旅行・地域

2019年5月19日 (日)

今度の京都小旅行は二人連れ(^^;)

季刊誌の編集会議というか定例飲み会で15日(水)に大阪に行き、翌16日(木)にもはや恒例となっている京都小旅行を楽しんだ。
ただ、今度の京都小旅行はカミさんと一緒だ。カミさんが珍しく「私も行きたい」というので、京都で合流することにした。

会社を3時に切り上げて、東京駅から新幹線自由席で大阪に18:00過ぎに到着。
のぞみを降りると見慣れない電車が……。

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九州新幹線のN700系だ。そういえば、まだ九州新幹線は乗ったことがない。そうか、新大阪まで乗り入れているんだな。

在来線に乗り換えて大阪駅まで行き、会議というか飲み会に出席。前回と同じアパヴィラホテル淀屋橋に泊まる。

カミさんはこの日は別行動で、昼過ぎには京都に到着。清水寺から高台寺、八坂神社へと巡るコースを見学し、今月プレオープンという京都駅近くのホテルに投宿したはずだと思いつつ、LINEメールをしてみる。

するとカミさん、相当歩き疲れたようで、清水寺はものすごい観光客の人ごみにもまれながらも十分楽しんだものの、高台寺は肝心のお庭を省いたあげく、護国寺の坂本龍馬の墓もお参りしなかったという。それでも、そんなんじゃ、明日の観光巡りには連れていかないよと返信すると、「がんばる!」の一言。

んで16日(木)。カミさんにLINEメールで京都駅の八条東口の改札付近に10:00集合と指示。ホテルは淀屋橋駅が最寄りだが、googleマップを見ると大阪駅まで徒歩で二十数分と出たので当然歩く。徒歩1時間圏内ならためらうことなく歩くのが最近のワタクシなのだ。大阪駅から京都駅までは電車で30分弱だ。


てなわけで、途中LINEメールで集合時間を15分早めてもらい、無事、ご対面。早速、「きょうは鞍馬山寺に行くぞ」と宣言。京都のどこを観光したらいいかスマホであれこれググッたあげく、なんとなく鞍馬山寺に決めたのだ。時間を見測りながら可能であれば、貴船神社と下鴨神社にも足を延ばすつもりだった。

早速、京都駅から京阪電車京阪本線に乗り、出町柳駅で下車。ここで叡山電車に乗って鞍馬山寺に向かうわけだが、カミさんが駅のトイレに寄っている間に、駅ビルの壁に張り出されたポスターを見ているうちに気が変わった。

ポスターを見ると、叡山電車は途中で枝分かれして、鞍馬山寺方向に行くのとは別の路線があり、それを使えばかの比叡山延暦寺に行ける。しかも、琵琶湖側に抜けるルートがあり、十分日帰りで楽しめるようなのだ。「山と水と光の廻廊」というらしい。牛若丸にも会いたいが、信長の焼き討ちでえらい目に遭った坊さんたちの魂も慰めなくちゃ、てなわけで延暦寺に変更。

では、せっかくだから出町柳駅に近い下鴨神社も見ていこうと、こないだまでまちの世界遺産講座に通っていたカミさんが言うので、そうする。

高野川を渡って、さらに賀茂川を渡る。出町柳駅のちょっと上でこの2つの川が合流して鴨川になる……合流した川が賀茂川だっけ? どっちがどっちだかうろ覚え。

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たしかこれが高野川。出町柳駅の近くの橋の上から撮影。

20分ほど歩くと下鴨神社の鳥居がみえてきた。

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本殿の前に干支別のお社があり、なぜか巳と未は同じお社。おらとカミさんの干支が一緒のお社とは奇遇なりってんで、二人で並んでお参りする。本殿を後にして流鏑馬が行われるという通りを歩いていると、「ラグビー第一蹴の地」と刻まれた石碑とラグビーのボールをお守りにしたお社を発見。看板の説明によると、この地で旧制三高だか京都大学だかと慶應義塾の学生による我が国初のラグビー大会が開かれたのだそうだ。そりゃ、知らなんだってんで、ここもお参り。今秋のラグビーワールドカップ2019東京大会における日本代表の優勝はもちろん、家内安全、無病息災、交通安全、健康第一、宝籤大当たりについても併せて祈願する。

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世界遺産通のカミさんによると、これが下鴨神社の本当の名称なんだそうだ。

出町柳駅に引き返し、叡山電車へ。

八瀬比叡山口駅で下車。
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看板は「八瀬駅」だが、ここが八瀬比叡山口駅。わかりやすく改称したのかな?

ここから叡山ケーブルに乗り、「ケーブル比叡」駅へ。

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かなり急峻な坂を登るケーブルカーで、ケーブルカーの床そのものが急峻。

さらに叡山ロープウエーに乗り換えて、比叡山頂へ。

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比叡山頂から世界遺産の延暦寺へはシャトルバスが出ている。

延暦寺は比叡山のあちこちにお堂が散らばっているのだが、大きく「東塔地域」「西塔地域」「横川地域」の3つのエリアに分けられている。まずは東塔でバスを降りる。するとお腹の虫が一斉に鳴り出した。腕時計をみると、もう正午を過ぎている。駅でもらったパンフレットによると、近くのドライブウェイにしゃれたレストランがあるようだが、徒歩じゃちょっと遠そうだ。仕方なく、バス停の近くのおみやげ売り場のなかにある蕎麦屋で「比叡山そば」を食す。まぁ、悪くはない味。

食べ終わってから、早速、東塔地域を拝観。

入り口には天台宗の開祖、最澄の有名な言葉を刻んだ石碑。

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続いて、大講堂で参拝。

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ここでは祈願したあと数珠と数珠袋を購入。おらがマイ数珠を買うのは生まれて初めてだ。

このあと、すべてのお堂で数珠を鳴らしながら祈願した。

近くの鐘楼でみんなが鐘をついているので、おらも力いっぱい引いてからゴ~ンと気持ちよ~く鳴らした。
ふと、右手側をみると、「一打五十円」の張り紙。なんだ金を払うのか、それにしても安いもんだなと思いつつ、賽銭箱に100円投入。

さらに奥に行くと、延暦寺の総本堂である「根本中堂」が鉄板だかアルミ板だかで全体を覆われていた。
修復工事中なのだ。

でも、見学はOK。
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大黒堂、文殊楼と見て、大講堂まで戻り、今度は反対側の奥まで歩いて阿弥陀堂と東塔を見学。

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(阿弥陀堂)

さらに山道を歩いて、西塔地域へと遠征。途中、浄土院に寄る。
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さらに進んで、椿堂、常行堂+法華堂(合わせてにない堂と呼ぶ)を経て、西塔地域のメーンお堂と思われる釈迦堂へ。

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ここから西塔地域の入り口のほうへ引き返すとバスセンターがあり、どうやらここで待っていればシャトルバスに乗れるらしいと判明。

