出張

2017年7月 6日 (木)

ウォーキングin大阪⁉

きのうの午後から久々に大阪出張(^^)/

15:50東京駅発のぞみ117号で新大阪へ。九州とかの豪雨の影響も及ばず予定通り18:23着。御堂筋線に乗り替えて淀屋橋駅下車。

昔の仲間たちが始めた新雑誌の創刊に参加、初の編集会議兼ゲラ校正をやるための出張だったが、スマホのヤフーマップさえあれば初めてのオフィスでも楽々とたどり着ける。ありがたやありがたや。

2時間ほど会議をして、徒歩10分ほどのところにある北浜の豚しゃぶ専門店「豚匠」で打ち上げ。ポン酢のほかに、すりごまを振りかけたかつおだしでも味わうのだが、これがけっこういける。知らず知らずのうちに冷酒が進んだ。

21時過ぎに解散、アパホテル大阪天満へ。大浴場で汗を流して熟睡。

今朝は7時に起床。さっそく大浴場で朝風呂を浴び、朝食を済ませてのんびりしていたら9時。10時にホテルエルセラーン大阪で昔の会社の先輩と落ち合う約束になっているが、まだ早いので、歩いていくことに。ヤフーマップで調べると、同じ北区内だが歩きだと40分くらいかかる。ちょうどいいやってんで出発。

ホテルエルセラーン大阪に9:50着。先輩はちょっと遅れると連絡があった後、10:05到着。11:30解散。

近くの中華料理屋に1人で入り、生ビール中ジョッキ+冷麺で腹を満たす。んじゃ、帰ろうかと思ったがまだ陽が高い。それに、このところの体重増加が気にかかる。酒宴が続いていて、60kg近くまでリバウンド状態なのだ。アルコールのカロリーの高さに改めて恐れ入る日々である。

んなこともあって、もうちょっと歩こうと思い、大阪城までならどうかとまたまたヤフーマップで調べると、1時間10分で行けると出た。ちょうどいいかと出発。

考えてみたら、大阪には何度も来ているが、確か大阪城は30年以上も前に1度訪れただけだ。吉川英治の『新書太閤記』と山岡荘八の『豊臣秀吉』を読んで間もないので、そこそこ興味もある。

お腹をグッとへこませて歩きに歩いたがとにかく暑い。汗が半端なく出る。途中でコンビニにより、水分補給しながらなんとか到着。京橋口から入城。

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エレベーターもあるが、当然、階段を選ぶ。

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最上階からの眺め。

まぁ、徳川家康による大坂城再建で、豊臣秀吉時代の大坂城の痕跡は跡形も残っていないのだという。で、今の鉄筋コンクリートの天守閣は昭和6年に復興されたものだという。

天守閣の中の展示はなかなか見どころがあった。だけど、見物人のほとんどは中国人か韓国人で、たまに西洋人。平日のためか日本人を見つけるのは大変なくらいだった。それにしても、中国人はなんでみんなメガネをかけているのだろう。また韓国人の女性はなんでみんな真っ赤な口紅と太めの眉毛にしているのだうか。


天守閣に行こうと、内堀の外側を歩いているときに、中国人のおっさんがものすごい早口でオラに話しかけてきた。当然、中国語なので何を言っているのかさっぱりわからない。中国語で聞かれて、「アイ・ドント・ノー」と英語で答えるのも変だしと、とまどっていると、怪訝そうな顔をしてどこかに行ってしまった。メガネをかけていないのに中国人と間違われたのだろうか?

天守閣から降りてきて、広場のお店でかき氷を注文。氷はめいっぱいよそってくれるのだが、いちごシロップは少しだけなので、後半はほとんどただの氷を食べている感じに。うまくねぇ~!!!

