書籍・雑誌

2018年3月24日 (土)

青空文庫に親しむ若者

朝一番で床屋へ。

床屋はほぼ1.5カ月に1度の割合で通っている。

きょうも徒歩で川の渡り石を使って向こう岸に出るショートカットコースを目指して出発。ところが、渡り石の付近まで行ってみると、いつもよりも水嵩が増していて、渡り石の上に水が流れている。後で床屋の若マスターに聞いてわかったのだが、昨夜の8時過ぎから雨が降ったらしい。前回、水が少しかぶっている石の上を強行突破して、靴の中に水が入り、帰宅するまで足の部分が気持ち悪いままだったときよりも、さらに石の上に流れている水が多いので、渡り石を渡るのをあきらめ、ずいぶん歩いた先にある橋を渡っていくことにした。

遠回りしたせいで、早歩きしたこともあり、春のポカポカ陽気も手伝って、ダウンジャケット姿のおらは床屋に到着したころには汗びっしょり。

カット&顔剃りのスタンダードに、オプションとしていつもの顔エステに加え、きょうは特別に頭皮マッサージも追加。正式な名称は忘れたが、頭がスースーするトニックのような液体を塗って、念入りにマッサージしてくれる。気持ちい~い。締めて総額5015円(税込)。平日に行けば60歳以上は1000円割り引いてくれるのだが、今の会社に勤めるようになってからはめったに平日には行けなくなった。

顔剃りと顔エステの部分は、20代前半と思しきいちばん若い兄ちゃんが担当してくれるのだが、この兄ちゃん、2年近く前におらが「青空文庫」のことを教えてあげてから相当な読書家になったようで、きょうも向こうからその話をしてきた。

聞けば、青空文庫にある太宰治をすべて読破。今は芥川龍之介を読み始めたところだという。

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青空文庫には現時点で太宰治の作品が272編ある。同じ作品でも新字と旧字のものがあり、それぞれ1編と勘定しているので、それを相殺しても250編ほどにはなるだろう。太宰は短編のものばかりとはいえ、1年半ほどで読破してしまうとは大した読書家だ。しかも、それまで太宰の存在すら知らなったというよりも、読書そのものに興味がなかったというから、青空文庫の存在とそしてそれを知らしめたおらの存在も彼の人生にとってはそれなりに意味あるものだろう。

芥川龍之介も短編ばかりだから、きっと読破してしまうだろう。

彼に青空文庫の存在を教えてあげたのは、『火花』で芥川賞を受賞したお笑い芸人の又吉直樹が太宰治ファンだという話題がきっかけだ。その後、床屋にいったときに青空文庫で太宰の『人間失格』を3回も読んだという話は聞いていたが、全作品を読破するまでのめりこんでいたとは知らなかった。

ああそうか。火花→又吉直樹→太宰治→芥川賞→芥川龍之介という連想なわけだと納得。こりゃ、そのうちこの兄ちゃんも筆を執り始め、ゆくゆくは芥川賞作家になるかもしれんぞ。

そんなことを思いつつ、きょうは、おらの青空文庫の楽しみ方を教えてあげた。

おらのiPad miniには青空文庫をダウンロード&読書するためのアプリが3種類ある。「i文庫HD」「neo文庫」「iBooks」だ。

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上のホーム画面の一番上の列の左端が「フェイスブック」で、その右側にある3つのアプリが「青空文庫」専用。

この3つのアプリに別々の作品をダウンロードして読書中にしておくと、いつでも一つの作品に飽きたり、気分を変えたりしたくなったら、すぐに別の作品の読みかけのページを開くことかできるというわけだ。

例えば、今は「i文庫HD」で島崎藤村の『夜明け前』を読んでいるが、長編小説なので、電車に乗っている時間が短いときなどにはあまり開く気にならない。そこで、「neo文庫」で『宮澤賢治詩集』を読む。あるいは「iBooks」で『日本国憲法』を確認するといった使い方だ。

床屋の兄ちゃんは「なるほど、それいいですね」と感心していたが、口だけで説明したので、その便利さがどれほど伝わったかはわからない。

次に床屋に行ったとき、芥川という作家に対し、どんな感想を聞かせてくれるのか。彼の読書人としての成長が楽しみだ。

2017年3月 9日 (木)

村田沙耶香「コンビニ人間」読了

今朝はいい天気で富士山がよく見えた。

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キリリとした白装束姿もそういつまでも見られるものではない。冬の澄みわたっていた空気が春の訪れとともに次第に暖められて、かすんでくると富士の雄姿もぼんやりとしてくる。

