旅行・地域

2018年3月15日 (木)

長岡の夜は更け行く

きのうのことだが、仕事で長岡に行ってきた。

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長岡は高校生のときに水泳の大会で来たのが最初で、30年ほど前には長岡に工場があるエレクトロニクスメーカーの招待で花火を見に来たこともある。あと、ほかにも仕事で何回か来ているが、いちばん最近はいつのことだったか忘れた。

駅前にある三尺玉花火の打ち上げ筒のモニュメント↓

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ひと仕事終えて駅に戻るとちょうど5時。どこかで腹を満たそうとぶらぶら歩いていると「長岡藩」という看板が目についた。

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長岡に来たんだから飲み食いするんなら「長岡藩」に決まっとるべと思いつつ、迷うことなく中へ。

大柄な爺さんがカウンターの向こう側で仕込み中のところだったが、愛想よくこの日初めての客であるおらを迎えてくれる。

カウンターの奥の端に座って、さっそく生ビールを注文。お通しをつまみながら、「刺身は何があるの?」と聞くと、「魚はいつもおかみさんが6時くらいに持ってくることになっているので、それまでわからない」と言う。

そこで、串焼きの牛タンとねぎまを頼む。

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さらに馬刺しも追加。

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飲み物を地酒のその名も「米百俵」に変え、マスターの爺さんと小林虎三郎やら長岡の花火やらのよもやま話を始めた。

聞けばマスターは北海道の生まれで、嫁さんが長岡の人。もとは東京でサラリーマン生活をしていたが、嫁さんの親の介護をきっかけに長岡に移住。最初は洋品店を営んでいたが、商売が不振になったので、この飲み屋を手伝うようになったという。

午後6時くらいに来るおかみさんというのは、死んだ先代の店主の奥さんで、いまは店のオーナー。よく客に夫婦と間違えられるが、自分は雇われの身であって、おかみさんも客にそう問われると「いいえ違います」ときっぱりと否定する。そんなにムキになって否定しなくてもいいのにと自分は思っているんだ、などなど身の上話も聞いた。

そうこうするうちにくだんのおかみさんが登場。

改めて本日の魚は何かを聞いたうえで、その中のアジのたたきをもらう。ついでに塩辛も。

おかみさんはなかなか品がある感じの人だがやはり話好き。そこにカウンターの隣に座った東京出身&定年退職&無職&独身というおっさんも加わり、にぎやかな一夜に。

気が付けば「米百俵」はとっくりの大2本、小2本を空けていてトータル6合近く飲んだことになる。

いつかまた長岡に行く日があったらぜったい寄りたい店になった。

2018年3月 8日 (木)

もう一度行きたい岡谷の美味~い店

きのうのことだが、午後からあずさ17号で岡谷に行き、ひと仕事終えてから夕飯に寄った店が特筆ものだった。

岡谷駅から徒歩1分の「わしょく亭 宮 goo」。

17:30の開店と同時に入ったので、客はおらのみ。店側も紺地の作務衣姿の美しい女性とやはり作務衣を着たマスターのみ。

生ビールの中ジョッキと一緒に運ばれてきたお通しのゆでたまごが美味くてびっくり。少し甘めの煮卵で、初めて味わう味。

「この店ただ者じゃないぞ」と、内心ワクワクしながら、手書きのおすすめメニューを手にとって、あれこれ悩んだあげく、「本日のお造り」と「新たまオニオンスライス」を注文。

お造りは真鯛なんだが、「真鯛ってこんなにうまかったっけ?」とびっくりするほど美味い。ただの刺身のはずなんだが、皮のシマシマもほんのり桜色で美しく、今まであちこちで食べてきた真鯛はいったいなんだったのかと思ってしまうほど違う魚に出会ったよう。

オニオンスライスも予想を超える美味さ。まぶしてあるかつお節のせいなのか上にふられた醤油のせいなのか。よくわからないがとにかく美味い。

飲み物を地酒の「高天」に変えて、再びおすすめメニューを物色。「さくらチゲもつ煮」というのに目がゆき、「もしや」と思ってマスターに確認すると、案の定馬のもつ、つまりわがふるさと南信州の名物でおらがときどき無性に食いたくなるおたぐりである。

そのチゲ風というのでちょっと躊躇したが、普通のもつ煮もあるというので早速注文。運ばれてきたのは、牛肉や豚肉を使ったもつ煮と同様のみそ味。おらが好きなおたぐりは、馬のもつを単純に塩で煮ただけで何も加えない料理なんだが、こちらのもつ煮もこれはこれで美味かった。