青屋門から出て、大阪城公園駅から新大阪へ向かう。

新大阪14:50発ののぞみ232号で東京へ。

できて間もない出版社なので、旅費は自由席ぶんしか出ないが、自由席でも十分余裕で座れることがわかった。行きも帰りも1~3号車が自由席だったが、いちばん端の1号車が最も空いていることも発見した。往復とも1号車の一番前の席で、備え付けのコンセントにアダプターを差し込んでスマホを充電しながら車内wifiでアマゾンミュージックを聴きながら読書を楽しんだ。

ただ、冷房が効きすぎで寒い。大阪城までの歩行でめっちゃ汗をかいたのが、新幹線の中では上着を着たまま。なんだか風邪をひきそうだった。

17:23東京駅着。

家に着くまでに再び汗をかいて、なんだか気持ち悪い。帰宅してさっそく風呂に。裸になって、体重体組成計に乗ると、体重は酒の飲み過ぎで59.55kgと高めだが、体脂肪率は14.9まで低下。内臓脂肪レベルも10.5とおらの何度目かの最低レベル。やったぁ!!!

起床直後のいわゆる公式記録ではないが、旅行で朝は測れなかったので、この記録をカウントしておくことにした。

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体重(青色)はこのところ横ばい傾向だが、内臓脂肪レベル(黄色)は順調に低下している感じだ。

上は半年間のグラフ。3カ月だとこんな感じ。

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さて、本日の歩数は2万262歩、14km強。

2017年2月18日 (土)

銚子から成田へ

朝、目覚めると、なぜか千葉・銚子のビジネスホテルのベッドの上だった。
 
てな小説チックなことが起こるわけはなく、昨日から仕事仲間とともにマイクロバスで千葉一帯に出張に行ってきたのだ。
 
朝8:30銚子プラザホテルを出発。銚子港、銚子銀座など周辺をざっと観光してから西へ進み、香取市へ。メーンストリームでひと仕事を終え、「小江戸」と自称している旧い商家が立ち並ぶ街、香取市佐原へ。
 
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マイクロバスから降りて、江戸情緒あふれる街並みを散策。
 
ところが、折りからの春一番が巻き起こす砂嵐で、おちおち目も開けておられない状況。
 
八街の砂ぼこり、別名「やちぼこり」と呼ばれる名にし負う砂嵐なんだそうだ。香取市の南西に位置する八街市は落花生の名産地。その落花生畑の乾いた砂が海抜500m以上の山が一つもない千葉県の広い関東平野に吹き荒れる春一番の南風に乗って襲ってくるのだという。ひどい時は1m前方も見えないくらいに視界が遮られるそうだ。
 
それでも、目を傷めないように砂ぼこりを避けながら街並み観光。
 
「佐原町並み交流館」という資料館に入ると、さまざまな史料が並んでいた。
 
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旧い商家の模型は、本物が現存するものばかりだ。
 
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佐原には香取神宮と諏訪神社という2つの神社があり、それぞれの祭りである夏祭りと秋まつりに3日ずつ山車が出る。今年は、昭和の日の4月29日に両方の神社の山車がいっぺんに登場して町内を練り歩くイベントを行うそうだ。
 
そんなこんなで、観光に力を入れていて、最近は外国人観光客も増えているそうだ。ただ、西側に位置する銚子の犬吠埼や東側に位置する成田山などへの観光のついでに立ち寄る客が多いそうで、宿泊滞在型の観光客は少なく、ちゃんとしたホテルもないのだという。
 
そんなわけで、われわれも一路成田山へ。
 
途中、成田山といえば「川豊」ということらしく、うなぎ屋の「川豊西口館」へ。
 
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「大上うな重」をいただく。
 
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うなぎなんて今年初めて。初うなぎ。しかも、こんな立派なうな重を食べるの生まれて初めて(たぶん)。もちろん、自腹ではありましぇ~ん。
 
ダイエット中のことなぞついぞ忘れて、1.5人前にも思えるほどのたっぷりのお重を完食。
シーハッ。
 
再びマイクロバスに乗って、いよいよ成田駅に到着。
 
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駅前でバスを降りて、成田山への参道を20分ほどブラブラ歩く。
 
参道の途中に、さきほどうなぎを食べた「川豊」の本店があった。
 
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店先で板さんが仕込みをしている。
 
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こりゃ、腹が減ってたら誘われちゃうよなぁ。
 
ちなみに、この川豊の隣もその隣もうなぎ屋。成田山名物といえば、うなぎに漬物に羊羹らしい。
 
いよいよ成田山新勝寺に到着。
 
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総門をくぐって階段を昇り、右手にある手水舎で両手と口を清め、正面の仁王門をくぐる。
 
