ニュース

2016年4月23日 (土)

三菱自動車には退場をお勧めする

先週末のこと、4月から勤め始めた会社の近くの銀行に預金口座を開いた。家計とは関係のないごく個人的なショッピングの清算などでちょくちょく銀行のATMを使うことが多く、今までは池袋の三井住友銀行を使っていたのだが、通勤経路が変わって池袋で下車しなくなったためだ。

行ったのは三菱東京UFJ銀行という合併を繰り返した歴史そのままの長~い名称をユーザーの都合を無視して恥ずかしげもなくいまだに使っている銀行の支店。

Photo

会社の事務担当者として、自分の労働保険(雇用保険+労災保険)加入手続きのために朝から労働基準監督署とハローワークをハシゴして汗をふきふき苦手な書類を何枚も書いて提出し、待合室の人ごみの中で自分が呼び出されるのをじっと待って、ようやくすべての手続きを終えてきたので、この銀行にたどり着いたのは午後3時ジャスト。

ちょうど銀行の窓口が閉まったところだったが、焦りも慌てもせず、ATMコーナーに立っていたガードマン風の人に、「預金口座を開設したいのですが…」と案内を請うた。予め、ネットで下調べをし、預金口座開設コーナーというのが午後6時まで開いていると知っていたからだ。

すると、ガードマン風の人も慌てず騒がず、「それなら、こちらです」と、ATMコーナーの隅っこに仕切りで囲った電話ボックスくらいの狭い個室に案内してくれた。

中にはテレビ電話があって、小さな画面に映る女性とやりとりしながら、書類を書いたり、質問に答えたり、身分証明用の免許証をみせたりして手続きを進める仕組みだ。近ごろはマイナス金利の世の中とあって、銀行としても預金してくれる客などそんなにありがたいものではないのか、それとも闇社会の連中による口座の売買やマネーロンダリングに絡んで当局の監督がうるさいのか、とにかく執拗に口座を開く理由などを聞いてくる。そして、ちょいちょい画面を中断して何やら調べたりしている。

そうこうするうちに、女性に代わって男性が登場。いきなり「飯田さん、兵庫県に住んでいたことはありませんか?」と聞いてくる。「兵庫県? ありませんが…」と答える。すると、また「ちょっと待ってください」と言って画面を中断し、電話ボックスの中に一人で放置される。

何やら、この銀行の客に小生と同姓同名で生年月日まて同じ人間がいるのだとか。かつて、以前の会社の給料振込銀行だった三井住友銀行で、同姓同名というだけで2カ月も別人の口座に給料を振り込まれるという間違いをされた経験のある小生としては、「口座番号というものは何のためにあるんだい!」と言ってやりたいし、驚きもしないのだが、結局、なんだかんだで、すべての手続きを終えたのは4時。ちょうど1時間かかった。

で、三菱といえば三菱自動車。またまたインチキをやりやがった。はっきり言ってこの会社、存在自体が迷惑である。

長らく経済記者を務めた身として、日本の製造業に対してそれなりの愛着と誇りを持っている。世界的に日本の製造業の品質が高く評価されていることが喜ばしい。だから、その足を引っ張るような企業は許せない。2度あることは3度あるというが、3度あったら、そこを自らの終着点にしてほしい。延命策などを模索してほしくない。

そういえば最近、韓国の女優が同社の中国法人のCM出演を断ったというニュースがあった。戦犯企業と言われているからだという。日本の国内からは韓国の現代自動車を育成してあげた企業なのに何事を言うかという反論もあった。この際、現代自動車に吸収してもらえばいいのではないか。そうすれば、韓国から戦犯企業呼ばわりされることもなくなるだろう。

2014年2月16日 (日)

よう降ったものだ(*_*;

昨日は案の定、駐車場の雪かきに駆り出され、きょうも道路に雪が大量に残っていて自動車でも自転車でも危なそうなので、スポーツクラブは休み。

先週の土曜日に比べ、今週の雪かきは、同じ場所の同じような状態の雪を片づけるという点では慣れっこになってはいるものの、雪の量が今週のほうが多いうえに、かいた雪の捨て場所にはまだ先週の雪が残っているので、捨てにくいという点で、けっこう体力を消耗した。スコップで雪を捨て場所にまで運ぶ回数が増えたうえに、雪山の高い位置にめがけて雪を投げ捨てなければいけないからだ。

でも、雪かきをしておいてよかった。駐車場の雪かきをした場所の地面は、きょうはもうすっかりきれいになっている。きのうのうちに雪かきをしていない人は、きょうになって硬く凍り付いた雪を汗だくで片づけていた。雪かきをしないで、タイヤがスリップしているのにむちゃくちゃにエンジンをふかして雪の上に駐車しようとしている人もいた。

