政治

2014年2月10日 (月)

消去法の知事なんて…(^^;)

都知事選は大方の予想通り舛添要一氏の圧勝で終わった。

細川護煕元首相はやはり茶番で終わった。

そもそも脱原発をなんで都知事選で訴えなきゃいけないの?という疑問に最後まで答えられなかったのが敗因だ。

東京には原発なんてもともとないじゃん?という都民の声がいつまでもなくならないのに業を煮やしたのか、都内の浄水場が汚染されているなんて、どこかの素人が面白半分で書いた根拠レスのブログ記事をそのまま引用して拡声器で訴えちゃったのがオウンゴール。あれで、細川氏は完全に耄碌しているとの見方が都民の間に定着した。

都民だけじゃない。福島の農家に嫁いだウチの娘なんか、「歩く風評ばらまき機」だと怒っている。確かに、東京でさえ明日にも避難しないといけないぐらい危険な状況にあるなどと、オオカミ少年よろしく、しかも元首相の身で放言しまくったんだから、被災地のようやく立ち直りつつある農林水産業の人たちにとってはたまったもんじゃないだろう。

細川氏の応援団にはけっこうまともな文化人や芸能人がいるんだが、細川氏の言動がおかしいのに気がつかなかったのだろうか。みんな年寄ばかりだから、同じように耄碌しているのだろうか? 今後、彼らの言動にも気をつけないといかんなぁ。

もっとも、当選した舛添氏というのもなんだかなぁである。そもそも、兄弟と仲違いしているような人が治世に携わっていいのだろうか。家族は国家の最小単位である、とはよく言われる。その最小単位を不幸せにしているような御仁は信用できない。小生なんかわが身を捨ててでも親兄弟を救おうという考えなのに。といっても、実際は田舎にいる兄弟に親のめんどうを全面的にみてもらっていて、感謝の気持ちでいっぱいだ。そういえば、この人、片山さつきさんとも結婚してすぐに離婚した過去があるんだよな。

いずれにしも、人間として信用できないっ、つ~か、小生が嫌いなタイプなんだよな。人間性ということなら細川氏のほうがましだった。奥さんはとっても素敵な女性だし。まっ、耄碌していなければの話だけど…。

まっ、小生は都民じゃないから、つべこべ言う資格はないのかもしれんけどね。

てなわけで、きょうは駐車場の雪かきをした。それですっかり疲れてしまい、車も自転車もきょうは危ないからねと、自分に言い訳をしてスポーツクラブを休んだのでした。

近くの公園も銀世界。

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 家族で雪遊びをする人たちも。楽しそうだった。

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2013年8月 6日 (火)

共産党躍進の背景

今朝の産経新聞朝刊は共産党の躍進ぶりの要因を分析した記事を1面トップで掲載している。↓

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どちらかといえば自民党を支持する層も含めて、さりとて自民党に大勝ちさせたくない人たちが、他に応援したい野党も見当たらないため、「いっそのこと」という感覚で共産党に投票しているという、まぁおおざっぱにまとめれば、そんな分析だったかと思う。(細かく読んでいないので…)

いわば、バランス感覚が働いて、反自民党に動いた人たちが、軸がぶれないことではその通りな共産党に向かったというわけだ。2009年の衆院選のときは、「だらしない自民党にお灸を」と考えた人たちが民主党になだれを打って流れたことから、民主党が大勝したが、その結果、鳩山・菅の連続失態内閣を生んでしまったという反省もあり、消去法で共産党に清き1票を投じたということだろう。

まぁ、世界的に見て、中国のように市場主義的社会主義という形で何とか一党独裁を維持している国もあるが、事実上、共産主義という歴史的実験は失敗に終わったと考えるのが大勢だろう。共産主義が資本主義に変わる理想的社会を作るなどと考えているのは、今どき純粋な共産党員くらいだろう。いや、共産党員の中にすら、単に組織内での出世を目指しているに過ぎない人もいるかもしれない。

だから、あくまで、アンチ与党のための少数政党として、「何事にも反対」の立場を厳しく貫く存在としての期待しかされていない、と見るのはごく常識的と言っていいかもしれない。

だけど、もう少し、共産党に投票した人の気持ちを掘り下げて考えてみると、社会主義的変革、つまりは共産主義革命までを本気で求める人はいないと決めつけて推論することが、果たして正解なのだろうかという気もしてくる。