20分ほどでバスが来たので、バスで坂本ケーブルの乗り場へ。そう、だいぶ時間が残り少なくなったので、延暦寺の「横川地域」の見学はやめたのだ。

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坂本ケーブルの延暦寺駅。われわれの到着を待っていたかのようなタイミングで、せかされつつ切符を買って乗車。

日本でいちばん長いケーブルカーなんだとか。
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木々の間から漏れ見える琵琶湖を臨みつつ、終点のケーブル坂本駅に到着。

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(JR比叡山坂本駅のホームから琵琶湖を眺める)

JR比叡山坂本駅から京都に戻り、新幹線の改札内のフロアで弁当とビールを購入。

17時過ぎの新幹線で東京に向かった。

途中でひらめいたかのように行先を変更しての小旅行だったが、なかなか味わい深い観光ができたように思う。
カミさんもそこそこ満足したよう。

埼玉の自宅に到着して歩数計を見ると、2万7035歩だった。

2019年3月 4日 (月)

京都ひとり旅

わが誕生日の3月1日(金)に原稿を書いている季刊誌の連中がお祝いをしてくれるというので、ちょいと大阪に出張。本当は誕生日祝いなんかではなくて、打ち合わせというか飲み会なんだが、総勢9人のうち新顔が3人もいてびっくり。

まぁ、それはそれとして、そのついでに2日(土)に京都観光をしてきたので記録しておく。

ちょうど3年前の今ごろも京都に行き、清水寺から護国寺、八坂神社と巡るコースを観光してきて気に入っていたので、今度はカミさんと回ろうと思って誘ったら、まだ体調がいまいちで、しかもおらの歩き方が速くてついていくのがしんどいから行かないと言う。そこで、ひとり旅ならと、前回とは反対の京都は西地域を回ることにした。

大浴場つきのアパヴィラホテル淀屋橋(1泊朝食付5880円)を9時過ぎに出発。新幹線で京都に行き、在来線に乗り替えて10時40分頃に嵯峨嵐山駅に到着。目指すはここ。

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トロッコ嵯峨駅。

もちろん、トロッコ列車で早春の嵯峨野を満喫するためだ。

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大人600円を払って、乗車。中国人女性2人と向かい合わせの席に座って出発。

保津川を挟んだ渓谷がメーンの景色なんだが、列車の進行方向左側から川を見下ろせるロケーションになっているのに対し、おらは右側のそれも進行方向に背中を向ける座席。ちょっと残念と思っていたら、次の嵐山駅を越えて鉄橋を渡ると今度は川の位置が右側にきて、あとは終点までずっと右側でウヒウヒ。

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対岸の景色をよく見ると、昨年の台風でなぎ倒された杉の木や崩れた山壁が放置されている。

3つ目の亀岡駅というのが終点。観光案内所でパンフレットをもらうと、ウォーキングコース60分、サイクリングコース20分などと紹介されていて、定期的に出る馬車も客を待っていたが、いずれも行き着く先がイマイチな感じで乗り気がしない。

ちょうど昼近いので、駅舎の中にあるラーメン屋で京ラーメンの醤油スープのチャーシューメンと生ビールを注文。ちょっと洒落た器に控えめな盛り付けで出てきたのはいいのだが、ラーメンを受け取るカウンター周辺にもテーブルにもコショウがない。店員の女性に「コショウをちょうだい」と注文すると、店員もそこらをきょろきょろ探してからキッチンの奥の人に「コショウは?」と聞くと、奥から「ない」の一言。そこで店員はおらにも「ありません」ときっぱり。

そう堂々とありませんと言われたんじゃ、返す言葉が見当たらない。ラーメンにコショウがないということは日の丸の旗だと主張しているのに真ん中に赤い丸が描かれていないのと同じことでしょ、と憤りたくなるのを抑えて、すごすごと引き下がざるを得なかった。

ふと、京都ではラーメンにコショウをかけないのだろうかとも思ったが、帰りに始発の嵯峨駅の一角にある同じ店名の店のカウンターを見たら、ちゃんとコショウが置いてあった。それにしてもひどい店だなぁ。

とにかく嵯峨駅まで戻ることにし、駅の周りには何もないので、帰りの列車が来るまで外に出てぼーっと景色を見ていた。

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京都の西側ということで、金閣寺が近かろうと考え、トロッコ嵯峨駅→嵯峨嵐山駅→円町駅と、朝来たコースを若干戻る。

円町駅の近くから市バスに乗ろうと考えたのだが、バス停には修学旅行の中学生っぽいのが大勢待っていて、バスが混み合うのは必至。そこでスマホアプリのグーグルマップで検索すると、徒歩なら約30分で到着することが判明。早速、歩くことにした。

京都の街並みを楽しみつつ金閣寺に到着。

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金閣をはじめ、庭園など見学コースを一巡。

休日は本来ジョギングをしているはずだから、きょうはずっと歩こうと考え、ここから徒歩20分程度の龍安寺へ。

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有名な石庭の前で、観光客が何か物思いげに佇んでいる。この程度の庭なら自分家にも作れそうだなと思っているのかどうか。団地住まいのおらにはわからない。

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西洋の印象派のような大胆なタッチの襖絵。

お土産売り場の品々の中に、何だか馴染みのある色紙絵を発見。白隠慧鶴禅師の「半身達磨図」だ。

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実は2月16日(土)にカミさんと一緒に上野の東京都美術館で開催中の「奇想の系譜展~江戸絵画ミラクルワールド」というのを鑑賞。慧鶴ら8人の画家の作品を展示する中に、この絵があったのだ。まぁ、そう日の経たないうちに2度もご対面するのも何かの縁ということで、早速購入した。1枚1000円(税込み)。

龍安寺を後にして、仁和寺に向かって歩いていると、途中に「京都府立 堂本印象美術館」というのを発見。中へ。

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受付で65歳以上は無料と言われたので、いつもクレジットカードと一緒に財布に入れている健康保険証を見せて入場。日本画家の印象という人はよく知らなかったが、具象画も抽象画もどれも素晴らしく、世界に誇れる作品ばかりだ。兄の堂本漆軒も名高い漆芸家だそうで、ちょうど漆軒の作品も展示する「堂本兄弟展」をやっていて、目の保養になった。

ここからしばらく歩くと、道路沿いに「きぬかけの道」という碑があり、この道が「きぬかけの道」という名称で、観光振興を目的に一般から募集して命名されたということを知る。

んで、ついに世界遺産の仁和寺に到着。

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五重塔

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国宝の金堂。家内安全、無病息災、交通安全、健康第一、宝籤大当たりを祈願。

境内に入るときの拝観料とは別に、600円を払って金堂と経蔵の中へ。ちょうど午後4時となり、本日最後という案内を聴きながら阿弥陀三尊像に長寿繁栄をお願い奉る。経蔵にはたくさんのお経の書が詰まった引き出しがたくさんついた回る箪笥みたいなものが置かれてあった。それを回せばすべてのお経を読誦したのと同じ効果があるのだが、いまは回らないので自分でその周りを回ればいいということで、グルッと回った。最低でも宝くじ1億円当選くらいのご利益はありそうだ。