外に出ると、近くの川原がほとんど人が踏み入れていない状態のままだ。

Photo

小生の子供のころは、雪が積もれば、土手でも道でもさっそく手製のソリで滑ったものだ。みかん箱に、節を削った竹を2本打ち付ける。竹の先端は火であぶりながら曲げる。みかん箱に取っ手をつければ完成だ。小学生ならみんな自分で作ったソリを持っていた。うまく作れない奴は、作れる奴が作り方を教えた。

今のウチの団地いる子供たちは、ソリだかなんだかしらんが、プラスチック製のソリにもなれば雪を運ぶ道具にもなるようなものを持ち出して団地の庭で遊んでいた。なんでこんないい場所が近くにあるのに、狭いしクルマも通る団地でしか遊ばないのだろう。

Photo_2

 って、キミたちに聞いても知らんよね。

2014年2月11日 (火)

偽ベートーヴェン事件に思う

「事実は小説より奇なり」と言うが、現代のベートーヴェンこと佐村河内某が偽ベートーヴェンだと判明した一件は、さほど奇異な事件ではなく、世の中を欺く単純で稚拙な仕掛けがばれてしまったただけの話だと思う。

面白いのは、彼を持ち上げたことで、自らの音楽的能力の限界というものを図らずも世の中にさらしてしまった人々がいることだ。

以下、佐村河内守氏(実は新垣隆氏)の作品に対してテレビ番組など公式の場で披露したコメント。

三枝成彰氏(作曲家)

・どこかで新しい21世紀の音楽を作らなきゃいけないんです。その先兵が佐村河内さんだと思う。

野本由紀夫氏(音楽学者)

・楽譜を読み込んでいくと非常に緻密に書かれていて、言ってみれば一音符たりとも無駄な音はない。これは相当に命を削って生み出された音楽だと思いました。

許光俊氏(大学教授、音楽評論家)

・もっとも悲劇的な、苦渋に満ちた交響曲を書いた人は誰か? 耳が聞こえず孤独に悩んだベートーヴェンだろうか。ペシミストだったチャイコフスキーか。それとも、妻のことで悩んだマーラーか。死の不安に怯えていたショスタコーヴィチか。あるいは…。もちろん、世界中に存在するすべての交響曲を聴いたわけではないが、知っている範囲でよいというなら、私の答えは決まっている。佐村河内守の交響曲第1番である。

以上は佐村河内氏の名前で発表された作品を高く評価している代表的な方々。

次は、「新潮45」の昨年11月号に、新垣氏がゴーストライターであることを告白するきっかけとなる一文「『全聾の天才作曲家』佐村河内守は本物か」を書いた野口剛夫氏(音楽家、作曲家、指揮者)。

・過去の巨匠たちの作品を思わせるような響きが随所に露骨に表れるのには興ざめするし、終始どこか作り物、借り物の感じがつきまとっているため、音楽の主張の一貫性、真実性が乏しく、作品としての存在感は希薄になってしまうのだ。

・私のような疑問を感じる人は、実はかなりいるのではないか。

そして、作曲した本人、新垣隆氏の言葉。

・あの程度の楽曲だったら、現代音楽の勉強をしている者なら誰でもできる。どうせ売れるわけがないという思いがありました。

まぁ、音楽に対する感想なのだから、それぞれ好みというものもあるし、とやかく言うべきではないのかもしれん。だけど、それでいわゆる「お里が知れる」という怖さを十分味わった人もいたことでしょう。三枝、野本、許の3氏は、新垣氏が「現代音楽を勉強している者なら」とわざわざフォローしてくれているので、「やっぱ、ぼくバロックまでしか勉強していないし…」とか、言い訳すればいいだけのことだろう。

許氏の「もっとも悲劇的な苦渋に満ちた交響曲」という評価だって、あながち間違いではないようだ。今回の一件で、慧眼が光った野口氏も、「のたうち回って苦しんでいるんだけれども、4畳半の部屋の中でやっているという感じ」と話しており、苦渋に満ちた曲であることを認めている。その交響曲を許氏はベートーヴェンよりも深い苦渋を描いていると感じ、一方の野口氏は四畳半的な苦渋と感じただけのことだ。

小生もネット上にアップされている交響曲第1番HIROSHIMAを聴いてみたが、3分も持たなかった。そもそも現代音楽って好きじゃねぇし。聴くこと自体が苦痛なんだわ。

まっ、音楽評論、芸術評論つ~ものは、結局はものごとの本質を見極めて書いているかどうかにかかっているのではないだろうか。そこで思い出されるのが日本で最初に文芸評論というジャンルを確立した小林秀雄である。「モオツァルト」という名著で戦後の日本にモーツァルトブームを巻き起こした張本人ともされる小林秀雄が生きていたら、この事件の顛末にどんな感想を漏らしたことだろう。

2013年12月17日 (火)

平和な国、ニッポン万歳!