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馬肉をもっと食べたくなって、「さくら赤身刺し」も所望。

そろそろお腹も満足かなと思いつつも通常メニューのほうを確認すると、秋田名物の「しょっつる鍋」と、鍋の仕上げ用のラーメンなんかがある。もしや、と思ってさらにメニューをめくると、やはりあった。単独料理のラーメンが。その名も「しょっつるラーメン」。

どこかで〆のラーメンを食いてぇなという助平根性がわきつつあったところなので、わざわざラーメン屋を探さなくてもここでラーメンが食えるんだと喜び、さっそく注文。

これがもうめちゃうまで、本当にびっくり。

なにもかもうまい店だと思いつつ勘定をしたら5000円でお釣りがきた。

こんな店がわが家の近くにあったらなぁと思いつつ岡谷を後にしたのでした。

2017年5月 3日 (水)

「花は咲く」を歌いたくなる写真

福島で農家を営むNさん(83)ご夫妻と10人のひ孫たち。

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Nさんご夫妻は2人の娘を産み、育てた。2人の娘はそれぞれ結婚して合計8人の孫ができた。その8人の孫たちからできたのがこのひ孫たちで、もちろんまだ増える可能性がある。

考えてみれば、とっても効率が良い。10人のひ孫たちは全員男の子とちょっと偏りはあるが…。

うらやましい限りである。

この写真を見ていると、自然に口をついて出てくる歌がある。

NHKの震災支援プロジェクトのテーマソング「花は咲く」だ。

〽花は 花は 花は咲く

  いつか生まれる君に

  花は 花は 花は咲く

  わたしは何を残しただろう

実はこのうち2人がおらの孫である(ヒント=お揃いの服を着ている)。

その孫たちがきょう、わが家にやってくる。

忙しくにぎやかなゴールデンウィークになりそうだ。

てなことを考えながらウォーキング。

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川原もにぎわっている。

8510歩、5957m。

2017年2月18日 (土)

銚子から成田へ

朝、目覚めると、なぜか千葉・銚子のビジネスホテルのベッドの上だった。
 
てな小説チックなことが起こるわけはなく、昨日から仕事仲間とともにマイクロバスで千葉一帯に出張に行ってきたのだ。
 
朝8:30銚子プラザホテルを出発。銚子港、銚子銀座など周辺をざっと観光してから西へ進み、香取市へ。メーンストリームでひと仕事を終え、「小江戸」と自称している旧い商家が立ち並ぶ街、香取市佐原へ。
 
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マイクロバスから降りて、江戸情緒あふれる街並みを散策。
 
ところが、折りからの春一番が巻き起こす砂嵐で、おちおち目も開けておられない状況。
 
八街の砂ぼこり、別名「やちぼこり」と呼ばれる名にし負う砂嵐なんだそうだ。香取市の南西に位置する八街市は落花生の名産地。その落花生畑の乾いた砂が海抜500m以上の山が一つもない千葉県の広い関東平野に吹き荒れる春一番の南風に乗って襲ってくるのだという。ひどい時は1m前方も見えないくらいに視界が遮られるそうだ。
 
それでも、目を傷めないように砂ぼこりを避けながら街並み観光。
 
「佐原町並み交流館」という資料館に入ると、さまざまな史料が並んでいた。
 
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旧い商家の模型は、本物が現存するものばかりだ。
 
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佐原には香取神宮と諏訪神社という2つの神社があり、それぞれの祭りである夏祭りと秋まつりに3日ずつ山車が出る。今年は、昭和の日の4月29日に両方の神社の山車がいっぺんに登場して町内を練り歩くイベントを行うそうだ。
 
そんなこんなで、観光に力を入れていて、最近は外国人観光客も増えているそうだ。ただ、西側に位置する銚子の犬吠埼や東側に位置する成田山などへの観光のついでに立ち寄る客が多いそうで、宿泊滞在型の観光客は少なく、ちゃんとしたホテルもないのだという。
 
そんなわけで、われわれも一路成田山へ。
 
途中、成田山といえば「川豊」ということらしく、うなぎ屋の「川豊西口館」へ。
 
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「大上うな重」をいただく。
 
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うなぎなんて今年初めて。初うなぎ。しかも、こんな立派なうな重を食べるの生まれて初めて(たぶん)。もちろん、自腹ではありましぇ~ん。
 