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宸殿内の白書院。

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同じく霊明殿。

仁和寺は見どころが多く、全部回りきらないうちに閉館時間の5時になってしまった。

そこで、二王門を出て、すぐ近くのバス停へ。待っている人はそこそこいるのだが、やってきたバスはガラガラ。ほっとしながら運転手の後ろの一等席へ。ちょうど京都駅行きだったので、京都の町をバスから眺めつつ帰途に着くことにした。

バス停を過ぎるたびにどんどん客が増え、バスの中はぎゅうぎゅう詰め状態になってきたが、おらは一人高見の席で悠々。小一時間ほどで京都駅に到着。

地下街の五右衛門で、筍ステーキと炙り帆立のペペロンチーノと瓶ビールで夕食を摂りながらスマホアプリの歩数計を見ると、2万3000歩を超えていた。

ふ~っ、疲れた。あとは新幹線に乗り、おいしい日本酒をちょびちょび味わいながら家路を目指すだけだ。

2019年2月 9日 (土)

鎌倉・横須賀・横浜を行く

鎌倉で1泊研修をやるってんでこの木・金と行ってきた(^^)/

2月7日(木)
いつもの時間にいつもの通勤に使っている電車のいつもの座席に座って出発。いつも乗り換えている新宿三丁目駅で降りずにそのまま横浜駅まで直行。JR横須賀線に乗り換えると、10時30分頃に鎌倉駅に到着。うわっ、近っ、つ~かすんげぇ~便利。

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着いた~(^^)/

とりあえず鎌倉と言えば鶴岡八幡宮だろうってんで、小町通りというおしゃれな商店が並ぶ参道へ。

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着いた~(^^)/

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とりあえずお参り。

いつものように家内安全、健康第一、交通安全、宝籤大当たりの4つを祈願。

おみくじを引くと、きょ、きょ、凶~~~っと出た!!

凶なんていつ以来だろう。生まれて初めてかも。

今年はずっと吉が続いていた。

まず、1月6日のシンガーソングライター、イトウナホのライブでナホちゃん手作りのおみくじをもらったら「吉」、翌7日に初詣に行った靖国神社でも「吉」。12日に地元の神社に神棚に祀るお札をもらいに行ったら、神社の人が誰もいなくて、お札をもらえなかったので、今度は16日に東郷神社にお参りに行っておみくじを引いたらまたまた「吉」。

この東郷神社でもお札をもらったので、わが家の神棚は左側から「靖国神社」「天照皇大神宮」「東郷神社」と有名どころが揃ってしまった。

まあ、それはともかく、今年はどうやら大吉は無理かなと思っていたら、なんとついに凶を引いてしまったというわけ。

慌てて、おみくじを結んで「凶運みくじ納め箱」に入れ、矢鏑を握って凶運を強運に転じてもらうべくよ~くおん願い奉っておいた。

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帰りは若宮大路という目抜き通りの参道を昼飯を何にしようか考えつつ歩く。

んで、やっぱり湘南と言えばしらす丼だべぇと思いつつ、やたらあちこちの店にあるしらす丼の写真やらサンプルやらを見比べながら歩いているうちに、神奈川県では3月10日までしらすは禁漁になっているので、多くの店が釜揚げしらすのみを提供していて、生しらすを出す店は静岡県産を取り寄せているということがわかってきた。

てなところで、釜揚げしらす丼と生しらす丼の両方を食べられる店に突入。

生ビールと一緒に注文すると、「はい」と意外と生真面目な返事が返ってきたので、ふとカウンターの奥を見ると、主人らしい人はインド系か中東系な人。で、カウンターには「祝1周年」と書かれた小さなトロフィーが飾ってある。ふ~む、ここはインドカレー屋だったのが1年ほど前にしらす丼屋に衣替えしたんだな、きっと、と勝手に想像。

んで、きたきた。

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二色しらす丼と呼ぶ。「お好みの加減で醤油をかけて」と女性の店員(ご主人の奥さんかも)に言われたけど、そんなものいりません。減塩してますから。つ~か、釜揚げしらすがじゅうぶんしょっぱい。

んで、お味はもちろん、文句なし。うんめぇ~~~。

次は鎌倉駅の反対側に出て、六地蔵にお祈りを捧げる。

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そこから少し歩いていくと…


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長楽寺跡という碑がある。

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源頼朝の菩提を弔うために北条政子が建立した寺の跡なんだそうだ。

そのすぐ左手には鎌倉文学館。

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入館料300円を払って、建物の中に入ると、上品そうなおば様が、「ここではおみくじを引いていただけます」と行って、筒を差し出したので、竹棒を引き抜くと5番。おば様に5番ですというと、おば様は、「大吉、中吉、吉、凶、大凶のいずれでも良いので、ここではご自分でお決めいただいています」という。そこで、「さっき鶴岡八幡宮で凶を引いたばかりです」というと、「それでは大吉が良いでしょう」と笑った。なんだか、あちこちでおみくじを引いてはその結果を気にしている自分の姿が滑稽に思えてきた。

館内には明治、大正の文豪を中心とする作家の自筆の原稿を中心に展示してあり、こんなにも数多くの文豪たちが鎌倉に棲息し、縁やゆかりを紡いできたのかと改めて感嘆した。

そこからまた少し歩くと、いよいよ大仏さまだ。

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出た~っ。

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拝観料200円。さらに20円を払うと大仏さまの胎内に入れる。

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ここから頭部を見上げると…

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大仏さまを後にして、10分ほど歩くと有名な長谷寺だ。

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残念ながら長谷観音は撮影禁止。観音堂の隣の観音ミュージアム(入館料300円)で数々の仏像に圧倒されてから、改めて観音様を拝顔。ふと、脇の棚を見ると、金箔の塗り替え工事を計画しているようで、寄付を募る箱が置いてある。そこで、最小口数の千円札を封筒に入れ、「宝くじ大当たり」と祈願を書いて投函しておいた。億円単位の大当たりコースを期待したい。

そこからまたまた歩いて、由比ヶ浜へ。

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江ノ電由比ヶ浜駅の踏切を渡ってちょっと歩くともう海岸だ。

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すごい強風が吹いていたのだが、海にはサーフィンを楽しむ人がパラパラと見える。

研修の集合時間までまだ1時間近く余裕があったので、近くの松原庵というカフェへ。瀟洒な雰囲気のお店で、スコーン2個とオリジナルブレンドのコーヒーのセットをいただく。スコーンはプレーンとチョコレートナッツを注文。ほかほかのスコーンが出てきて、これがとってもうまい。山盛りのクロテッドクリームがついてくるのだが、クリームなんてなくても十分にうまい。ただし、クリームもうまいので、結局きれいにたいらげてしまった。

本日の集合場所の「KKR鎌倉わかみや」へは午後3時20分に到着。

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スマホアプリの歩数計を見ると1万6000歩を超えていた。

