読書

2017年8月13日 (日)

梶井基次郎「檸檬」について

去る7月に創刊号が発行された季刊誌に編集委員の一人として関わるようになった。その季刊誌の名前の一部に「檸檬(れもん)」という文字が使われている。このタイトルを聞いたとき、「レモン」ならまだしも、いまどき「檸檬」なんて古めかしい名前をつけたら売れんのじゃないか、そもそも読めないだろうと心配になったんだが、名づけ親の編集長がいたく気に入っていて、原稿料の領収書に金額と一緒に宛先も書くように言われたもののこんな字をスラスラと書けまっかいなと文句を言いつつ、他の名前を考えるように進言しても、頑として変えようとはしなかった。

その編集長いわく、このタイトルは、梶井基次郎の代表作「檸檬」が由来なんだと。で、「いっぺん、読んでみれ」と。

じやぁ、付き合いで読んでみるかと思いつつも、いくつか別の本に時間を割いていたので、ようやく最近になって通勤電車の中で青空文庫をダウンロードした。

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短編というよりも掌編といったほうがしっくりくるようなごく短い小説だ。1行1行をじっくりと味わいながら、時には一段落を繰り返しなぞりながら読んでも、1時間もかからないうちに読み終えた。乗り換え駅に到着するよりもずいぶん早く読み終えたから、せいぜい40分程度か。

筆者が24歳くらいの時の作品。「えたいの知れない不吉な塊」に圧迫を感じている旧制三高の生徒とおぼしき主人公が散歩の途中で、自分が好きな「レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色」の檸檬を購入。ふと丸善に立ち寄る。本や文房具だけでなく洒落た香水瓶や煙管なども陳列されている丸善は、かつては好きな場所だったが、「不吉な塊」に圧迫されるようになってからは避けたい場所になっていた。ところがこの日は「やすやすと入れるように思え」て入ってみた。

しかし、画集などを広げているうちになんだか憂鬱な気持ちになってきて、本棚から取り出して何冊も積み上げた画集の上にくだんの檸檬1個を置いて店を出る。檸檬を爆弾に見立てて「あの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう」と考えたのだ。

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現実の社会に素直に順応できない若者のささやかな抵抗ということか。レモンは使わないものの、似たようなスケールでのうっぷん晴らしをした経験ははるか昔に確かにある。

季刊誌の編集長によると、京都に限らず、例えば東京・丸の内の丸善でも、いまだに1年に1回は平積みの本の上にレモンが置かれているのだという。「ほんまかいな」と思ったが、編集長は小説そのものよりも、この後日談がいたく気に入り、「青春の象徴的意味合い」をタイトルに籠めたつもりのようだ。

ネットで「丸善 京都」をググると、丸善京都支店が開設されたのは1907(明治40)年。2005年(平成17)年にいったん閉店したときには、閉店を惜しむ客が本の上にレモンを置く様子が話題になったそうな。

てなわけで、いつものコースをさらに延長してウォーキング。

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田んぼにかかしもお目見えして1万5500歩。10.8km。

夕食時に麦焼酎のオンザロックにレモンを添えてみる。

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夏休みで遊びにきている孫(1歳8カ月)にも一切れ。

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この孫、酸っぱがる顔見たさに、半年ほど前からみんなが何度もレモンを食わせるので、いまではすっかりレモン好きになってしまっているのだ。

2017年3月 9日 (木)

村田沙耶香「コンビニ人間」読了

今朝はいい天気で富士山がよく見えた。

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キリリとした白装束姿もそういつまでも見られるものではない。冬の澄みわたっていた空気が春の訪れとともに次第に暖められて、かすんでくると富士の雄姿もぼんやりとしてくる。

てなことを考えながら、電車に乗り、いつものようにiPad miniで日経新聞を開くと、こんな特集記事が載っていた。

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今年の日経小説大賞が決まったそうで、授賞式とその後の受賞者と審査員による座談会の様子が収録されている記事だ。初めてそのことを知ったのだが、記事を読んでみて『姥捨て山繁盛記』という作品で受賞した太田俊明という人に大いに興味を持った。

1953年生まれというからおらと同い年。東大野球部の遊撃手として東京六大学野球で活躍していたというから、今後作家生活に入るうえでもスター性は十分。総合商社やテレビ局に勤務したあと定年退職してから、小説を書き始めたという。昨年、奥さんを亡くしたそうだ。

