると、テレビのある居間のほうからカミさんの大きな声が響いてきた。

「そんなに砂を持っていくなよ~!!! なくなっちゃうよ~!!!}

Photo

(イメージ写真=「野球まとめで」より)

思わず「そこかい、さんざん観戦してきての注目点は」とツッコミたくなった。

1万3587歩、9510m。

2017年8月13日 (日)

梶井基次郎「檸檬」について

去る7月に創刊号が発行された季刊誌に編集委員の一人として関わるようになった。その季刊誌の名前の一部に「檸檬(れもん)」という文字が使われている。このタイトルを聞いたとき、「レモン」ならまだしも、いまどき「檸檬」なんて古めかしい名前をつけたら売れんのじゃないか、そもそも読めないだろうと心配になったんだが、名づけ親の編集長がいたく気に入っていて、原稿料の領収書に金額と一緒に宛先も書くように言われたもののこんな字をスラスラと書けまっかいなと文句を言いつつ、他の名前を考えるように進言しても、頑として変えようとはしなかった。

その編集長いわく、このタイトルは、梶井基次郎の代表作「檸檬」が由来なんだと。で、「いっぺん、読んでみれ」と。

じやぁ、付き合いで読んでみるかと思いつつも、いくつか別の本に時間を割いていたので、ようやく最近になって通勤電車の中で青空文庫をダウンロードした。

Photo

短編というよりも掌編といったほうがしっくりくるようなごく短い小説だ。1行1行をじっくりと味わいながら、時には一段落を繰り返しなぞりながら読んでも、1時間もかからないうちに読み終えた。乗り換え駅に到着するよりもずいぶん早く読み終えたから、せいぜい40分程度か。

筆者が24歳くらいの時の作品。「えたいの知れない不吉な塊」に圧迫を感じている旧制三高の生徒とおぼしき主人公が散歩の途中で、自分が好きな「レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色」の檸檬を購入。ふと丸善に立ち寄る。本や文房具だけでなく洒落た香水瓶や煙管なども陳列されている丸善は、かつては好きな場所だったが、「不吉な塊」に圧迫されるようになってからは避けたい場所になっていた。ところがこの日は「やすやすと入れるように思え」て入ってみた。

しかし、画集などを広げているうちになんだか憂鬱な気持ちになってきて、本棚から取り出して何冊も積み上げた画集の上にくだんの檸檬1個を置いて店を出る。檸檬を爆弾に見立てて「あの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう」と考えたのだ。

Photo_2

現実の社会に素直に順応できない若者のささやかな抵抗ということか。レモンは使わないものの、似たようなスケールでのうっぷん晴らしをした経験ははるか昔に確かにある。

季刊誌の編集長によると、京都に限らず、例えば東京・丸の内の丸善でも、いまだに1年に1回は平積みの本の上にレモンが置かれているのだという。「ほんまかいな」と思ったが、編集長は小説そのものよりも、この後日談がいたく気に入り、「青春の象徴的意味合い」をタイトルに籠めたつもりのようだ。

ネットで「丸善 京都」をググると、丸善京都支店が開設されたのは1907(明治40)年。2005年(平成17)年にいったん閉店したときには、閉店を惜しむ客が本の上にレモンを置く様子が話題になったそうな。

てなわけで、いつものコースをさらに延長してウォーキング。

Photo_3


田んぼにかかしもお目見えして1万5500歩。10.8km。

夕食時に麦焼酎のオンザロックにレモンを添えてみる。

Photo_4

夏休みで遊びにきている孫(1歳8カ月)にも一切れ。

Photo_5

この孫、酸っぱがる顔見たさに、半年ほど前からみんなが何度もレモンを食わせるので、いまではすっかりレモン好きになってしまっているのだ。

« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

無料ブログはココログ

最近のトラックバック

ウェブページ