仁王門の中央にある赤い大きな提灯に書かれている「夢の゛し」って何のことだ? と千葉県内在住の同行者に聞くと、「夢の゛し」ではなく、「魚がし」と書いてあるんだと。なぁんだ魚河岸って、夢がねぇなぁ。
 
と思いつつ、大本堂で「家内安全、交通安全、商売繁盛、宝籤大当選」を丁重に祈願。
 
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自動販売機でおみくじ(百円)を買うと、「吉」だった。「財運」は、最初は思う通りに行かないが、最後は望み通りの財産を手に入れられるという。一応、トランプ米大統領並みのリゾート地を持ちたいものだと思っているのだが…。
 
境内に掛けられている絵馬は国際色豊か。
 
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続いて、開運厄除けの釈迦堂
 
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恋愛成就の光明堂
 
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さらにその奥の平和の大塔に鎮座おわします不動明王(撮影禁止)にも、
大本堂で祈願したのと以下同文で祈願。
 
たとえ最初はうまくいかなくとも最後には望み通りに願いが叶うというご託宣を信じて、成田山を後にした。
 

2016年3月 6日 (日)

京都・和歌山に遊ぶ㊦

3月1日(火) 旅の空の下で誕生日を迎える。とりたてて感慨はなし。

取材のアポは午後4時、ホテルのチェックアウトは午前11時ということで、ゆっくりと起床。ほぼ独占状態の大浴場での~んびり朝風呂を浸かり、朝食を済ませて午前10:30出発。

まずはホテルの前の駅前通りをまっすぐ駅と反対方面に20分ほど歩いて和歌山城へ。

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お濠を渡ってからかなり急な坂を上がっていく。けっこう息切れする。

あんまり観光客が来ないのだろうか。キャリーバッグをどこかに預けたいのだが、コインロッカーらしきものがない。結局、入館料(410円)を支払うボックスの中にいたおじさんが、「預かりましょうか?」と声をかけてくれたので、お任せした。ボックスの脇の戸を開けて、バッグを中に入れてくれたが、引き換え券みたいなものは一切なし。返却時にはどうやって確認するのだろうか? ちゃんと顔を覚えてくれただろうか?と不安を覚えつつ、天守閣の中へ。

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天守閣から和歌山湾を展望。紀州徳川家は尾張、水戸と並ぶ徳川御三家の一つで、八代将軍吉宗を輩出していることで有名だが、今年はその吉宗公の将軍就任300周年にあたるのだそうで、まずはめでたしめでたし。

この城は連立式天守閣といって、大天守と小天守の間を門や櫓がぐるっと取り巻いていて外に出ることなく巡っていける。んで、ぐるっと一周して外へ。帰りに入館料を支払うボックスに寄ると、さっきのおじさんではなく別のおばさんに交代していた。でも、キャリーバッグはすんなり返却してくれた。ほかに荷物を預けた人はいないのかなぁ?

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御橋廊下を渡って西之丸庭園へ。この橋の窓から眺める天守閣は〝日本一〟と、この橋を作った殿様が自画自賛したとか。

近くのミニ歴史博物館で、展示物を見学。この城内の端っこにあるミニ博物館の入館料は天守閣の入館料の中に含まれているので、天守閣に入るときにもらったチケットを見せればいい。

ミニ博物館は「わかやま歴史館」という名称で、紀州徳川家が代々所有したという金属製の印章「獅子紐印」が目玉かな。同博物館から出ると、もう午後2時近い。どっかで昼飯を食おうと思って、ふと横の電柱をみたら、和歌山市役所14階のレストランを宣伝するポスターが目についた。市役所といえばすぐ目の前。道路の向こう側だ。

さっそく市役所14階へ。

レストランはビュッフェ方式。1300円ほど前払いで払って、勝手に好きな物を食べる。

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ついつい、多めにとりがちになる。だけど、これはっという旨いもんはない。みんなどれも並みの味。1300円だすなら、何か1品に絞ったほうがきっと旨いもんを食べられるに違いない。ラーメンとかかつ丼とか。ただ、デザートは結構いけた。なんしろ、ソフトクリームまである。もちろん食べ放題。といっても、1人前しか食べなかったけど…。

レストランの窓から向かい側のお城を眺められる。

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んで、お城をはさんで市役所の反対側にある「和歌山近代美術館」へ。