つまり、本気で革命を望む人たちが増えているとの見方ができないか、ということだ。というのも、今の日本社会に閉塞感を抱く人たちが増えていると思えるからだ。あがいてもあがいても非正社員という立場から脱しきれない人たち、あるいは大手企業に何とか潜り込んでみたものの、機械の歯車のように毎日同じことの繰り返しだったり、名ばかり管理職でサービス残業に明け暮れたりして、しかも低賃金を余儀なくされていて、よりよい明日への希望を見いだせないでいる人たちだ。とりわけ、学校を卒業した時点で就活に失敗し、社会人のスタートにつまづいてしまった若者の閉塞感は深刻だ。

そんな若者たちが、「一生、底辺暮らしを強いられるなら、いっそ革命が起きたほうがいい」と考えるのは自然の成り行きだ。革命の先に理想社会があるのか、それとも今よりもさらにひどい人生があるのかわからないが、先が見えてしまった今の日本社会で鬱々と時を過ごすよりはマシだという考え方だ。

こうした考えを持つのは、ほんの一握りかもしれないが、政治次第で燎原の火のように広がる可能性はいつでもある。資本主義・民主主義社会を維持したいと考えるなら、格差社会を是正し、若者たちが将来に夢を持てる社会にする必要がある。

そのためには、いわゆるブラック企業と名指しされている会社をはじめ、社員をコストと見る会社を根絶する仕組みを講じるべきだ。安倍政権になって、いくつか改善策が打ち出されているが、正規社員を増やす企業を税制などで優遇し、法改正などで非正規社員の正規社員化を促すべきだ。

中小企業などの未上場企業には「会社は社員のためにある」と公言する経営者が増えているが、上場企業はどうしても、株主・投資家を優先する経営方針に偏りがちだ。米国など資本偏重主義国の意見は無視してでも、社員の幸福を第一とする経営を促す政策を打ち出すべきだ。株式投資をする際の判断基準に使われるPER(株価収益率)などに代えて、正社員数と平均賃金の積数が最も重視される社会にしなければならないのだ。

日本人の多くがどこかの会社(団体などの組織も含めて)に属し、あるいは経営しているのだから、その会社がすべからく社員とその家族の幸福を目指している社会こそ、理想社会といえるだろう。いわば「会社主義的資本主義」こそ、日本が他国に先駆けて実現し、人類に範を示すことができる究極の道なのである。

2013年7月21日 (日)

参院選の投票に行く

朝の10時ころにカミさんと近くの小学校へ投票に。Photo
投票所の入り口には行列ができていたが、比較的スイスイと進んで、投票を済ませた。

続いて、近くのスーパーに買い物に行こうと、少年たちがサッカーの練習をしているグラウンドを横切って正門から出ようとしたら、閉鎖されていて出られない(汗)。ほかの出口を探しているうちに、グルっと一周して元の入り口に戻ってしまった。休日の小学校は市民の憩いの場として広く開放されている--な~んて考え方はもう古くて、現代の教育現場には通用しないものなのか。

スーパーでかごいっぱいに買い物をして、さあレジで会計という段になって、カミさんがレジに並ばず、なにやらモタモタしている。ん? どうしたんだと思って聞くと、「財布を忘れた」だって(涙)。仕方なく、かごの中の商品をそっと元の棚に戻して、帰路に。

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カミさんと出かけるときは財布を持たない主義なので、いったん家に帰って、財布をポケットに入れて自分だけで別のスーパーに行き、明日から4日ぶんの弁当のおかずを買い直したのでした。

2013年7月20日 (土)

ネット選挙

いよいよ明日は参院選の投票日。

自民・公明の与党圧勝による衆参のねじれ解消が実現するかどうかという視点のほかに、インターネット利用の選挙運動が初めて認められた選挙としても注目されたが、このネット活用問題のほうは大山鳴動…の感が強い。

地元の最有力候補である自民党現職候補を見ても、フェイスブックの「いいね!」が2000回レベルというのでは、まったくケタ違いの影響力の無さというしかない。

どうも、安倍首相や橋下・維新代表ら党首クラスによるネット活用は注目されても、それ以下の議員や候補者らに対するネットユーザーの関心はグンと落ちてしまうのではないか。

加えて、ネット上の候補者らの書き込みにリツイートしたり「いいね!」をつけたりする人の多くは、実際の投票行動には関心のない若者ばかりだろうから、ますます影響が薄い。

それにもかかわらず、ネット上におかしなことを書いて、炎上させられたら、天にツバするようなものだから、あたりさわりのないことを書いて終わり。まっ、ネットの利用価値やメディアとしての特性に対する正しい理解が今度の参院選を通じて得られたのなら、それはそれで意味のあることだったのかもしれない。

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