午後4時から5時まで会議。熱海のお湯という風呂に入浴後、6時から宴会。2次会のカラオケ、さらには4人部屋での部屋飲みを経て就寝。

2日目の8日(金)は朝6時に起床。

入浴後の朝食で、とろろ芋と勘違いして、ヨーグルトをご飯の上にかけるという小さな過ちを犯したものの、無事予定通り8時45分出発。大型バスに10数人の団体なので、余裕しゃくしゃく。一路横須賀へ。

まずは世界三大記念艦「みかさ」を見学。日露戦争でバルチック艦隊に大勝した大日本帝国連合艦隊の司令艦だ。

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東郷平八郎連合艦隊司令長官像に敬礼しつつ、原宿の東郷神社以来今年2度目の拝顔を賜りつかまつったことをご報告。右手の戦艦みかさに目をやる。

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おおっ、これが噂の「みかさ」かぁ。数々の戦果を挙げてきたその雄姿に改めて敬礼。

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東郷司令長官が立っていた船橋の羅針盤。床を見ると、東郷司令長官(奥)や秋山真之参謀(手前)らが立っていた位置を示す銘板が貼ってあった。

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「海ゆかば」を歌いつつ艦内を見学。

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バスに戻る途中、秋山真之が生前、「いかなることがあろうとアメリカとは絶対に戦争をしてはならない」と口癖のように言っていたとされるのを思い出した。「これからの戦争は飛行機と潜水艦の戦いになるから、日本に勝ち目がない」というのが理由だったが、「みかさ」の参謀として活躍し、日露戦争終結後、海軍中将にまで昇り詰めた秋山は、若い頃の米国留学経験から、米国の圧倒的な裕福さと技術力と資金力を身に染みてわかっていたのだろう。秋山の忠告を無視した日本は、太平洋戦争に突き進み、米国との圧倒的な物量の差の前に屈服した。

日露戦争勃発時にアジアで植民地化されていなかったのは日本とタイの2カ国のみ。日本の勝利はアジアの国々に独立への機運を芽生えさせた。ここで戦争を2度と繰り返さぬように外交努力を続けていれば、どんなにかアジア諸国から尊敬されていたことか。少なくとも、近隣諸国から70年余にもわたってあることないこと非難されたり、イヤミをいわれたりするような事態にはならなかったことだろう。

てなわけで、現代の軍事情勢も視察しておこうということで横須賀軍港へ。

軍港クルーズの11時の便(団体1260円)で出航。

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いきなりわが海上自衛隊の潜水艦2艇がお出迎え。

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なぜか、米国の湾岸警備隊の船がいる。米国の湾岸警備隊は日本の湾岸も守ってくれているのかと思ったら、どうやらここのドックで修理をするために寄港したようだ。

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米海軍のイージス艦。頼りにしてまっせ~。

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ついに姿を現したっ。米原子力空母ロナルド・レーガン(奥の船)。もっと近くに寄ってほしいのだが、近づける距離が決められていて、これがギリギリなんだとか。

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こちらは日本の護衛艦「あまぎり」。

45分間のクルーズを終えて帰還。バスで一路横浜は中華街へ。

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おなじみの丸テーブルを囲んで中華料理と紹興酒を堪能し、お土産を買って午後2時解散。

来た時と同じ副都心線に乗って帰宅したのでした。

2018年8月 6日 (月)

信濃路に遊ぶ

ちょうど1週間前の7月30日(月)から31日(火)まで、信州・安曇野にカミさんと1泊2日の小旅行に行ってきたので、忘れないうちに書き留めておく。

職場の同僚が毎年2~3回安曇野に遊びに行っていて、おらにもしつこく「良いところだから行ってみろ」と勧めるので、信州出身者でもあるし、確かに一度は行ってみるのも悪くなかんべと思い、当初29日(日)~30日(月)の日程でインターネットを使って予約。そしたら26日(木)の朝、NHKの天気予報で台風12号が急接近していることを知り、キャンセル。さらにそしたら27日(金)朝のNHK天気予報で台風12号は急カーブして西日本方面に向かうので安曇野あたりはセーフと知り、同日夜に日にちを1日ずらして再予約。同僚お勧めの4つのホテルのうちの「野猿に会える」(同僚の弁)という「安曇野穂高ビューホテル」をギリギリ予約できた。

7月29日(日)のうちにクルマのガソリンタンクを満タンにし、スタンドの自動洗車機で洗車もして準備万端。30日(月)の8:30に出発した。これ以降は、スマホアプリのグーグルマップのタイムラインで確認しながら書き留めるのだが、このグーグルマップは気に入った。

これまで、カーナビはずっとヤフーの「Y!カーナビ」を使ってきたが、今回初めてグーグルマップを使ってみて、こちらのほうがおらには使いやすいと思えた。このタイムライン機能もY!カーナビにはあるのかないのかわからんが、グーグルマップで初めて知った機能だ。

てなわけで、関越自動車道から上信越自動車道に入って12:22に最初の目的地である長峰山展望台に到着。

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ここまで登ってくる山道が大変。対向車が来たらどちらかが道幅が広い場所までバックしないと通れないような狭い道を30分以上もくねくねくねくねと進んできた。平日だったせいか幸い対向車は3台しかなく、しかもバックしなくても何とかすり抜けられるほどの道幅の場所ですれ違うことができた。展望台の駐車場にも2台しか先客がいなかった。

見晴らしは最高。360度下界を見渡せる。ただし、どこが安曇野の町で、どこが何という土地なのか、さっぱりわからない。てなわけで、さっさと下山。帰りはもう少し道幅が広い道路があるのを発見し、そちらから下りる。

んで13:39に、広大なわさび田を中心とする観光地「大王わさび農場」に到着。

時間が時間だけに、さっさとレストランに直行。目当ての「本わさび丼」にありついた。

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お盆に置かれた「お品書き」によると、北アルプスの雪解け湧水で育った透明な辛みとうま味の「わさび」、長野県産こしひかりの「ご飯」、二種類のかつお節をオリジナルブレンドした「かつお節」、長野県内にある天然醸造蔵の厳選醤油の「醤油」、わさびの茎と芋の甘酢漬けによる「ほろっこ漬け」に、「箸休め」のわさびの葉天ぷら、「香の物」の野沢菜漬、長芋わさび風味で構成。わさびの茎とかつお節、白ごまが乗ったごはんの上に自分でおろしたわさびをかけて、全体をよくかき混ぜ、醤油を好みの分量だけかけてから食す。

どこにも説明がないが、ほんの少しだけ丼の底のほうに赤い塊りが見える。まぐろかささみか、よくわからないほどの少量。後で店の人に聞いたら、ねぎとろだった。

おいしいはおいしいんだが、わさび好きのおらにはもっとたくさんわさびがほしかった。

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水車やら…

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わさび田やら、広い農場内を見学して終了。

14:41碌山美術館に到着。

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この地で生まれた荻原守衛(碌山)の生涯を国宝の「女」など多数の作品とともに紹介。高村光太郎、柳敬助、斎藤与里ら友人たちの作品も多数展示してあり、欧米留学等を通じて切磋琢磨を重ねた明治人らの進取の気骨に思いをはせずにはいられない。翻ってわが身は…となる前に退散。