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ここは見応えのある美術館だった。ちょうど「宇佐美圭司回顧展 絵画のロゴス」という企画展をやっていて、こちらも大作ばかりがズラリと並んでいて迫力十分。入場料は510円。

美術館の隣には博物館もあるのだが、アポの時間が迫っていたので見学はあきらめた。

仕事を終わって広島駅に着いたら18:30。和歌山ではバスにもタクシーにも乗らず、一日中ずっと徒歩で通した。駅のみどりの窓口へ行き、「東京までいちばん早いやつで」と切符を注文。提案された電車で帰京。

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和歌山駅18:51発JR特急くろしお30号→新大阪駅19:50着

新大阪駅20:03発JR新幹線のぞみ56号→東京駅着22:33

歩数計1万9733歩。

京都・和歌山に遊ぶ㊤

2月29日(月)に京都で丸一日仕事をし、その足で翌3月1日(火)に和歌山で1件取材するという仕事が入ったので、前日の2月28日(日)から京都に入り、ちょっとした観光をすることにした。来月から職場が変わるため、そうちょくちょくと出張旅行には行けなくなるだろうから、楽しめるだけ楽しんでおこうという気持ちもあった。

2月28日(日) 東京駅10:10発JR新幹線のぞみ23号→京都駅12:25着

京都駅から徒歩5分のアパホテル京都駅堀川通(朝食付6100円)に荷物を預け、京都駅前に戻って市営バスの切符売り場で周遊チケット500円を購入。早速、清水寺に向かう。

五条坂でバスを降りると、参道はもう人人人の波だから道に迷うことはない。

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京都の町を着物で歩くことが近年の若い衆の間で流行っているのか、やたらに着物姿が多い。レンタル屋さんも大繁盛なんだろうなぁ。

松風や音羽の滝の清水をむすぶ心はすゞしかるらん 芭蕉

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まず仁王門が見えてくる。右上が西門、その裏が三重塔。さらに経堂、開山堂などを越えて進むとあの有名な清水の舞台がある本堂に至る。

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清水の舞台。下を眺めるとこんな感じ↓

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本堂のすぐ隣に立つ地主神社。縁結びの神との縁を必要としていないのでパス。

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奥の院から帰り道に入る途中で清水の舞台を眺めるとこんな感じ。

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なんか京都っぽいアングルになる。

次は参道を産寧坂(三年坂)から二寧坂(二年坂)へと進む。

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途中、西尾八ッ橋清水店というところで昼食。「京のとろ湯葉丼」(1000円)というのを生まれて初めていただく。

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「とろ~り生湯葉をたっぷりのせて鶏肉そぼろ、人参とジャガイモのすり流しと葛の餡かけであっさり仕上げたおなかにやさしい丼」というのがうたい文句。ごはんはおこわで銀杏ものっている。デザートに生八ッ橋「あんなま」付。

味はまあまあって感じ。病みつきになる味ではない。

二寧坂を抜けると大通りに出て向かいは高台寺、右の坂を上ると京都霊山護国神社。

とりあえず左手に大仏を眺めながら護国神社に向かった。

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お目当てはこれ。坂本龍馬の墓(左)。近江屋事件でともに維新の露と消えた中岡慎太郎の墓と並んで建てられている。2人の銅像も。

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ここには幕末維新の志士1300余柱が祀られていて、ずっと上のほうまで墓がいくつも建てられている。いちばん上には木戸孝允の墓があるそうだが、もうこれ以上昇る気力がなかった。

昭和の杜という太平洋戦争の慰霊碑を抜けると、「幕末維新ミュージアム・霊山歴史館」というのがあったので、ざっと見て回る(入場料700円)。

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坂を下って、今度は高台寺へ。拝観料は近所の「掌美術館」の入場料も兼ねて600円だが、ここはそれなりの価値があった。

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寺を出て参道へ。

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舞子さん!