授賞式後の座談会では、会場に来ていた東大野球部の同僚が「学生時代は女性にもてた」と明かすと、審査員の一人の伊集院静が「女にもてたという後輩ができて、私は肩の荷が下りた」と受けるなど、ウィットに富んだやりとりが見られたようだ。おそらく1時間以上はかけただろう座談会を新聞1㌻10段程度でまとめるのは大変苦労する作業なのだが、こういう部分を削らずに残せる記者のセンスが良い。

そのうち単行本が出るというから、うちの近くの図書館に入ったら借りてみようかな。

図書館といえば、まだ山岡荘八著『豊臣秀吉(8)』を読んでいる最中なんだが、ふと芥川賞受賞作が載っている『文藝春秋』2016年9月号がダウンロードしたままになっているのを思い出し、電車の中で日経に続いて同誌を開いた。

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村田沙耶香著『コンビニ人間』。

芥川賞なんて最近はとんと読んだことがないが、コンビニで働く人の生態が活写されていると聞いて、なんとなく読んでみたくなったのだ。

若い頃は、よくこの芥川賞受賞作を読んでいて、1964年の柴田翔著『されどわれらが日々-』から1977年の池田満寿夫著『エーゲ海に捧ぐ』までは欠かさず読んだ。だけどいまだに印象に残り、内容や断片的なシーンも覚えているのは1969年の庄司薫著『赤頭巾ちゃん気をつけて』ぐらいだ。

ちょうど東大安田講堂事件があった年で、おらはど田舎の山の中の高校生。小説の主人公は都会のエリート高生で、われとわが身に比べてその暮らしぶりや思考法の違いに驚き、「東京の高校生は進んでいるんだなぁ」と大いに感心。学生運動の何たるかを深く考えることもなく、文化祭のファイヤーストームでヘルメットをかぶりタオルをマスクにして、奇声を発しながら火の周りを南の島の土人のように飛び跳ねていた自分を恥じたものだ。

映画も観た。映画界のドンと言われた東映の岡田茂社長の息子の岡田裕介が主人公役で俳優デビュー。小説のイメージに比べて、いまいち知性が感じられない舌足らずなしゃべり方でかっがりしたが、都会っ子ぽいナヨッとした感じは出ていた。その俳優が今や東映の会長さんなんだから、時の移り変わりというものに思いを馳せずにはいられない。この間、彼自身にもさまざまな出来事があったことだろう。

実は、文春の2015年9月号もダウンロードしてある。お笑い芸人の又吉直樹の受賞作が載っているやつだ。又吉氏が太宰治ファンだと聞いて、どんな作品を書いたのだろうと興味が湧いたのだ。だが、いまだに開いてない。

んで、通勤電車の行き帰りと昼休みの時間を使って読み終えた『コンビニ人間』の感想。

いわゆる精神が病んでいる人を主人公にするのはずるいし、リアリティーを欠く。異常な人ではなく、こういう人は普通にいると評した審査員もいるが、読んだ限りではそうは思えない。普通の人の感覚と少し異なる感覚を表現するために、精神障害的な人物を登場させる小説ってけっこう多くて、村上春樹もその気があるが、そういうのは反則手だと思う。

しかもそういう創りものっぽい人物を登場させているせいでディテールにもリアリティーを欠いてしまう。最初のほうの小学生の女の子(主人公)が授業中の女性教師のスカートとパンツを一気に脱がしてしまったという話が出てくるが、これは絶対無理だと思う。奇想奇天烈なシーンが多いアダルトビデオにだってそんなシーンはない。何人ものアダルトビデオ監督がそういうシーンを発想したのではないかと思うが、実際に役者にやらせてみて不可能だとわかったのだろう。それをしれっとあったことのように書いてしまうのはいかがなものか。

もっとも、コンビニで働く人の生態は確かに活き活きと描かれていて、こちらはリアリティー十分。こんな風なことを考えながら働いているんだろうなぁと共感できる。

コンビニでのバイトを検討している人にはお勧めの小説である。

2017年2月19日 (日)

吉川英治『新書太閤記』読了

吉川英治著『新書太閤記』(青空文庫・全10巻)を読み終えた。

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で、感想。

「えっ!!! まっ、まさか!!! これで終わり? そんなぁ、詐欺やで~(涙)」である。

ぬわ~んと、豊臣秀吉が徳川家康・織田信雄連合軍と対戦した小牧・長久手の戦いのそれもまだ決着がつかない途中で突然に、唐突に小説が終わってしまうのだ。

日吉丸と呼ばれたガキの頃から丹念に順を追って描いてきておいて、いよいよ天下取りに足を踏み入れたと、読者の期待感を思いっきり膨らませておいて、いきなり中途半端な場面で終わってしまうなんて、ほんと信じられないよ。