続いて15:28安曇野ジャンセン美術館に到着。

アルメニア人画家ジャン・ジャンセンの世界初の専門美術館とかで、静かな林に囲まれた瀟洒の建物の中に展示されている繊細な絵画には心安らぐ。ちょうどバレリーナの絵を特集しており、わが家の壁にかけてみたいなと思う素敵な作品ばかりなんだが、こういうのはやはり1枚だけじゃあまり見栄えがしなくて、2~3枚はもらわないと意味ないかなとも思い、今度(宝くじが当たって)大きくてきれいな壁のある家を新築したら改めて考えてみることにした。

安曇野にはやたら美術館が多く、ほかにも回ろうと思ったがカミさんが疲れたというのでホテルへ。

予定よりも1時間早く山の中腹にある安曇野穂高ビューホテルに16:04到着。

本館(?)の1階の畳とベッドの両方ある和洋室に泊まる。窓の外には芝生の庭園、その先には森林が広がる。とりあえず部屋のすぐ近くにある露天風呂へ。風呂から出した頭の周りを虻だか熊蜂だかがぶんぶんと飛び回るのでお湯で追い払いながら浸かった。あまりにもそれらの虫に刺されないかと気が気ではなく、ゆったりできないので、室内の湯船に入り直す。すると、室内の湯船に入ろうとしていた客が怪訝そうな顔をして、室内の湯船に入るのをやめて露天風呂のほうに出ていった。

このとき風呂場ではおらとその客だけだったので、なんでわざわざ自分のほうに近づいてくるのかと、おらのことが不可思議に映ったのだろうか。しばらくして室内の湯船から隣の露天風呂のほうを見ると、その客が必死で虫たちを追い払っていた。ようやく、おらの気持ちが理解できたんではないかと、ほくそ笑んだ。

んで19:15に夕飯。ホテルでは到着順に夕飯の時間を選択できる仕組みになっているそうで、もっと早く食べたかったが、その時間しか空いていなかった。

予約時に注文した通り、和食で天ぷらなど脂っ気のものは少なく、季節の野菜をたっぷり使った料理で充分満足できる内容。おらは地ビールと地酒とワインを1杯ずついただき、カミさんは梅酒を1杯。

一休みしてから、今度は別館(?)のほうにある大浴場へ。そこまでエレベータを乗り換えたり廊下を歩いたりとけっこう距離があるのだが、長い廊下では地元の画家の展示即売をやっており、けっこう楽しめた。

大浴場ではサウナと水風呂を3回繰り返した。サウナに入るのは久々。この数カ月、血圧が130/80前後と快調なので、問題ないだろうと考えた。あゝ爽快!

翌31日(火)は朝6時30分に起床。前夜は11時に寝たので、たっぷり7時間30分も睡眠をとった。ふだん家では4~5時間で目が覚めるのに、なぜか旅先では熟睡するタイプなのだ。

虻や熊蜂のいる露天風呂は避けて大浴場で朝風呂を浴びる。

んで朝食。バイキングなんだが、ビジネスホテルのそれとは違って、おいしい料理がたっぷり。ついつい多めにとり過ぎてしまうのを戒めながらも、つい腹十二分目といったところ。

なぜか旅先だと快便するタイプで、太くて長~いのを1本半出してすっきり。

9:05安曇野穂高ビューホテルを出発。

ホテルのレストランのベランダから続く裏庭にも出没するという野猿の群れは全部で4つあるのだそうだが、滞在中は一度も姿を現してくれなかった。

9:27安曇野ちひろ美術館に到着。

懐かしの絵本画家いわさきちひろの美術館だ。作品とともにちひろの生涯が詳しく紹介されていて、2回結婚したことや、共産党員だったことを知ってびっくり。それにしても、まだまだ男女同権が叶わなかった時代によく頑張ってやりたい仕事を貫きとおしたものだと思う。

いわさきちひろの絵を見ているとなんだかほのぼのとした気持ちになる。見る人の心を平和な気持ちにする絵である。

美術館の周囲はしゃれた公園になっていて、弁当持参で一日遊べる場所だ。

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続いて10:51仁科神明宮に到着。現存する日本最古の神社で、その名称からカミさんの先祖と関係あるかもというので寄ってみた。

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この拝殿の裏に続く中門、釣屋、本殿が国宝だという。

お賽銭(百円玉)を投げ入れ、例によって国家泰安、家内安全、健康第一、宝籤大当たりを祈念し二礼二拍一礼。

続いてグーグルマップのタイムラインではなぜか時間等が不明なのだが、仁科三湖のひとつ青木湖へ。

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予想に反し、ボートだかカヌーだが特殊な船に乗らない限り遊ぶ場所がなくて、ここから一路長野に向かう。善光寺参りをしてから帰路に着こうという考えだ。

グーグルマップで長野市内の駐車場を行き先に選び、その案内通りにクルマを進めたのたが、いや~すごい山道の連続でまいったのなんのって、前日の展望台への登り道など比較にならない強烈な道だった。

一応県道で、大町市の青木湖近辺から小川村に抜ける「長野県道324号線」という。

進むに従ってどんどん道幅が狭くなり、山深くかつ谷深くなっていく。道幅が車幅ぎりぎりな感じで、対向車が現れたらそりこそアウト。パックを強いられたら、脱輪してしまいそうで、怖いので、そんなときはクルマから下りて、対向車の運転手に代わりにおらのクルマを運転してもらうことにしようとも考えた。

30分ほどして登りきると、今度は下り。それもかなり勾配のきつい坂をくねくねと曲がりながら降りていくので、カミさんは大きな声を出しっぱなし。運転する側にしてみれば、下りのほうが楽なんだが、助手席に座るカミさんにすればジェットコースター以上にスリル満点だったことだろう。幸い、奇跡的に対向車は1台もなかった。

都合1時間ほど山道を走って、ようやく広い道路に出た。ホッ。もしかしたらこの道路が今度の旅のいちばんのハイライトだったかもしれない。絶対、二度と来ないけど。

12:26長野市内の有料駐車場に到着。

善光寺の門前のそば屋でとろろそばをいただく。

参道を通って善光寺本堂へ。

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国家安泰、家内安全、健康第一、宝籤大当たりを祈願。念には念をと「お戒壇めぐり」もしたが、サマージャンボ連番10枚を家に置いてきてしまったのは失敗だったかもと多少の不安を抱きながら再び参道へ。本当は善光寺にはいろいろと見て回る場所が多いのだが、あまり帰宅が遅くなってはいけないと、あきらめた。参道で今度はかき氷をいただいて駐車場へ。