ダイエット中のことなぞついぞ忘れて、1.5人前にも思えるほどのたっぷりのお重を完食。
シーハッ。
 
再びマイクロバスに乗って、いよいよ成田駅に到着。
 
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駅前でバスを降りて、成田山への参道を20分ほどブラブラ歩く。
 
参道の途中に、さきほどうなぎを食べた「川豊」の本店があった。
 
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店先で板さんが仕込みをしている。
 
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こりゃ、腹が減ってたら誘われちゃうよなぁ。
 
ちなみに、この川豊の隣もその隣もうなぎ屋。成田山名物といえば、うなぎに漬物に羊羹らしい。
 
いよいよ成田山新勝寺に到着。
 
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総門をくぐって階段を昇り、右手にある手水舎で両手と口を清め、正面の仁王門をくぐる。
 
仁王門の中央にある赤い大きな提灯に書かれている「夢の゛し」って何のことだ? と千葉県内在住の同行者に聞くと、「夢の゛し」ではなく、「魚がし」と書いてあるんだと。なぁんだ魚河岸って、夢がねぇなぁ。
 
と思いつつ、大本堂で「家内安全、交通安全、商売繁盛、宝籤大当選」を丁重に祈願。
 
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自動販売機でおみくじ(百円)を買うと、「吉」だった。「財運」は、最初は思う通りに行かないが、最後は望み通りの財産を手に入れられるという。一応、トランプ米大統領並みのリゾート地を持ちたいものだと思っているのだが…。
 
境内に掛けられている絵馬は国際色豊か。
 
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続いて、開運厄除けの釈迦堂
 
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恋愛成就の光明堂
 
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さらにその奥の平和の大塔に鎮座おわします不動明王(撮影禁止)にも、
大本堂で祈願したのと以下同文で祈願。
 
たとえ最初はうまくいかなくとも最後には望み通りに願いが叶うというご託宣を信じて、成田山を後にした。
 

2016年8月10日 (水)

奥州平泉に遊ぶ

夏休み♪
 
去年に世界遺産検定2級を取得して今年は1級に挑戦したものの落第したカミさんの提案で、この日曜・月曜と1泊2日で平泉に行ってきた。
 
8月7日(日)
 
JR新幹線やまびこ163号で14:01一ノ関着。
 
タイムズレンタカー一ノ関駅前店で予約済みのレンタカーを調達。
 
さっそく、毛越寺へ。
 
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平泉といえば、一に中尊寺、二に毛越寺。おらにとっては、エネルギー担当記者として、当時の三菱石油の子会社だった東北石油の製油所見学会に附随した観光として、両名所を訪問して以来のことだから、ざっと二十数年ぶりのことになる。2回目とはいえ、ほとんど記憶に残っていない。
 
まず、この門を入って左手にある宝物館で、藤原氏三代の栄枯盛衰の歴史をざっとおさらい。その先にある松尾芭蕉の句碑「夏草や兵どもが夢の跡」を左手に眺めつつ本堂にお参り。続いて、藤原氏三代が築いた浄土庭園をぐるりと一周。臨池伽藍跡を一つ一つ確認しつつ、往時を偲んでみる。
 
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毛越寺を後にして、近くにある金鶏山へ。
 
登山口にある義経妻子の墓にお参り。
 
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頂上まではわずか220mと案内板には書かれているが、山道をみると、かなりの急峻。それでなくても、みちのくの思わぬ暑さに参っていたので、引き揚げようとしたら、カミさんが登ろうという。
 
仕方なく、ぜぇぜぇ言いながら登りきったが、あと100mあったら命絶えていたことだろう。頂上には小さな祠が一つあり、はるか眼下に広がる平泉の街を見守っていた。
 
いったん山を下りてレンタカーで、平泉文化遺産センターへ。
 
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世界遺産に登録された平泉の文化遺産を紹介する施設とあって、入場料が無料にもかかわらず、かなり充実した内容。歴史史料類だけでなく模型や動画なども駆使して、平泉の歴史をわかりやすく伝えている。
 