小牧・長久手の戦いといえば、秀吉まだ47歳。日本史上希代の出世街道を歩んだその62年の生涯のまだ上り坂の途上である。

これから四国、九州を平定し、小田原城を落として天下統一を達成。さらに明を攻めるための朝鮮出兵と、グローバル展開もせにゃいかんのに。そもそも、太閤になる前に終わってしまう太閤記って有りか? う~ん、もっと読みてぇ。こんなんだとは知らんかったぁ。

初出は読売新聞の連載で、昭和14年1月1日にスタートして同20年8月23日に完了。きっと読売新聞か吉川英治のどちらかにやむにやまれぬ事情があったのだろう。時期的に太平洋戦争の敗戦が影響したのかもしれない。GHQににらまれないように自粛したとか。

英治が秀吉の晩年の生き方を嫌ったからだという説があるようだが、英治のことだからそれならそうと小説の中にきちんと書き込んだのではないか。小説では秀吉の戦国武将らしくない周囲を自然と明るくさせてしまう人間性を肯定的に描いているので、余計にそう思う。

何よりも、原作者として参加しているテレビドラマは秀吉の最期まで描かれているというのだから、辻褄が合わない。

これまでに読んだ歴史小説の『三国志』『新・平家物語』『私本太平記』のいずれも、主人公の死後の後継者らの行く末まで触れているし。『新・水滸伝』だけは絶筆だから未完で仕方ないが…。

ああ、もっと続きを読みてぇ~。

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(豊臣秀吉像=高台寺ホームページより)

読んでいて思ったのは、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と個性が大いに異なる三傑が順に天下をとったからこそ、その後の300年にわたる安寧の江戸時代が築けたのだということだ。当たり前かもしれないが、時代の求める人材がうまく輩出されてきたわけだ。

もう一つ、武将の死に方についても考えさせられた。敗軍の将たる者、切腹することにより、末端の兵卒や領地の農商工民らの命を守るのがこの時代の掟だ。とはいえ、潔く死ねない輩もいる。桜の花と同じで、その散りぎわに美学を感じるのが武士である。英治は、武士の名に恥じない死に方をした武将を讃え、そうでない武将を貶めている。これは、日本人の大多数の心情も同じことだろう。

この時代の武将の死に方については、どこかで改めてまとめてみたい。

てなわけで、図書館にCDを借りに行ったついでに、これを借りてきた。

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山岡荘八著『豊臣秀吉(7)』(講談社)。全8巻のうちの7冊目で、ほぼ小牧・長久手の戦い以降のことが、これと第8巻で読める感じだ。山岡荘八は初めてだが、読んでみて気に入れば、他の本も図書館で借りてみよう。

以前、吉川英治の絶筆とは知らず『新・水滸伝』を読み、やはり途中で終わってしまったので、消化不良感が残り、杉本苑子の『悲華 水滸伝』を最初から読み直したことがある。でも、今回はよく知っている話でもあるので、途中からでいいだろう、と考えた次第だ。

2017年2月12日 (日)

友ありて遠方より便り来たる

田舎にいる旧友からの年賀状に、入院中だが必ず生還するのでいずれ飲もう、とあったので、奥さんに確認したうえで、ささやかな見舞金を手紙を添えて送ったら、快気祝いの品物と一文字ひと文字を丁寧に手書きで綴った長文の手紙が届いた。

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肺に菌が入ってウミが溜まったそうで、肋骨の間から吸引器を挿入してウミを掃除したまでは良かったが、菌が特定できず、さまざまな点滴薬を試され、その都度副作用に苦しみ、40日以上もの入院生活を余儀なくされたという。

昨年夏には膀胱がんを手術したと聞いていたので、そちらの絡みもあるかもと懸念していたが、とにもかくにも生命に関わるような病ではなくてひと安心。

手紙には、入院中にかわいらしい看護師やフィリピーナの給仕係らに癒やされたことや、これからは家庭菜園に励もうと思っていることなどが綴られ、こちらからの手紙に「できれば、貴君の弾き語りを聴きたい」と書いたことにも応えている。

彼は学生時代、よくギターの弾き語りをわれわれ仲間うちで披露してくれていたのだが、社会人になってからギターを手にしなくなったとひとづてに聞いていたので、負担にならないようにと「できれば」と断り書きをしたのだ。ところが、彼からの手紙によると、定年後の社会福祉活動の一環として、最近は福祉施設などでよく弾き語りを披露しており、歌詞にコード進行を書き込んだ自作の歌集も今では300曲にのぼるのだという。