一路、家路を急ぎ、家の近所の回らない(新幹線で運んでくるタイプの)回り寿司屋で夕飯を摂ってから帰宅したのでした。

2018年3月15日 (木)

長岡の夜は更け行く

きのうのことだが、仕事で長岡に行ってきた。

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長岡は高校生のときに水泳の大会で来たのが最初で、30年ほど前には長岡に工場があるエレクトロニクスメーカーの招待で花火を見に来たこともある。あと、ほかにも仕事で何回か来ているが、いちばん最近はいつのことだったか忘れた。

駅前にある三尺玉花火の打ち上げ筒のモニュメント↓

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ひと仕事終えて駅に戻るとちょうど5時。どこかで腹を満たそうとぶらぶら歩いていると「長岡藩」という看板が目についた。

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長岡に来たんだから飲み食いするんなら「長岡藩」に決まっとるべと思いつつ、迷うことなく中へ。

大柄な爺さんがカウンターの向こう側で仕込み中のところだったが、愛想よくこの日初めての客であるおらを迎えてくれる。

カウンターの奥の端に座って、さっそく生ビールを注文。お通しをつまみながら、「刺身は何があるの?」と聞くと、「魚はいつもおかみさんが6時くらいに持ってくることになっているので、それまでわからない」と言う。

そこで、串焼きの牛タンとねぎまを頼む。

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さらに馬刺しも追加。

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飲み物を地酒のその名も「米百俵」に変え、マスターの爺さんと小林虎三郎やら長岡の花火やらのよもやま話を始めた。

聞けばマスターは北海道の生まれで、嫁さんが長岡の人。もとは東京でサラリーマン生活をしていたが、嫁さんの親の介護をきっかけに長岡に移住。最初は洋品店を営んでいたが、商売が不振になったので、この飲み屋を手伝うようになったという。

午後6時くらいに来るおかみさんというのは、死んだ先代の店主の奥さんで、いまは店のオーナー。よく客に夫婦と間違えられるが、自分は雇われの身であって、おかみさんも客にそう問われると「いいえ違います」ときっぱりと否定する。そんなにムキになって否定しなくてもいいのにと自分は思っているんだ、などなど身の上話も聞いた。

そうこうするうちにくだんのおかみさんが登場。

改めて本日の魚は何かを聞いたうえで、その中のアジのたたきをもらう。ついでに塩辛も。

おかみさんはなかなか品がある感じの人だがやはり話好き。そこにカウンターの隣に座った東京出身&定年退職&無職&独身というおっさんも加わり、にぎやかな一夜に。

気が付けば「米百俵」はとっくりの大2本、小2本を空けていてトータル6合近く飲んだことになる。

いつかまた長岡に行く日があったらぜったい寄りたい店になった。

2018年3月 8日 (木)

もう一度行きたい岡谷の美味~い店

きのうのことだが、午後からあずさ17号で岡谷に行き、ひと仕事終えてから夕飯に寄った店が特筆ものだった。

岡谷駅から徒歩1分の「わしょく亭 宮 goo」。

17:30の開店と同時に入ったので、客はおらのみ。店側も紺地の作務衣姿の美しい女性とやはり作務衣を着たマスターのみ。

生ビールの中ジョッキと一緒に運ばれてきたお通しのゆでたまごが美味くてびっくり。少し甘めの煮卵で、初めて味わう味。

「この店ただ者じゃないぞ」と、内心ワクワクしながら、手書きのおすすめメニューを手にとって、あれこれ悩んだあげく、「本日のお造り」と「新たまオニオンスライス」を注文。

お造りは真鯛なんだが、「真鯛ってこんなにうまかったっけ?」とびっくりするほど美味い。ただの刺身のはずなんだが、皮のシマシマもほんのり桜色で美しく、今まであちこちで食べてきた真鯛はいったいなんだったのかと思ってしまうほど違う魚に出会ったよう。

オニオンスライスも予想を超える美味さ。まぶしてあるかつお節のせいなのか上にふられた醤油のせいなのか。よくわからないがとにかく美味い。

飲み物を地酒の「高天」に変えて、再びおすすめメニューを物色。「さくらチゲもつ煮」というのに目がゆき、「もしや」と思ってマスターに確認すると、案の定馬のもつ、つまりわがふるさと南信州の名物でおらがときどき無性に食いたくなるおたぐりである。

そのチゲ風というのでちょっと躊躇したが、普通のもつ煮もあるというので早速注文。運ばれてきたのは、牛肉や豚肉を使ったもつ煮と同様のみそ味。おらが好きなおたぐりは、馬のもつを単純に塩で煮ただけで何も加えない料理なんだが、こちらのもつ煮もこれはこれで美味かった。

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馬肉をもっと食べたくなって、「さくら赤身刺し」も所望。

そろそろお腹も満足かなと思いつつも通常メニューのほうを確認すると、秋田名物の「しょっつる鍋」と、鍋の仕上げ用のラーメンなんかがある。もしや、と思ってさらにメニューをめくると、やはりあった。単独料理のラーメンが。その名も「しょっつるラーメン」。

どこかで〆のラーメンを食いてぇなという助平根性がわきつつあったところなので、わざわざラーメン屋を探さなくてもここでラーメンが食えるんだと喜び、さっそく注文。

これがもうめちゃうまで、本当にびっくり。

なにもかもうまい店だと思いつつ勘定をしたら5000円でお釣りがきた。

こんな店がわが家の近くにあったらなぁと思いつつ岡谷を後にしたのでした。

2017年5月 3日 (水)

「花は咲く」を歌いたくなる写真

福島で農家を営むNさん(83)ご夫妻と10人のひ孫たち。

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Nさんご夫妻は2人の娘を産み、育てた。2人の娘はそれぞれ結婚して合計8人の孫ができた。その8人の孫たちからできたのがこのひ孫たちで、もちろんまだ増える可能性がある。

考えてみれば、とっても効率が良い。10人のひ孫たちは全員男の子とちょっと偏りはあるが…。

うらやましい限りである。

この写真を見ていると、自然に口をついて出てくる歌がある。

NHKの震災支援プロジェクトのテーマソング「花は咲く」だ。

〽花は 花は 花は咲く

  いつか生まれる君に

  花は 花は 花は咲く

  わたしは何を残しただろう

実はこのうち2人がおらの孫である(ヒント=お揃いの服を着ている)。

その孫たちがきょう、わが家にやってくる。

忙しくにぎやかなゴールデンウィークになりそうだ。

てなことを考えながらウォーキング。

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川原もにぎわっている。

8510歩、5957m。

2017年2月18日 (土)

銚子から成田へ

朝、目覚めると、なぜか千葉・銚子のビジネスホテルのベッドの上だった。
 
てな小説チックなことが起こるわけはなく、昨日から仕事仲間とともにマイクロバスで千葉一帯に出張に行ってきたのだ。
 
朝8:30銚子プラザホテルを出発。銚子港、銚子銀座など周辺をざっと観光してから西へ進み、香取市へ。メーンストリームでひと仕事を終え、「小江戸」と自称している旧い商家が立ち並ぶ街、香取市佐原へ。
 