こっからすぐ近くの八坂神社へ。

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正月に地元の神社でその神社のお札と伊勢神宮の大麻を買ったが、神棚の3つ目のお札を入れる場所が空いたままだったので、ここでお札を買うことにしたのだ。

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境内には屋台が…。

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カニカマの串焼きがうまそうで、つい買っちゃった。400円。

こっからバスで京都駅に戻るともう夕飯時。バスは往復の2回乗って240×2=480円。それを500円の周遊チケットで払ったから差し引き20円の損。なんてこった。

京都駅に着いて、さあ、夕飯は何にしようか、京ラーメンが食いてぇなぁ、いやいや海鮮丼もいいなぁなんて考えてたら、地下街にラーメンと海鮮丼のセットを売っている店があった(笑)。

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1300円(+消費税?)。生ビールも注文。シナチクとキムチは近くのテーブルから好きなだけとれるという仕組みだったが、とらなんだ。

スマホの歩数計は1万9717歩。

2月29日(月) 朝9:00ホテルを出て、四条駅近くのホールで取材。

昼飯時に外出し、錦市場商店街、新京極あたりをぶらつく。

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六角堂をお参りして仕事場に帰着。

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夕方5時過ぎに仕事終了。

烏丸駅17:41発阪急京都本線快速急行→梅田駅18:24着

大阪駅19:27発JR大阪環状線内回り→天王寺駅19:52発JR阪和線快速→和歌山駅20:55着

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1年3カ月ぶりの和歌山である。

前回はトホホの日帰り旅行だったが、今回は宿泊付。つまり生まれて初めての和歌山泊まり~ぃ。てなわけで、駅の近くの居酒屋へ。

入り口を入ってすぐに大きな円形のカウンターがあるので、いそいそと座ると、中のおばちゃんが「寒いからもっと中にお入り」と声をかけてくる。確かに、京都の昼間はポカポカ陽気だったのに、夕方から急に冷え込んだ。おばちゃんによると、和歌山でもこんな寒さは珍しく、寒気団が来ているせいだという。

目の前の大きな網焼き器に「貝」だの「エビ」だの書いてあるので、アワビはちょっと手が届かないだろうけど、ハマグリでも食らうかと思って、「焼き物は何があるの?」と聞くと、「ぜ~んぶ終わっちゃった。あっ、イカが2枚だけ残っている」とおばちゃん。がっくりしつつ、イカを焼いてもらう。

聞けば、午後10時で閉店なんだって。田舎の夜は短い。あとおでんのタマゴと牛スジを各1本、アジの刺身を注文。生ビールと地酒の熱燗を飲んで、仕上げにお茶漬け。締めて2800円ほど。

宿は「紀州の湯 ドーミーインPREMIUM和歌山」 京都のアパホテルよりも同じ朝食付きで1290円高い7390円。そのぶん、部屋も大浴場も立派でした。

歩数計は1万2951歩。

2016年2月16日 (火)

震災から5年企画第2弾

仙台前泊。

朝8:00に車で宮城県女川町へ出発。被災率№1という町である。

1時間半ほどで女川町到着。

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まず、仮設商店街「きぼうの鐘商店街」を取材。

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旧女川高校のグラウンドに建てられた。人影はまばら。あと1年ほどで設置期限を迎える。

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「きぼうの鐘」。もとはJR女川駅前広場にあったからくり時計の4つの鐘の1つ。土台だけを残してきれいさっぱり津波にさらわれた駅舎跡から奇跡的に見つかった。女川の人たちの再起への思いを込めて「きぼうの鐘」と名付けられた。

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その駅舎が見事に再建された。「ゆぽっぽJR女川駅」と言って、2、3階は温泉。駅入り口の前には足湯も。

駅舎3階から海辺を臨むと…

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美しいプロムナード。昨年12月に完成、オープンした女川駅前商店街だ。今の季節、真正面の位置に日の出が上がるという。中央の通りが車が通れないにもかかわらず広いのは、3.11並の津波が再度襲来した際に逃げやすくするためだという。

案内してくれた地元の人は、3.11で4階建てのビルの屋上に設置されている給水塔にしがみつき天から黒い雪、足元から海水が迫る中で、一夜を明かしたという。もう1人は、奥さんの祖父が行方不明のままだ。「ここの人はみんな似たような境遇にありますから(笑)」。
 

2016年2月11日 (木)

震災から5年ということで被災地訪問

「震災から5年」企画の取材で宮城へ。

2月9日(火)