ほんと、元気でいてくれてありがたい。一層、彼の歌を聴きたくなった。

実は学校を卒業して以来、彼とはもう約40年もじっくりと酒を酌み交わして話し合う機会がなかった。便りがないのは良い便りで、お互いに元気でありさえすればいつでも会えると思ってここまで月日が過ぎてしまった。

それが、この年齢になり、病気になったと聞くと、もしや、二度と元気な姿を見られなくなるのではと考え、取り返しのつかないことになってしまったらどうしようととても不安になる。

旧友の手紙には、これを読んでほしいと、地元のコミュニティー誌に寄稿した一文のコピーが同封されていた。

坂口安吾と太宰治に関する随筆で、『文学漫歩』というタイトルがついている。

読み進めると、貧しい学生時代に友人が『坂口安吾評論全集』を購入したのがうらやましかったという記述に遭遇。「も、もしや」と思ったら、その友人というのはやっぱりおらのことだった。

その全集は、今でもおらの本棚にある。

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それに続いて、友人(おらのこと)からその全集を借りて読んでみたら、『ピエロ伝道者』の冒頭の「空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。」という文に友人が傍線を引いて、余白に「素晴らししい」と下手くそな字で書き込んであったという趣旨のことが書かれている。

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えっ、そんなことあったかなぁ、と全集の第1巻を開いてみると…

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傍線ではなくカッコで、「素晴らしい」も「スバラシイ」と片仮名だが、確かにおらの書き込みがある。

よ~く、こんなこと覚えているなぁと深~く感心。遠い空の下、長い年月をつい会わずにやり過ごしてきても、お互いを大切に思う気持ちは共通して変わることはなかったのだと確信する。

早速、旧友に久々の電話をし、今年は仲間たちみんなで集まって朝まで語り合おうと約束。そのときまでにギターの弾き語りに磨きをかけてもらうことにした。

んで、ウォーキングは9309歩、6516m。いぜん内臓脂肪レベル12.5を継続中。

血管プラーク食事療法を採用したのに対応、カミさんは豆乳ヨーグルトづくりに励んでおり、今夜もデザートにそれをいただく。

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これもカミさんお手製のりんごジャムをたっぷりのせて。これが実にうまい。

2016年9月24日 (土)

読書もデジタル(^^)/

髪が伸びたんで床屋へ♪
 
脱糖尿病を目指し、1日1万歩を目標に掲げているので、いつもはクルマで行く床屋も当然ウォーキングで行く。
 
すっかり秋めいた川原の堤防にはコスモスとともにヒガンバナが鮮やかに咲いている。
 
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きちんと彼岸に咲くんだから律儀っちゃあ律儀な花ではある。
 
ヒガンバナは別名、マンジュシャゲということで、つい「赤い花なら、マンジュシャゲ…」などと鼻唄も。
 
赤い花なら 曼殊沙華
オランダ屋敷に 雨が降る
濡れて泣いてる ジャガタラお春
未練な出船の ああ鐘が鳴る
ララ 鐘が鳴る             (「上海物語」詞・梅木三郎)
 
床屋までは30分と、予想していたよりも5~10分ほど多くかかり、予約時間の午後1時きっかりに到着。マスターがたぶんおらの様子を見るためだと思うが、店の外に出てきたところだったったから、もしかすると1分ほど遅れていたのかもしれない。
 
床屋についたとたん汗がどっと噴き出したのは、3分ごとに早歩きと普通歩きを繰り返す「緩急歩行」で歩いてきたためだ。この歩行方法は、健康雑誌『日経Gooday』(電子版)で最も健康に効果のあるウォーキング法として紹介されていたものだ。
 
きょうはスマホのストップウォッチアプリで3分を計りながら早歩きと普通歩きを繰り返してウォーキングし、3分という長さの感覚もつかんだ。歩数60を1本として、早歩きは6.5本、普通歩きは5.5本てな感じだ。これさえわかれば、もはやストップウオッチは不要。1本2本と指折り数えながら歩けばいい。
 
ちなみに、電子版の『日経Gooday』は、日本経済新聞の電子版を有料契約(月4200円)していればタダで読める。それだけではない、ID登録しさえすれば10種類以上ある日経系の雑誌(電子版)をすべてタダで読める。これは他の新聞社じゃマネのできない日経ならではの差別化戦略だろう。
 