とくに、兄・源頼朝に追われた源義経が平泉に逃げ帰った際、育ての親ともいえる藤原秀衡が宴を開いて歓待した様子が模型で展示されていて興味を引いた。
 
京都の鞍馬寺で育てられた牛若丸は、元服して義経と名乗るようになった頃、秀衡の命を受けた金売吉次という商人が諄々と諭して平泉に連れて来た。その6年後、頼朝が平家の世直しのため挙兵すると直ちに参戦。壇ノ浦の合戦に至るまで数々の戦果を挙げるが、その名望に嫉妬した頼朝に追われる身となる。歌舞伎の「勧進帳」で有名な安宅の関を弁慶の機転で切り抜け、ほうほうの態で平泉にたどり着いたわけだが、模型をみると、館の中心に義経やその家臣と秀衡らがごちそうや酒杯を前に座り、眼前に広がる広大な庭には雅楽の奏者や女官ら数多の着飾った人々が列をなしていて、義経は大いに歓待されたんだなぁと今更のごとくほっとする。
 
秀衡の後を継いだ4代目の泰衡は頼朝を恐れるあまり、「義経を守れ」という秀衡の遺言に背いて義経を奇襲。弁慶が仁王立ちで満身に敵の矢を受けて守ったのもかなわず、義経は火に包まれながら妻子とともに自害。その数カ月後には泰衡が頼朝に討たれるという数奇な歴史の一幕に思いを馳せずにはいられない。
 
てなことを考えていたら閉館の時間が迫ったので、レンタカーで旅館へ。
 
平泉町からクルマで30分ほどかかる辺鄙な田舎にある「矢びつ温泉 瑞泉閣」(一関市厳美町)。
 
露天風呂つきの大浴場があるので、内風呂のない安価な部屋を予約しておいたのだが、部屋に案内されて、早速、iPad miniでメールを確認しようとしたら、wifiの電波が弱すぎてインターネットに接続できない。「全館wifi利用可能ということだったのでこの旅館を選んだのに」とフロントにクレームすると、内風呂付の高価な部屋に変更してくれた。もちろん、料金は変わらない。ラッキー♡
 
食事は前沢牛のステーキなどそこそこイケた。風呂も、夜は景色がよく見えなかったが、朝は最高。いい気分♨
 
部屋の窓からの眺め↓
 
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8月8日(月)
 
8:30旅館発→8:40厳美渓着
 
磐井川の渓谷「厳美渓」を見学。
 
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う~ん、絶景。
 
吊り橋「御覧場橋」を渡る。
 
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御覧場橋から下流を眺める。
 
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続いて、ここからクルマで10分ほどのところにある達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)へ。
 
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坂上田村麻呂が建立したそうだ。
 
西側の岸壁にある岩面大佛は源義家が彫らせたという。
 
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さぁ、いよいよ中尊寺へ。ここから約30分。
 
11:00中尊寺の駐車場着。
 
「元気でいないと旅行もできないね」というカミさんの声にうなずきながら、なが~いのぼり坂の参道を汗をふきふきえっちらこっちらとのぼり、ようやく本堂に到着。
 
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本堂は参観料はいらないのだが、その奥にある宝物館「讃衡蔵」、金色堂、それに世界遺産認定5周年を記念して特別にご開帳された秘仏「一字金輪佛頂尊」の3カ所は拝観料がいる。すべて拝観した。
 
そのほかにも、寺院や神社がそこかしこに散在。できるだけ、お賽銭を投げてはその都度仏さまにも神さまにも「ロト6あるいはロト7の大当たりをひとつよろしくお願い奉ります」と拝んできた。これから、その効果が楽しみではある。
 
12:30中尊寺発→13:20猊鼻渓着
 
途中の義経館も見学したかったのだが、猊鼻渓の舟下りの時間が読めなくて、立ち寄らず。日本百景の一つ「猊鼻渓」がこの旅最後の訪問地となった。
 
まずは、天ぷらそばでお腹を満たし、舟下りのチケットを買って乗り場に並ぶ。大人1枚1600円で90分の川上り・川下りが楽しめる。
 
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両岸に切り立つ岩を眺めながら進むと、川の中にはハヤやコイがエサを求めて船についてくる。水面にはカモも。30分くらいで、獅子ケ鼻岩とか大猊鼻岩とか呼ばれる岩壁のある場所に到着。5個100円の運玉を対岸の岩の穴をめがけて投げたりして時間を過ごしたあと、帰り船に乗る。
 
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帰り船では、船頭さんが鍛え上げた喉を聴かせてくれた。歌うは「げいび追分」。船べりによりかかり、帽子ごしの陽光に照らされながらそっと目を閉じて耳を澄ます。川のせせらぎ、セミや鳥の声、そよ風に揺れる緑葉の擦れ音、船頭さんの歌…。
 