きょうも休み(^^♪

ってわけで、渋谷のクリニックへ行き、帰りに山手線の原宿駅を降りて、明治神宮前駅に向かった。副都心線で池袋に出るためだ。

Photo_3

すると、上の写真の右側の歩道のいちばん手前にいる女性(わかるかなぁ。帽子をかぶってフードのついた紺系の上着を着ている)が目についた。胸に抱えた小さな看板には「ただいまの待ち時間2時間」と書いてある。

なんだろっと思ってみると、女性のいる場所は行列の最後尾で、その先の歩道橋の下の角を左に曲がってずっと行列が続いている。

Photo_4

 行列↑の先頭まで行ってみると、なんと小さな1軒のお店に入る順番を待っているのだ。

 それがこの店↓

Photo_5

 なんの変哲もない(と思われる)ポップコーン屋さんだ。

 

 早速、iPad miniでググッてみると、「ギャレット」という米老舗ポップコーン屋の日本上陸第1号店で、今年2月にオープンして以来、毎日ず~っと行列ができているらしい。ちなみにLサイズが900円というレポートもネット上にあった。

それにしてもである。どんなにうまいかしれないが、たかがポップコーンを食うために2時間も並ぶ人の気持ちがわからん。しかも、10カ月以上経っても、そういう人が押しかけてくるというのがわからん。

さすがに東京には人間が多いということなのか。話のネタに一度食べてみようという人が2時間並ぶことはあるかもしれない。だとしたら、まだ初めて並ぶ人が続いているということで、いずれは浜の真砂ではないのだからそういう人も尽きることだろう。

まっ、そこまでして食べる価値のあるものって、どんな味か知りたくもなるから、小生も並んでみようかしらん。iPadで数独をやっていれば2時間なんてあっと言う間に過ぎるし…。なんて人ばかりなのかもしれん。

一方、クリニックのほうは、先日の胃カメラ検査の結果を聞くことが目的だったのだが、びらん性胃炎という診断結果だった。腫瘍はできていない由。写真を何枚か見せてくれて説明してくれたが、いちばんひどい部分は、傷口のように赤く丸くただれていた。まったく自覚症状がないので、そんなものかという感じだ。

ピロリ菌がいる可能性もあるとかで、一応、来月の定期検査時にピロリ菌検査も行うことにした。

また、まちのがん検診でもう一つの要精密検査項目だった前立腺に関しては、やはり来月の定期検査の時の血液検査で、特異抗原の値が増えているようであれば生検を行うということにした。

んで、新たに胃の薬も常用することになり、これまでの血栓予防薬のワーファリンと血圧降圧剤、尿酸値を抑える薬と合わせ、大量の薬を近くの薬局で購入して帰途に着いたのであった。

2013年9月16日 (月)

あきれた親子だこと

「日本の報道の世界って面白いなと思いますね」とポツリ。

リポーターから「どういう意味か?」と問われると、「みのもんたじゃなかったら、こんなに集まらなかったでしょ?」と繰り返した。
Photo
(ZAKZAKより)

まったくのお笑いである。

あきれた馬鹿者である。

いくつになっても自省という言葉と無縁の男である。

そのおかしな報道っちゅ~のは、お前の番組でやっていることだろう!

お前の言葉で、多くの人がお前なんかよりもはるかに深く傷ついてきたんだぞっ!

と言いたい。

おかしな報道をしているのは一部のテレビと週刊誌であり、報道機関であることを自認している普通の新聞社や普通のテレビ局はおかしな報道など絶対にしない…ように記者が心がけ、キャップ、デスクがチェックし、ゲラの段階で整理記者、部長も確認し、最終版のゲラまでには宴席で外出していた編集局長も一通り読む…のが普通の報道機関である。

おかしな報道とこの人がいう報道は、まさにこの人がキャスターを務めている番組の報道のやり方のことなのである。

一部に横行している、おかしな日本の報道の先頭を走ってきたのはお前だろっ! と言いたい。

少なくとも、2007年1月の不二家に関する捏造報道は、報道に携わる人間なら誰しもが他者の批判には細心の注意が必要だということを再確認する意味で、あってはならない報道として記憶している。

不二家が売れ残りのチョコレートを回収して再生利用しているというまったくのデマを報道したうえに、みのは「こういう会社は廃業してもらいたい」と全国向けの生放送で言い放ったのである。

普通は言えないよ、テレビでお茶の間の大勢の視聴者の前で。不二家の仕事に携わっている人はたくさんいるし、その家族もいることを思えば、どんな悪徳企業にだって、よほど自分の目の前で非道の限りを尽くされないと、こんなことは言えない。