おらは『日経Gooday』のほか、『日経ビジネス』『日経TRENDY』『ITpro』『日経BPnet』『日経テクノロジー』に登録。毎日、お勧め記事をメールで知らせてくれるので、気が向くままに主にiPad miniで拾い読みしている。
 
さて、汗を拭き拭き床屋の椅子に座り、あとはマスターに散髪をおまかせ。カットが終わると選手交代で、20代とおぼしき若手男子がシャンプー&顔エステをやってくれた。
 
その若手男子と格安スマホの話になり、おらはNifMoを今月でちょうど1年使っているが、通信料金は1銭も払ってないと胸を張った。そして、クレジットカードの新規加入のキャンペーンポイントで通信料金を支払う仕組みを教えてあげたら、「飯田さんは何でも詳しいですね」とひとしきり感心。「そういえば、こないだ飯田さんに教えてもらった青空文庫で本を読んでいます。あれはほんといいですね」と話をつづける。
 
聞けば、青空文庫で太宰治を読んでいるという。うん、いいことだ。青春は太宰とともに、である。
 
そういえば、「火花」で芥川賞を受賞したお笑い芸人の又吉直樹も熱心な太宰ファンだそうだから、床屋のあんちゃんもその影響を受けているのかな。
 
あたしらが青春しとったころには、やっぱりそれなりに太宰に魅了されてはいた。太宰の文章は若者たちの共感・共鳴を呼ばずにはおかないからだ。
 
だが、人前でそれを言ってはいけないという暗黙の了解が日本全国に行きわたっていた。はて、その若者たちの暗黙のしきたりはいったいぜんたいどうなっちゃったのかなぁ。
 
太宰が好きと告白することは、腰に手拭いぶらさげて、高下駄履いて硬派ぶっちゃあおるものの、ほんとは女々しいやっちゃ、大和魂もさむらい精神もないんじゃないかと見抜かれても仕方がないことだったんだ。
 
考えてみれば、いまどきのテレビを見てみれば、自らタマタマを抜いたような人たちばかりがもてはやされとるから、見抜かれもそれはそれでいいのかも。その前に、腰の手ぬぐいも高下駄も、とうにないか。
 
てなことを考えて、自宅に戻ってiPad miniで青空文庫を開いてみると、ぬわ~んと太宰治は271編もアップされている。これがぜ~んぶタダで読めるわけだ。
 
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わが敬愛する吉川英治の2倍以上にもなる。もっとも、吉川英治は主に長編ばかりだけど。それにしても、アップするのはみんなボランティアの人たちなわけだから、それだけ太宰ファンが多い証とも言えるんじゃろな。

2014年8月29日 (金)

言論弾圧と責められる朝日新聞

朝日新聞が週刊文春と週刊新潮の広告を拒否してたことで、他のマスコミや識者らから「表現の自由を奪う」「言論弾圧だ」などと責められている。

朝日が文春等の広告掲載を拒否したのはきょうに始まったことではないし、最近では維新の会の広告を拒否して橋下徹大阪市長にさんざん文句を言われている。

ただ、今回は慰安婦問題に絡んで捏造記事を書いたことを認めたあとであり、朝日新聞という報道機関の姿勢が問われているときだけに、朝日批判の火に油をそそぐ形となってしまった。自分の気の食わない意見・論理は認めないというのでは、もはや報道機関としての自殺行為といえる。

韓国の検察が産経新聞のソウル支局長を起訴する方向にあるそうだが、21世紀の世の中で平気で「言論弾圧」に走るのは韓国という国と朝日新聞という会社が同じ体質にあるからだろう。この際、朝日新聞は本社を韓国に移転してほしい。あっ、ソウル本社の屋上には、ちゃんと「朝」と書かれた旭日旗を掲げてね。

平田晋策「昭和遊撃隊」読了。月刊少年雑誌「少年倶楽部」の1934年1月号から12月号まで掲載された少年向け小説。戦争の勝敗は科学技術の優劣で決まるということをわかりやすく書いてある。日本海軍の最後の秘密兵器である潜水艦「富士」が、実はロケットエンジンで空を飛ぶ巨大飛行戦艦だったとは驚いた。宇宙戦艦ヤマトをしのぐ艦艇が活躍するストーリーを昭和初期に創作していたんだなぁ。

2014年8月 4日 (月)

きょうも病院(・_・;)

5連休の最終日(・・;)