う~ん、ごくらくごくらく、癒されるぅぅぅぅ。
 
15:40猊鼻渓発→16:00一ノ関駅着。レンタカー返却。
 
お土産を物色したあと、洒落た喫茶店に入り、冷え切ったビールとかき氷で時間をつぶす。
 
18:37発新幹線で帰途へ。

2016年3月21日 (月)

墓参りで栃木へ

年に2回恒例の墓参りのため3月19日(土)、20日(日)と1泊2日で栃木へ。

19日(土)は義兄夫妻と小山市の小山グランドホテルで合流し、一緒に夕飯を摂る約束なので、それまで宇都宮市に遊ぶ。

まず宇都宮美術館へ。

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初めて見学したが、シャガールやカンディンスキーなど世界の一流どころや川上澄夫ら版画などかなり見応えのある作品がたくさん収蔵されていて驚いた。企画展の「齋藤富蔵展」も良かったし、椅子のデザイン展も楽しめた。これで入場料600円は安いっ!

美術館内にある創作料理のレストラン「ジョワ・デ・サンス」でランチ。カミさんはパスタのセット、おらはポーク・ステーキ(1530円)。

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食器もトイレも何もかも美術館らしくおシャレでした。

んで、宇都宮市街のど真ん中にある二荒山神社へ。第10代崇神天皇の第一子である豊城入彦命を祭神とし、源頼朝や徳川家康といった著名武将も尊崇したという由緒ある神社だそうだ。

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愛機「富士通ARROES M01」を車のダッシュボードにセット。Yahoo!カーナビの指示通りに栃木市へ。従来の後付カーナビが古くなったので、スマホを代用にしたのだが、ぜんぜん支障ない、というよりも、こっちのほうが断然いい感じだ。

小山グランドホテルに18:00着。義兄夫婦とディナーのコース料理をいただく。ビーフステーキが固い。つ~か、このホテル、もうかれこれ5年にわたり年2回夫婦2組で1泊旅行に来ているのに「いつもありがとう」のひと言もない。おそらく常連客としての認識も記録をとっておく考えもないのだろう。大浴場もなくてこれといって取り柄のないホテルなんだが、小山市や栃木市あたりにはほかにビジネスホテル級の宿泊施設がないので使わざるを得ないのだ。

んで20日(日)。墓参りを済ませたあと、土地の人の案内で栃木市内を観光。

何度も来ているのに、街中をゆっくり歩いたのは初めてだ。

今、蔵造りの街並みを中心とする観光に力を入れているそうで、確かにそれなりの風情がある。

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栃木市のゆるキャラ「とち介」もなかなかいけてるじゃん。

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昼食のため、路地裏に入る。

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手前の立て看板のお店「蔵chic(くらしっく)」へ。

「海鮮ランチ」(2000円)を注文したら、こんな前菜が…。

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長いお皿はホタテのカルパッチョ。

んで、本命。

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最後にドリンク&デザート。

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いただきましたぁ!!

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メーンストリートの一角にある「路傍の石」の山本有三の生家↑など眺めながら市役所の7階建て駐車場(無料)に戻り、栃木を後にして家路に着いたのでした。

2016年3月 6日 (日)

京都・和歌山に遊ぶ㊦

3月1日(火) 旅の空の下で誕生日を迎える。とりたてて感慨はなし。

取材のアポは午後4時、ホテルのチェックアウトは午前11時ということで、ゆっくりと起床。ほぼ独占状態の大浴場での~んびり朝風呂を浸かり、朝食を済ませて午前10:30出発。

まずはホテルの前の駅前通りをまっすぐ駅と反対方面に20分ほど歩いて和歌山城へ。

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お濠を渡ってからかなり急な坂を上がっていく。けっこう息切れする。

あんまり観光客が来ないのだろうか。キャリーバッグをどこかに預けたいのだが、コインロッカーらしきものがない。結局、入館料(410円)を支払うボックスの中にいたおじさんが、「預かりましょうか?」と声をかけてくれたので、お任せした。ボックスの脇の戸を開けて、バッグを中に入れてくれたが、引き換え券みたいなものは一切なし。返却時にはどうやって確認するのだろうか? ちゃんと顔を覚えてくれただろうか?と不安を覚えつつ、天守閣の中へ。

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天守閣から和歌山湾を展望。紀州徳川家は尾張、水戸と並ぶ徳川御三家の一つで、八代将軍吉宗を輩出していることで有名だが、今年はその吉宗公の将軍就任300周年にあたるのだそうで、まずはめでたしめでたし。

この城は連立式天守閣といって、大天守と小天守の間を門や櫓がぐるっと取り巻いていて外に出ることなく巡っていける。んで、ぐるっと一周して外へ。帰りに入館料を支払うボックスに寄ると、さっきのおじさんではなく別のおばさんに交代していた。でも、キャリーバッグはすんなり返却してくれた。ほかに荷物を預けた人はいないのかなぁ?