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マイクロバスから降りて、江戸情緒あふれる街並みを散策。
 
ところが、折りからの春一番が巻き起こす砂嵐で、おちおち目も開けておられない状況。
 
八街の砂ぼこり、別名「やちぼこり」と呼ばれる名にし負う砂嵐なんだそうだ。香取市の南西に位置する八街市は落花生の名産地。その落花生畑の乾いた砂が海抜500m以上の山が一つもない千葉県の広い関東平野に吹き荒れる春一番の南風に乗って襲ってくるのだという。ひどい時は1m前方も見えないくらいに視界が遮られるそうだ。
 
それでも、目を傷めないように砂ぼこりを避けながら街並み観光。
 
「佐原町並み交流館」という資料館に入ると、さまざまな史料が並んでいた。
 
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旧い商家の模型は、本物が現存するものばかりだ。
 
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佐原には香取神宮と諏訪神社という2つの神社があり、それぞれの祭りである夏祭りと秋まつりに3日ずつ山車が出る。今年は、昭和の日の4月29日に両方の神社の山車がいっぺんに登場して町内を練り歩くイベントを行うそうだ。
 
そんなこんなで、観光に力を入れていて、最近は外国人観光客も増えているそうだ。ただ、西側に位置する銚子の犬吠埼や東側に位置する成田山などへの観光のついでに立ち寄る客が多いそうで、宿泊滞在型の観光客は少なく、ちゃんとしたホテルもないのだという。
 
そんなわけで、われわれも一路成田山へ。
 
途中、成田山といえば「川豊」ということらしく、うなぎ屋の「川豊西口館」へ。
 
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「大上うな重」をいただく。
 
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うなぎなんて今年初めて。初うなぎ。しかも、こんな立派なうな重を食べるの生まれて初めて(たぶん)。もちろん、自腹ではありましぇ~ん。
 
ダイエット中のことなぞついぞ忘れて、1.5人前にも思えるほどのたっぷりのお重を完食。
シーハッ。
 
再びマイクロバスに乗って、いよいよ成田駅に到着。
 
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駅前でバスを降りて、成田山への参道を20分ほどブラブラ歩く。
 
参道の途中に、さきほどうなぎを食べた「川豊」の本店があった。
 
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店先で板さんが仕込みをしている。
 
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こりゃ、腹が減ってたら誘われちゃうよなぁ。
 
ちなみに、この川豊の隣もその隣もうなぎ屋。成田山名物といえば、うなぎに漬物に羊羹らしい。
 
いよいよ成田山新勝寺に到着。
 
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総門をくぐって階段を昇り、右手にある手水舎で両手と口を清め、正面の仁王門をくぐる。
 
仁王門の中央にある赤い大きな提灯に書かれている「夢の゛し」って何のことだ? と千葉県内在住の同行者に聞くと、「夢の゛し」ではなく、「魚がし」と書いてあるんだと。なぁんだ魚河岸って、夢がねぇなぁ。
 
と思いつつ、大本堂で「家内安全、交通安全、商売繁盛、宝籤大当選」を丁重に祈願。
 
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自動販売機でおみくじ(百円)を買うと、「吉」だった。「財運」は、最初は思う通りに行かないが、最後は望み通りの財産を手に入れられるという。一応、トランプ米大統領並みのリゾート地を持ちたいものだと思っているのだが…。
 
境内に掛けられている絵馬は国際色豊か。
 
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続いて、開運厄除けの釈迦堂
 
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恋愛成就の光明堂
 
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さらにその奥の平和の大塔に鎮座おわします不動明王(撮影禁止)にも、
大本堂で祈願したのと以下同文で祈願。
 
たとえ最初はうまくいかなくとも最後には望み通りに願いが叶うというご託宣を信じて、成田山を後にした。
 

2016年8月10日 (水)

奥州平泉に遊ぶ

夏休み♪
 
去年に世界遺産検定2級を取得して今年は1級に挑戦したものの落第したカミさんの提案で、この日曜・月曜と1泊2日で平泉に行ってきた。
 
8月7日(日)
 
JR新幹線やまびこ163号で14:01一ノ関着。
 
タイムズレンタカー一ノ関駅前店で予約済みのレンタカーを調達。
 
さっそく、毛越寺へ。
 
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平泉といえば、一に中尊寺、二に毛越寺。おらにとっては、エネルギー担当記者として、当時の三菱石油の子会社だった東北石油の製油所見学会に附随した観光として、両名所を訪問して以来のことだから、ざっと二十数年ぶりのことになる。2回目とはいえ、ほとんど記憶に残っていない。
 
まず、この門を入って左手にある宝物館で、藤原氏三代の栄枯盛衰の歴史をざっとおさらい。その先にある松尾芭蕉の句碑「夏草や兵どもが夢の跡」を左手に眺めつつ本堂にお参り。続いて、藤原氏三代が築いた浄土庭園をぐるりと一周。臨池伽藍跡を一つ一つ確認しつつ、往時を偲んでみる。
 
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毛越寺を後にして、近くにある金鶏山へ。
 
登山口にある義経妻子の墓にお参り。
 
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頂上まではわずか220mと案内板には書かれているが、山道をみると、かなりの急峻。それでなくても、みちのくの思わぬ暑さに参っていたので、引き揚げようとしたら、カミさんが登ろうという。
 
仕方なく、ぜぇぜぇ言いながら登りきったが、あと100mあったら命絶えていたことだろう。頂上には小さな祠が一つあり、はるか眼下に広がる平泉の街を見守っていた。
 
いったん山を下りてレンタカーで、平泉文化遺産センターへ。
 
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世界遺産に登録された平泉の文化遺産を紹介する施設とあって、入場料が無料にもかかわらず、かなり充実した内容。歴史史料類だけでなく模型や動画なども駆使して、平泉の歴史をわかりやすく伝えている。
 
とくに、兄・源頼朝に追われた源義経が平泉に逃げ帰った際、育ての親ともいえる藤原秀衡が宴を開いて歓待した様子が模型で展示されていて興味を引いた。
 
京都の鞍馬寺で育てられた牛若丸は、元服して義経と名乗るようになった頃、秀衡の命を受けた金売吉次という商人が諄々と諭して平泉に連れて来た。その6年後、頼朝が平家の世直しのため挙兵すると直ちに参戦。壇ノ浦の合戦に至るまで数々の戦果を挙げるが、その名望に嫉妬した頼朝に追われる身となる。歌舞伎の「勧進帳」で有名な安宅の関を弁慶の機転で切り抜け、ほうほうの態で平泉にたどり着いたわけだが、模型をみると、館の中心に義経やその家臣と秀衡らがごちそうや酒杯を前に座り、眼前に広がる広大な庭には雅楽の奏者や女官ら数多の着飾った人々が列をなしていて、義経は大いに歓待されたんだなぁと今更のごとくほっとする。
 