東京駅12:20発JR新幹線はやぶさ19号→仙台13:52着。

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迎えに来ていた車(トヨタエスティマ)で塩釜市へ。

仮設商店街に入居して約4年間営業を続けたあと、昨年暮れに元の所在地に店舗兼工場を新築したせんべい屋さんを取材。津波で元の店舗兼工場兼住宅が全壊、一家途方に暮れたが、90代の店主の味を守りたいと考える30代の孫の思いに、店主も元気を取り戻し、二人で力を合わせて仮設商店街で商売を再開、新店舗を夢見て営業を続けてきたという。

仮設店舗では作れなかった南部せんべいを新店舗のせんべい焼き機で祖父に教わりながら焼く孫。「天候や温度、湿度で焼き具合が微妙に変わるので、爺さんの味を自分だけで出せるようになるのはいつのことやら。爺さんは研究熱心で、今でも毎日、ノートにメモを書きながらせんべいづくりをしているんです」という。

東塩釜駅近くの小さなせんべい店に幸多かれと願う。

仙台に戻り、アパヴィラホテルに泊まる。

朝9:00トヨタエスティマで南三陸町へ。有名な「防災庁舎の悲劇」に象徴されるように震災の被害が大きかった町の一つだ。

同町の志津川にある仮設商店街「南三陸さんさん商店街」に到着し、中に入る前に、商店街入り口付近にあるしゃれたトイレに寄ると、「JR東日本 志津川駅」と書いてある。

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ん? 駅? 線路がないじゃん? 中を見ると、うら若き女性がJR東日本の制服を着て掃除をしており、普通の駅と変わらない切符売り場もある。中に入ってくだんの駅員に聞くと、BRT(高速バス輸送システム)の駅舎なんだそうだ。三陸沿岸の被災した鉄道がBRTで復活したということは聞いていたが、実際に駅舎を見るのはこれが初めてだった。

んで商店街へ。

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なんか、昔良く見たマカロニウェスタンに登場する砂漠だか草原地帯だかの真ん中に出現する町みたい。

でも、取材した笹かまぼこ店の社長は明るくて気さくで元気。初代組合長として商店街の仲間を引っ張り、全国に情報発信してきた。その甲斐あって、天皇陛下ご夫妻も安倍総理も吉永小百合もEXILEもやってきた。

内陸に設けた仮設工場での生産・卸業を中心に商売のほうもほぼ震災前の水準に戻したようで、本格的な工場建設計画も持ち上がっているという。社長自身はまだ仮設住宅住まいだというが、持ち前の明るさで頑張ってほしい。

仙台へ向かう途中の高速のPAで昼飯。三陸マグロとわかめ丼。うめぇ。

仙台市内でもう1件取材をこなし、仙台駅18:19発はやぶさ104号で帰宅。

2016年1月 4日 (月)

仕事始めは日帰り出張

新潟市と新発田市に挟まれた聖籠町というところにある某メーカーを取材するため午後から新幹線で新潟へ。

13:32東京発Maxとき327号に乗車。晴れ。

越後湯沢辺りからの雪景色に期待したんだが、列車から見えるゲレンデはなんだか寂しげ…というか雪がぜんぜん足りん(-_-;) スキー客もいない(*_*)

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燕三条辺りまで行くと雪がなくなっちゃった💦

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15:44新潟着。曇り。

迎えに来てくれた会社の人に話を聞くと、今年の新潟は暖冬なんだそうだ。

聖籠町の某メーカーの社長に取材。昔、えらい坊さんがこの地にやってきて山に篭って修業したことからこの名がついたのだそうだ。

17:30頃に取材を終えて外に出るとすでに陽は落ちて真っ暗。

18:20頃新潟駅着。

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駅前にはイルミネーションが…。

会社の人と別れ、駅ビルの中の「蕎麦 きやり」という店で食事。

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鮭といくらの親子ちらしとそばのセット。生ビールも含めて2000円ちょっと。出張の日当を当てにしてちょっぴり奮発。

17:22新潟発Maxとき338号で帰京。

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お土産。

2015年10月15日 (木)