詳細はウィキペディアで。

http://ja.wikipedia.org/wiki/TBS%E4%B8%8D%E4%BA%8C%E5%AE%B6%E6%8D%8F%E9%80%A0%E5%A0%B1%E9%81%93%E5%95%8F%E9%A1%8C

こういう男を使い続けるテレビ局もテレビ局だし、喜んで見ている視聴者もアホということなのだろう。

この期に及んでも、自らの悪業に気づかないのだろうなぁ。所詮、芸能人というものは。

子供の犯罪で親が追及されるのはおかしい、と疑問を呈した和田アキ子も同罪だ。

テレビで発言する側の責任の重さというものがわかっていない。それも、報道番組で発言することの重さを。そんなこともわからない芸能人なんか、親の顔を見てみたいものだ。

ふだん、みのの番組などで、子供の犯罪でひっぱりだされる親はテレビで言いたいことも言えないんだぞ。

ふんと、頭にくる連中だぜ。

2013年7月27日 (土)

J-CASTニュースの7周年を祝す

J-CASTニュースが7月26日で創刊7周年を迎えたそうだ。インターネットを主力の媒体とするニュースメディアの草分け的存在であり、おそらく経営的にも最も成功しているネット媒体の一つなのだろう(調べたことはないので良く知らんけど)。

このニュースメディアが成功している要因は、新聞・テレビのストレートニュースという1次情報と、話題性のある事件を掘り下げて書く週刊誌の2次情報との中間、1・5次情報を追うという創刊以来の編集方針を徹底してきたことが大きいと思う。

まず、日々の数多のニュースの中から、ネットユーザーが好みそうな、注目しそうなネタを集める。その上で、独自に取材した情報を加味して報道する、という編集スタイルだ。たとえば、警察官や教師が痴漢で捕まったというニュースの場合、一般紙の報道をクレジット付きでなぞったうえに、所轄署や学校など関係先に電話取材をして相手のコメントを載せるという手法だ。民放テレビ局などに、やらせ番組などの不祥事が起きたときに、広報室などに取材をしても「ノーコメント」と断られるケースが多い。それでもJ-CASTはそのまま相手が「ノーコメント」と答えた旨を載せる。毎回、取材するたびにしつこく載せる。

こうした取材方法、編集スタイルは、実は夕刊紙がとってきたものだ。それを24時間営業のネットメディアで採用し、なおかつ、一般紙等では取り上げていない掲示板やブログやその後の各種SNSメディア上での出来事をリアルの世界のネタと同等に取り上げてきた。炎上事件などは、いち早く社会ネタと同等の扱いで取り上げてきており、一般紙がずっと遅れて後追いするまでになった。

こうした夕刊紙のような取材手法は、取材する側にとっては肉体的にも精神的にも結構、労力を要するものなのだ。しかし、読む側は面白い。「ノーコメント」と答える広報室には、いやそういう広報室を置いている会社や経営者には自然と侮蔑のまなざしが注がれる。それを一貫として続けているJ-CASTは“エライっ!!!” 夕刊紙の売れ行きが激減したのも、J-CASTのせいだといえば、極言か?

そんなJ-CASTを読んでいたら、右上の特等席の広告に妙なコピーを発見。無添加ジュースの広告なのだが、「あの時の母に鳥肌が立ちました!」とある。病気で見る影もなく痩せ衰えた母を見て愕然としたのかと思いきや、まったく逆。ジュースを飲んだら見違えるように若返ったのだという。

日本語を知らんにもほどがある。これじゃ、広告が逆効果になってしまうじゃないの…。

「鳥肌が立つ」というのは、今も昔も、「悪寒が走る」「身の毛がよだつ」といった意味で、おぞましく、おそろしく、気持ちが悪く、この世のこととは思えなく、人間わざとは思えないような出来事に遭遇したときに使うものである。

と思ってググって見たら、辞書によっては最近は良い出来事にも使えると容認しているものもあるという。日本語をダメにするチンピラ学者が編纂した辞書に違いない。金田一京助先生に言いつけるぞ。

よく、スポーツ選手が奇跡的に勝利を得た場面などで、使うことがあるが、あれは、あえて間違った使い方をして、笑いをとろうとするためだ。……って思っていたけど、あまりにも先輩の言いぶりを後輩たちが伝承していくうちに、笑いをとるためという知的な仕掛けがあったことに気づかないアホな後輩たちばかりになって、そのまま良い意味に勘違いしたあげくに定着してしまったのか。由緒ある日本語を後世に伝えていきたい小生としては、まさに「鳥肌が立つ」出来事ではある。

無料ブログはココログ

最近のトラックバック

ウェブページ