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御橋廊下を渡って西之丸庭園へ。この橋の窓から眺める天守閣は〝日本一〟と、この橋を作った殿様が自画自賛したとか。

近くのミニ歴史博物館で、展示物を見学。この城内の端っこにあるミニ博物館の入館料は天守閣の入館料の中に含まれているので、天守閣に入るときにもらったチケットを見せればいい。

ミニ博物館は「わかやま歴史館」という名称で、紀州徳川家が代々所有したという金属製の印章「獅子紐印」が目玉かな。同博物館から出ると、もう午後2時近い。どっかで昼飯を食おうと思って、ふと横の電柱をみたら、和歌山市役所14階のレストランを宣伝するポスターが目についた。市役所といえばすぐ目の前。道路の向こう側だ。

さっそく市役所14階へ。

レストランはビュッフェ方式。1300円ほど前払いで払って、勝手に好きな物を食べる。

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ついつい、多めにとりがちになる。だけど、これはっという旨いもんはない。みんなどれも並みの味。1300円だすなら、何か1品に絞ったほうがきっと旨いもんを食べられるに違いない。ラーメンとかかつ丼とか。ただ、デザートは結構いけた。なんしろ、ソフトクリームまである。もちろん食べ放題。といっても、1人前しか食べなかったけど…。

レストランの窓から向かい側のお城を眺められる。

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んで、お城をはさんで市役所の反対側にある「和歌山近代美術館」へ。

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ここは見応えのある美術館だった。ちょうど「宇佐美圭司回顧展 絵画のロゴス」という企画展をやっていて、こちらも大作ばかりがズラリと並んでいて迫力十分。入場料は510円。

美術館の隣には博物館もあるのだが、アポの時間が迫っていたので見学はあきらめた。

仕事を終わって広島駅に着いたら18:30。和歌山ではバスにもタクシーにも乗らず、一日中ずっと徒歩で通した。駅のみどりの窓口へ行き、「東京までいちばん早いやつで」と切符を注文。提案された電車で帰京。

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和歌山駅18:51発JR特急くろしお30号→新大阪駅19:50着

新大阪駅20:03発JR新幹線のぞみ56号→東京駅着22:33

歩数計1万9733歩。

京都・和歌山に遊ぶ㊤

2月29日(月)に京都で丸一日仕事をし、その足で翌3月1日(火)に和歌山で1件取材するという仕事が入ったので、前日の2月28日(日)から京都に入り、ちょっとした観光をすることにした。来月から職場が変わるため、そうちょくちょくと出張旅行には行けなくなるだろうから、楽しめるだけ楽しんでおこうという気持ちもあった。

2月28日(日) 東京駅10:10発JR新幹線のぞみ23号→京都駅12:25着

京都駅から徒歩5分のアパホテル京都駅堀川通(朝食付6100円)に荷物を預け、京都駅前に戻って市営バスの切符売り場で周遊チケット500円を購入。早速、清水寺に向かう。

五条坂でバスを降りると、参道はもう人人人の波だから道に迷うことはない。

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京都の町を着物で歩くことが近年の若い衆の間で流行っているのか、やたらに着物姿が多い。レンタル屋さんも大繁盛なんだろうなぁ。

松風や音羽の滝の清水をむすぶ心はすゞしかるらん 芭蕉

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まず仁王門が見えてくる。右上が西門、その裏が三重塔。さらに経堂、開山堂などを越えて進むとあの有名な清水の舞台がある本堂に至る。

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清水の舞台。下を眺めるとこんな感じ↓

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本堂のすぐ隣に立つ地主神社。縁結びの神との縁を必要としていないのでパス。

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奥の院から帰り道に入る途中で清水の舞台を眺めるとこんな感じ。