越前朝倉氏の城下町を訪ねる

北陸新幹線に初めて乗って13日(火)に金沢で一泊し、14日(水)に福井で午前1件、午後1件の取材の合間に、朝倉氏遺跡のある一乗谷まで足を延ばした。

福井駅から車で30分程度で一乗谷に着く。これぞ「日本のふるさと」という山間の風景の中を奥へ奥へと走っていくと、周りに遺跡の発掘跡を保存してある場所が散見しだす。

さらに奥まで行くと、休憩室なとがある管理棟が出現。そこで入場料210円を払って城下町の復元地域へ。

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職人の家が並ぶ庶民の町屋↑や武家屋敷↓などを観ながらぶらぶら進む。

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医者の家の裏庭には井戸も↓

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道路を挟んで向こう側はお殿様のお館が広がる。

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この奥には朝倉義景や孝景の墓、義景の母の居館跡などが散在しており、さらにずっと上のほうまで樹木が生い茂る山を登っていくと一の丸、二の丸、三の丸、千畳敷や神社などから成る城跡があるらしい。残念ながら時間がなくて行けなかった。

管理棟でもらった地図をみると、足羽川から山道に入る場所に巨大な石で門が築かれており、そこから山間に一本の長細い線が続く。その線全体が城下町だ。まさに谷が城下町になっている。

朝倉の殿様たちはこんなど田舎でのびのびと馬を駈け巡らせながら青春時代を送っとったのかぁとしみじみ思いを馳せてみる。5代103年間続いた栄華は、むなしくも織田信長の手で灰燼に帰されてしまったのである。

いつの日か紅葉の盛りに来て、一日ゆっくりと時間をかけて散策してみたい場所だ。

帰りに踏み切りで待っていると、恐竜のゆるキャラが描かれた1両の列車が走ってきて、足羽川にかかる鉄橋を渡っていった。

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福井は「恐竜王国」なんだそうである。

駅にもいた↓

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2015年4月21日 (火)

ホッハイホ~♪

きのう、きょうと北海道出張に行ってきた。

北海道は久しぶり。いつ以来だろうと考えてみたら14、15年ぶり4度目というところ。すべて仕事で、1泊2日と余裕のない旅。訪れた町も札幌、室蘭、登別、釧路と新千歳空港の近場ばかりだ。んで、今回も同空港の周辺で、観光はゼロ。会社のプロパー職員と一緒だ。

きのうの朝10:15羽田発ANA4719便(エア・ドゥ機)に乗り、11:45新千歳空港着。迎えを待つ間に空港内のラーメン屋ばかりいくつも軒を並べているところで、さっそく北海道っちゃあこれしかないじゃろということでサッポロ・ラーメンをいただく。

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まぁ、フツーのサッポロ・みそラーメン。イメージしたものよりややみそ味が薄目。んで、職員がふと近くのテーブルをみると、なんと奇遇なことに、われわれを迎えに来た北海道支社の4人組がひたすらラーメンを食べているのを見つけた。まぁ、お互いに探す手間が省けたってんで、そのままクルマへ。

目的地は空港から20分ほどの恵庭市。ここで某企業を取材。

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ひと仕事終えて、恵庭駅で2人がクルマを降り、お別れ。一路札幌へ。続いて札幌市内でも取材するはずが相手が身内に不幸があったとかでキャンセルになり、んじゃってんでホテルにチェックインしたあと宴会。クルマで札幌まで一緒に来た北海道支社の2人は出席できないってんで、わけわかんねぇ~と思っていたら、北海道支社の別の3人が来た。同行した職員は2年前まで同支社にいたので、みんな仲間っちゃあ仲間なのだ。

んで店は、小雨が降る中、札幌駅から地下道で行ける「とれたて根室港」。

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店名からものすご~く美味いもんが食えるのではと期待したんだが、たいしたことはなかった。2時間飲み放題のあと、解散。1人ですすきのに行き、またまたサッポロ・ラーメンを食べたが、満足度はいまいち。食べもん的には煮え切らないまま初日を終えた。

んで、きょう。札幌を9:40分にクルマで出発。

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時計台はいぜん来たときには石原裕次郎のシングルレコードのジャケットがズラッと多数展示されていたが、今も同じなのだろうか。確認する暇もなく出発。行き先は伊達市。高速道路を苫小牧、登別、室蘭と走り、11:30頃到着。