てなことを考えながら、電車に乗り、いつものようにiPad miniで日経新聞を開くと、こんな特集記事が載っていた。

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今年の日経小説大賞が決まったそうで、授賞式とその後の受賞者と審査員による座談会の様子が収録されている記事だ。初めてそのことを知ったのだが、記事を読んでみて『姥捨て山繁盛記』という作品で受賞した太田俊明という人に大いに興味を持った。

1953年生まれというからおらと同い年。東大野球部の遊撃手として東京六大学野球で活躍していたというから、今後作家生活に入るうえでもスター性は十分。総合商社やテレビ局に勤務したあと定年退職してから、小説を書き始めたという。昨年、奥さんを亡くしたそうだ。

授賞式後の座談会では、会場に来ていた東大野球部の同僚が「学生時代は女性にもてた」と明かすと、審査員の一人の伊集院静が「女にもてたという後輩ができて、私は肩の荷が下りた」と受けるなど、ウィットに富んだやりとりが見られたようだ。おそらく1時間以上はかけただろう座談会を新聞1㌻10段程度でまとめるのは大変苦労する作業なのだが、こういう部分を削らずに残せる記者のセンスが良い。

そのうち単行本が出るというから、うちの近くの図書館に入ったら借りてみようかな。

図書館といえば、まだ山岡荘八著『豊臣秀吉(8)』を読んでいる最中なんだが、ふと芥川賞受賞作が載っている『文藝春秋』2016年9月号がダウンロードしたままになっているのを思い出し、電車の中で日経に続いて同誌を開いた。

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村田沙耶香著『コンビニ人間』。

芥川賞なんて最近はとんと読んだことがないが、コンビニで働く人の生態が活写されていると聞いて、なんとなく読んでみたくなったのだ。

若い頃は、よくこの芥川賞受賞作を読んでいて、1964年の柴田翔著『されどわれらが日々-』から1977年の池田満寿夫著『エーゲ海に捧ぐ』までは欠かさず読んだ。だけどいまだに印象に残り、内容や断片的なシーンも覚えているのは1969年の庄司薫著『赤頭巾ちゃん気をつけて』ぐらいだ。

ちょうど東大安田講堂事件があった年で、おらはど田舎の山の中の高校生。小説の主人公は都会のエリート高生で、われとわが身に比べてその暮らしぶりや思考法の違いに驚き、「東京の高校生は進んでいるんだなぁ」と大いに感心。学生運動の何たるかを深く考えることもなく、文化祭のファイヤーストームでヘルメットをかぶりタオルをマスクにして、奇声を発しながら火の周りを南の島の土人のように飛び跳ねていた自分を恥じたものだ。

映画も観た。映画界のドンと言われた東映の岡田茂社長の息子の岡田裕介が主人公役で俳優デビュー。小説のイメージに比べて、いまいち知性が感じられない舌足らずなしゃべり方でかっがりしたが、都会っ子ぽいナヨッとした感じは出ていた。その俳優が今や東映の会長さんなんだから、時の移り変わりというものに思いを馳せずにはいられない。この間、彼自身にもさまざまな出来事があったことだろう。

実は、文春の2015年9月号もダウンロードしてある。お笑い芸人の又吉直樹の受賞作が載っているやつだ。又吉氏が太宰治ファンだと聞いて、どんな作品を書いたのだろうと興味が湧いたのだ。だが、いまだに開いてない。

んで、通勤電車の行き帰りと昼休みの時間を使って読み終えた『コンビニ人間』の感想。

いわゆる精神が病んでいる人を主人公にするのはずるいし、リアリティーを欠く。異常な人ではなく、こういう人は普通にいると評した審査員もいるが、読んだ限りではそうは思えない。普通の人の感覚と少し異なる感覚を表現するために、精神障害的な人物を登場させる小説ってけっこう多くて、村上春樹もその気があるが、そういうのは反則手だと思う。

しかもそういう創りものっぽい人物を登場させているせいでディテールにもリアリティーを欠いてしまう。最初のほうの小学生の女の子(主人公)が授業中の女性教師のスカートとパンツを一気に脱がしてしまったという話が出てくるが、これは絶対無理だと思う。奇想奇天烈なシーンが多いアダルトビデオにだってそんなシーンはない。何人ものアダルトビデオ監督がそういうシーンを発想したのではないかと思うが、実際に役者にやらせてみて不可能だとわかったのだろう。それをしれっとあったことのように書いてしまうのはいかがなものか。

もっとも、コンビニで働く人の生態は確かに活き活きと描かれていて、こちらはリアリティー十分。こんな風なことを考えながら働いているんだろうなぁと共感できる。

コンビニでのバイトを検討している人にはお勧めの小説である。

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