秀衡の後を継いだ4代目の泰衡は頼朝を恐れるあまり、「義経を守れ」という秀衡の遺言に背いて義経を奇襲。弁慶が仁王立ちで満身に敵の矢を受けて守ったのもかなわず、義経は火に包まれながら妻子とともに自害。その数カ月後には泰衡が頼朝に討たれるという数奇な歴史の一幕に思いを馳せずにはいられない。
 
てなことを考えていたら閉館の時間が迫ったので、レンタカーで旅館へ。
 
平泉町からクルマで30分ほどかかる辺鄙な田舎にある「矢びつ温泉 瑞泉閣」(一関市厳美町)。
 
露天風呂つきの大浴場があるので、内風呂のない安価な部屋を予約しておいたのだが、部屋に案内されて、早速、iPad miniでメールを確認しようとしたら、wifiの電波が弱すぎてインターネットに接続できない。「全館wifi利用可能ということだったのでこの旅館を選んだのに」とフロントにクレームすると、内風呂付の高価な部屋に変更してくれた。もちろん、料金は変わらない。ラッキー♡
 
食事は前沢牛のステーキなどそこそこイケた。風呂も、夜は景色がよく見えなかったが、朝は最高。いい気分♨
 
部屋の窓からの眺め↓
 
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8月8日(月)
 
8:30旅館発→8:40厳美渓着
 
磐井川の渓谷「厳美渓」を見学。
 
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う~ん、絶景。
 
吊り橋「御覧場橋」を渡る。
 
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御覧場橋から下流を眺める。
 
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続いて、ここからクルマで10分ほどのところにある達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)へ。
 
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坂上田村麻呂が建立したそうだ。
 
西側の岸壁にある岩面大佛は源義家が彫らせたという。
 
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さぁ、いよいよ中尊寺へ。ここから約30分。
 
11:00中尊寺の駐車場着。
 
「元気でいないと旅行もできないね」というカミさんの声にうなずきながら、なが~いのぼり坂の参道を汗をふきふきえっちらこっちらとのぼり、ようやく本堂に到着。
 
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本堂は参観料はいらないのだが、その奥にある宝物館「讃衡蔵」、金色堂、それに世界遺産認定5周年を記念して特別にご開帳された秘仏「一字金輪佛頂尊」の3カ所は拝観料がいる。すべて拝観した。
 
そのほかにも、寺院や神社がそこかしこに散在。できるだけ、お賽銭を投げてはその都度仏さまにも神さまにも「ロト6あるいはロト7の大当たりをひとつよろしくお願い奉ります」と拝んできた。これから、その効果が楽しみではある。
 
12:30中尊寺発→13:20猊鼻渓着
 
途中の義経館も見学したかったのだが、猊鼻渓の舟下りの時間が読めなくて、立ち寄らず。日本百景の一つ「猊鼻渓」がこの旅最後の訪問地となった。
 
まずは、天ぷらそばでお腹を満たし、舟下りのチケットを買って乗り場に並ぶ。大人1枚1600円で90分の川上り・川下りが楽しめる。
 
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両岸に切り立つ岩を眺めながら進むと、川の中にはハヤやコイがエサを求めて船についてくる。水面にはカモも。30分くらいで、獅子ケ鼻岩とか大猊鼻岩とか呼ばれる岩壁のある場所に到着。5個100円の運玉を対岸の岩の穴をめがけて投げたりして時間を過ごしたあと、帰り船に乗る。
 
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帰り船では、船頭さんが鍛え上げた喉を聴かせてくれた。歌うは「げいび追分」。船べりによりかかり、帽子ごしの陽光に照らされながらそっと目を閉じて耳を澄ます。川のせせらぎ、セミや鳥の声、そよ風に揺れる緑葉の擦れ音、船頭さんの歌…。
 
う~ん、ごくらくごくらく、癒されるぅぅぅぅ。
 
15:40猊鼻渓発→16:00一ノ関駅着。レンタカー返却。
 
お土産を物色したあと、洒落た喫茶店に入り、冷え切ったビールとかき氷で時間をつぶす。
 
18:37発新幹線で帰途へ。

2016年3月21日 (月)

墓参りで栃木へ

年に2回恒例の墓参りのため3月19日(土)、20日(日)と1泊2日で栃木へ。

19日(土)は義兄夫妻と小山市の小山グランドホテルで合流し、一緒に夕飯を摂る約束なので、それまで宇都宮市に遊ぶ。

まず宇都宮美術館へ。

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初めて見学したが、シャガールやカンディンスキーなど世界の一流どころや川上澄夫ら版画などかなり見応えのある作品がたくさん収蔵されていて驚いた。企画展の「齋藤富蔵展」も良かったし、椅子のデザイン展も楽しめた。これで入場料600円は安いっ!

美術館内にある創作料理のレストラン「ジョワ・デ・サンス」でランチ。カミさんはパスタのセット、おらはポーク・ステーキ(1530円)。

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食器もトイレも何もかも美術館らしくおシャレでした。

んで、宇都宮市街のど真ん中にある二荒山神社へ。第10代崇神天皇の第一子である豊城入彦命を祭神とし、源頼朝や徳川家康といった著名武将も尊崇したという由緒ある神社だそうだ。

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愛機「富士通ARROES M01」を車のダッシュボードにセット。Yahoo!カーナビの指示通りに栃木市へ。従来の後付カーナビが古くなったので、スマホを代用にしたのだが、ぜんぜん支障ない、というよりも、こっちのほうが断然いい感じだ。

小山グランドホテルに18:00着。義兄夫婦とディナーのコース料理をいただく。ビーフステーキが固い。つ~か、このホテル、もうかれこれ5年にわたり年2回夫婦2組で1泊旅行に来ているのに「いつもありがとう」のひと言もない。おそらく常連客としての認識も記録をとっておく考えもないのだろう。大浴場もなくてこれといって取り柄のないホテルなんだが、小山市や栃木市あたりにはほかにビジネスホテル級の宿泊施設がないので使わざるを得ないのだ。

んで20日(日)。墓参りを済ませたあと、土地の人の案内で栃木市内を観光。

何度も来ているのに、街中をゆっくり歩いたのは初めてだ。

今、蔵造りの街並みを中心とする観光に力を入れているそうで、確かにそれなりの風情がある。

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栃木市のゆるキャラ「とち介」もなかなかいけてるじゃん。

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昼食のため、路地裏に入る。

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手前の立て看板のお店「蔵chic(くらしっく)」へ。

「海鮮ランチ」(2000円)を注文したら、こんな前菜が…。

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長いお皿はホタテのカルパッチョ。

んで、本命。

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最後にドリンク&デザート。

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いただきましたぁ!!

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メーンストリートの一角にある「路傍の石」の山本有三の生家↑など眺めながら市役所の7階建て駐車場(無料)に戻り、栃木を後にして家路に着いたのでした。

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