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「だて歴史の杜」という公園の近くのハンバーガー屋で昼食。そのあと時間をつぶすため、クルマで市内を見て回る。独眼竜・伊達政宗の系譜に連なる宮城県・亘理伊達氏一族が明治時代に集団移住して開拓した街なんだが、静かで落ち着いた趣がある。この数年内に新築したと思われる家が多く、電線地中化をした通りもあって、なんだかお洒落なイメージ。こんな街で暮らしてみたいと思った。

昼過ぎから某企業の社長に取材し、今回の出張の目的を終了。帰りの飛行機まで若干、間があったので、苫小牧でクルマを降りようかと思ったんだが、苫小牧には何にもないと言うので、洞爺湖まで足を延ばそうと考えたが、それだと今度は飛行機に間に合わないと言われ、仕方なく新千歳空港へ直行。

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展望ゲートから離陸する飛行機を眺めたり、90分飲み放題1080円という食堂で暇をつぶしたりした。18:00発ANA4732便(エア・ドゥ機)で帰路へ。19:35羽田着。

次は函館に行ってみたい。

2015年3月21日 (土)

関門海峡を渡る

取材で福岡から下関へ。今回は会社の女の子Kさんと2人旅。

19日(木)午後3時半に会社を出て羽田へ。17:00発ANA265便に乗り、福岡空港に18:55着。地下鉄で2駅の博多駅で下車。ホテルにチェックインしたあと、飛行機に乗るまでの途上でKさんがスマホを使って探し、予約した店へ直行。

「博多水炊き 濵田屋」。

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水焚きなんだけど、豚しゃぶやらスモークチキンやらも出てくるコース3500円を注文。写真のお通しは酢もつ。最初にスープを飲むのが博多水炊きの特徴らしく、店のお姉さんがおちょこによそってくれる。このスープ、絶妙のおいしさ。もう、あとは自分でよそって何杯か飲んでたら、肝心の水炊きができなくなっちゃう恐れが出てきたのであきらめた。鶏も豚もおいしく、〆のおじやも最高。ビールや焼酎もたらふくいただいて、2人で締めて10300円はとってもリーズナブル。

Kさんは来月から大阪に転勤するので、送別会も兼ねてもう一軒はしご。今度はホテルに向かう途中のおしゃれな店にフラッと入った。

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「BREWERS」という店で、その名の通り地ビール専門店。日本各地のクラフトビールを揃えているんだとか。おすすめメニューの1番から順に飲んでいこうと思ったら2番まで行ったところでKさんが早くもギブアップし、帰途へ。

翌20日(金)朝、博多でひと仕事したあとクルマで下関へ。

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(博多駅)

九州自動車道から関門自動車道へと走り下関へ。関門海峡を渡るのも下関に足を踏み入れるのも初体験だ。下関ではまず昼食。やはりKさんがスマホで探した魚の旨そうな店へ。

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「鮮魚おかもと」。

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海鮮丼(1080円)を注文したら鯛の洗いの味噌汁がついてきた。大船渡出張以来食いそびれていた海鮮丼にようやくありついた。んめぇ~!!!

下関での取材を終えて、小倉の西日本総合展示場でやっている「九州 食のEXPO」という展示会を取材するために関門海峡を戻る。

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(関門橋

八艘飛びの源義経に敗れた平家一族が身を投げた海はそう遠くあるまいといにしえに想いをはせつつ自販機で買ったホットコーヒーをいただく。

小倉の西日本総合展示場でクルマを降り、小倉駅から博多駅まで新幹線。

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西日本総合展示場から小倉駅に向かう歩道から新日鉄住金小倉製鉄所を臨む。右側に展示場、左側に小倉駅がある。

いったん特急券を買ったのだが、新幹線と310円しか違わないということが判明。しかも特急だと45分かかるのが新幹線だとわずか15分。慌ててホームから改札に戻り、切符にはんこを押してもらって緑の窓口で新幹線の切符に代えてもらった。

博多駅でKさんとお別れ。1人で福岡空港へ。搭乗を待つ間に空港のレストランで博多ちゃんぽん&生ビール。

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福岡19:15発ANA268便が5分遅れで出発し、21:00羽田着。

わがガラケーの歩数計をみると19日が1万5013歩、20日が1万1012歩。疲れた。

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