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なんか京都っぽいアングルになる。

次は参道を産寧坂(三年坂)から二寧坂(二年坂)へと進む。

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途中、西尾八ッ橋清水店というところで昼食。「京のとろ湯葉丼」(1000円)というのを生まれて初めていただく。

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「とろ~り生湯葉をたっぷりのせて鶏肉そぼろ、人参とジャガイモのすり流しと葛の餡かけであっさり仕上げたおなかにやさしい丼」というのがうたい文句。ごはんはおこわで銀杏ものっている。デザートに生八ッ橋「あんなま」付。

味はまあまあって感じ。病みつきになる味ではない。

二寧坂を抜けると大通りに出て向かいは高台寺、右の坂を上ると京都霊山護国神社。

とりあえず左手に大仏を眺めながら護国神社に向かった。

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お目当てはこれ。坂本龍馬の墓(左)。近江屋事件でともに維新の露と消えた中岡慎太郎の墓と並んで建てられている。2人の銅像も。

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ここには幕末維新の志士1300余柱が祀られていて、ずっと上のほうまで墓がいくつも建てられている。いちばん上には木戸孝允の墓があるそうだが、もうこれ以上昇る気力がなかった。

昭和の杜という太平洋戦争の慰霊碑を抜けると、「幕末維新ミュージアム・霊山歴史館」というのがあったので、ざっと見て回る(入場料700円)。

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坂を下って、今度は高台寺へ。拝観料は近所の「掌美術館」の入場料も兼ねて600円だが、ここはそれなりの価値があった。

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寺を出て参道へ。

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舞子さん!

こっからすぐ近くの八坂神社へ。

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正月に地元の神社でその神社のお札と伊勢神宮の大麻を買ったが、神棚の3つ目のお札を入れる場所が空いたままだったので、ここでお札を買うことにしたのだ。

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境内には屋台が…。

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カニカマの串焼きがうまそうで、つい買っちゃった。400円。

こっからバスで京都駅に戻るともう夕飯時。バスは往復の2回乗って240×2=480円。それを500円の周遊チケットで払ったから差し引き20円の損。なんてこった。

京都駅に着いて、さあ、夕飯は何にしようか、京ラーメンが食いてぇなぁ、いやいや海鮮丼もいいなぁなんて考えてたら、地下街にラーメンと海鮮丼のセットを売っている店があった(笑)。

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1300円(+消費税?)。生ビールも注文。シナチクとキムチは近くのテーブルから好きなだけとれるという仕組みだったが、とらなんだ。

スマホの歩数計は1万9717歩。

2月29日(月) 朝9:00ホテルを出て、四条駅近くのホールで取材。

昼飯時に外出し、錦市場商店街、新京極あたりをぶらつく。

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六角堂をお参りして仕事場に帰着。

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夕方5時過ぎに仕事終了。

烏丸駅17:41発阪急京都本線快速急行→梅田駅18:24着

大阪駅19:27発JR大阪環状線内回り→天王寺駅19:52発JR阪和線快速→和歌山駅20:55着

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1年3カ月ぶりの和歌山である。

前回はトホホの日帰り旅行だったが、今回は宿泊付。つまり生まれて初めての和歌山泊まり~ぃ。てなわけで、駅の近くの居酒屋へ。

入り口を入ってすぐに大きな円形のカウンターがあるので、いそいそと座ると、中のおばちゃんが「寒いからもっと中にお入り」と声をかけてくる。確かに、京都の昼間はポカポカ陽気だったのに、夕方から急に冷え込んだ。おばちゃんによると、和歌山でもこんな寒さは珍しく、寒気団が来ているせいだという。

目の前の大きな網焼き器に「貝」だの「エビ」だの書いてあるので、アワビはちょっと手が届かないだろうけど、ハマグリでも食らうかと思って、「焼き物は何があるの?」と聞くと、「ぜ~んぶ終わっちゃった。あっ、イカが2枚だけ残っている」とおばちゃん。がっくりしつつ、イカを焼いてもらう。

聞けば、午後10時で閉店なんだって。田舎の夜は短い。あとおでんのタマゴと牛スジを各1本、アジの刺身を注文。生ビールと地酒の熱燗を飲んで、仕上げにお茶漬け。締めて2800円ほど。

宿は「紀州の湯 ドーミーインPREMIUM和歌山」 京都のアパホテルよりも同じ朝食付きで1290円高い7390円。そのぶん、部屋も大浴場も立派でした。

歩数計は1万2951歩。

2016年2月16日 (火)

震災から5年企画第2弾

仙台前泊。

朝8:00に車で宮城県女川町へ出発。被災率№1という町である。

1時間半ほどで女川町到着。

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まず、仮設商店街「きぼうの鐘商店街」を取材。

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旧女川高校のグラウンドに建てられた。人影はまばら。あと1年ほどで設置期限を迎える。

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「きぼうの鐘」。もとはJR女川駅前広場にあったからくり時計の4つの鐘の1つ。土台だけを残してきれいさっぱり津波にさらわれた駅舎跡から奇跡的に見つかった。女川の人たちの再起への思いを込めて「きぼうの鐘」と名付けられた。

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その駅舎が見事に再建された。「ゆぽっぽJR女川駅」と言って、2、3階は温泉。駅入り口の前には足湯も。

駅舎3階から海辺を臨むと…

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美しいプロムナード。昨年12月に完成、オープンした女川駅前商店街だ。今の季節、真正面の位置に日の出が上がるという。中央の通りが車が通れないにもかかわらず広いのは、3.11並の津波が再度襲来した際に逃げやすくするためだという。

案内してくれた地元の人は、3.11で4階建てのビルの屋上に設置されている給水塔にしがみつき天から黒い雪、足元から海水が迫る中で、一夜を明かしたという。もう1人は、奥さんの祖父が行方不明のままだ。「ここの人はみんな似たような境遇にありますから(笑)」。
 

2016年2月11日 (木)

震災から5年ということで被災地訪問

「震災から5年」企画の取材で宮城へ。

2月9日(火)

東京駅12:20発JR新幹線はやぶさ19号→仙台13:52着。

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迎えに来ていた車(トヨタエスティマ)で塩釜市へ。

仮設商店街に入居して約4年間営業を続けたあと、昨年暮れに元の所在地に店舗兼工場を新築したせんべい屋さんを取材。津波で元の店舗兼工場兼住宅が全壊、一家途方に暮れたが、90代の店主の味を守りたいと考える30代の孫の思いに、店主も元気を取り戻し、二人で力を合わせて仮設商店街で商売を再開、新店舗を夢見て営業を続けてきたという。

仮設店舗では作れなかった南部せんべいを新店舗のせんべい焼き機で祖父に教わりながら焼く孫。「天候や温度、湿度で焼き具合が微妙に変わるので、爺さんの味を自分だけで出せるようになるのはいつのことやら。爺さんは研究熱心で、今でも毎日、ノートにメモを書きながらせんべいづくりをしているんです」という。

東塩釜駅近くの小さなせんべい店に幸多かれと願う。

仙台に戻り、アパヴィラホテルに泊まる。

朝9:00トヨタエスティマで南三陸町へ。有名な「防災庁舎の悲劇」に象徴されるように震災の被害が大きかった町の一つだ。

同町の志津川にある仮設商店街「南三陸さんさん商店街」に到着し、中に入る前に、商店街入り口付近にあるしゃれたトイレに寄ると、「JR東日本 志津川駅」と書いてある。

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ん? 駅? 線路がないじゃん? 中を見ると、うら若き女性がJR東日本の制服を着て掃除をしており、普通の駅と変わらない切符売り場もある。中に入ってくだんの駅員に聞くと、BRT(高速バス輸送システム)の駅舎なんだそうだ。三陸沿岸の被災した鉄道がBRTで復活したということは聞いていたが、実際に駅舎を見るのはこれが初めてだった。

んで商店街へ。

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なんか、昔良く見たマカロニウェスタンに登場する砂漠だか草原地帯だかの真ん中に出現する町みたい。

でも、取材した笹かまぼこ店の社長は明るくて気さくで元気。初代組合長として商店街の仲間を引っ張り、全国に情報発信してきた。その甲斐あって、天皇陛下ご夫妻も安倍総理も吉永小百合もEXILEもやってきた。

内陸に設けた仮設工場での生産・卸業を中心に商売のほうもほぼ震災前の水準に戻したようで、本格的な工場建設計画も持ち上がっているという。社長自身はまだ仮設住宅住まいだというが、持ち前の明るさで頑張ってほしい。

仙台へ向かう途中の高速のPAで昼飯。三陸マグロとわかめ丼。うめぇ。

仙台市内でもう1件取材をこなし、仙台駅18:19発はやぶさ104号で帰宅。

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