きょうは泌尿器科の受診日。朝一で病院へ。到着してから予約票を確認したら、1時間も早く来すぎた。まっ、遅刻するよりいいか。

採血を終えてから、超音波検査の順番を待つ間に、病院へ来る電車の中で読み始めた青空文庫の菊池寛「真田幸村」を読了。実は昨夜、菊池寛「小説家たらんとする青年に与う」を読み、それに続いて読んだのだ。というのも、「小説家…」のほうには、小説家を目指すなら、短編小説を書くなとあるにもかかわらず、この人はなんで数多くの短編小説を書いたのだろうかと思ったからだ。

「真田幸村」を一読して、こりゃ余技だなとわかった。編集者から頼まれて、原稿料稼ぎにさっさと仕上げた短編小説だ。こうした歴史ものをダイジェスト風にまとめられても、ちっとも面白くない。わくわくもどきどきもしない。だから、この小説を書いた意味がわからない。原稿料のためという結論になる。だったら、文章修業にもなるし、カネももらえるから、編集者の求めに応じて短編小説をどしどし書くべしと「小説家…」に書いておくべきではなかったか。それとも、そういうことを繰り返してきたわが身を振り返っての反省を込めての弁だったのか。そうに違いない。

てなことを考えているうちに、超音波検査の順番がきた。前回と同じ美人系の女性技師さんが担当。ベッドに寝て、下腹部を冷たいプローブでまさぐられると、なんだか気持ちいい。本来、マッサージや床屋をはじめ、他人に身体を触られることが大好きなたちなのだ。ずっと、こうしてもらっててもいいなと思っているうちに終わってしまった。

最後に、前立腺がん手術を執刀してくれたI先生の診察。まず、術後初の測定となるPSA(前立腺特異抗原)は0.01以下。つまり測定可能値以下。どこにも痕跡をとどめない形で全摘してくれたのだから、あたりまえっちゃあ、あたりまえだが、数年後にこの数値が上昇してくると、実はどこかにとりこぼしていたがん細胞が大きくなり、「がんが再発した」ということになる。

次に、超音波検査によると、骨盤内血腫の大きさは5×3×2㌢になったという。トラブルで出血したときには膀胱よりも大きくなったのだから、やれやれである。もう一息で消え去るだろう。

血液検査の他の結果はこないだの内科の受診時とほぼ同じ。貧血症状と腎機能低下が心配ということ。

最後に尿もれ問題。横になっているときは尿意を感じ、半分くらい自尿をできるようになったが、身体を起こしている状態ではダダ漏れが続いていると報告。I先生は、長引くようならそのうち内服薬を試してみて、1年も治らないようなら手術を考えようと言う。

前回もらった軟便剤を処方してもらって終了。代々木で、前回とは別のラーメン屋でつけ麺を食べる。ここも、いまいちだった。

2014年7月27日 (日)

スポクラ退会

午前中、カミさんが運転するクルマでスポーツクラブへ。前立腺がんを手術する前に、休会届を出しておいたのだが、その期限が今月末で切れるため、退会に切り替えてもらうためだ。

残念だが、仕方がない。スタッフに付き添ってもらって、更衣室の契約ロッカーから自分の荷物を取り出すときがいちばんつらかった。なにせ、いちばん気に入った位置にあるロッカーを確保していたからだ。スタッフには、「いつか必ず復帰するからよろしく」と言っておいた。だけど、改めて再入会した暁には、あんないい位置のロッカーは確保できないだろう。背伸びするか、しゃがまないと荷物を出し入れできない位置しか残っていないもんな。

続いて、ドラッグストアへ。尿漏れパッドを買うためだ。退院してもう1カ月。下半身事情には一応、精通してきた。

つまり、外出時はこの組み合わせ↓

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在宅時はこの組合わせ↓

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…で決まり。前者のパッドは男性用で、昔のピンク映画で使った(と思われる)前張りのような三角形をしている。下がタマタマをギリギリ包むところまでで、小さ目。2時間に1回くらいのペースで取り替える。タイミングを失って3時間以上してからトイレに行くと、たいていパンツのほうにも漏れ出している。だから外出時はパンツを1~2枚、パッドを10枚くらい持参する。あと、使い終わったパッドは1枚ずつキッチンパック(ビニル袋)に入れ、内側にレジ袋を入れた手提げ紙袋の中に保管。帰宅時に持ち帰る。だから、通勤時の荷物が重くなるので、弁当持参をあきらめた。

在宅時は、男女兼用パッド。比較的幅が広い長方形で、お尻の後ろも丸ごと包み込むタイプで、吸収容量が大きく、安心感がある。1日当たり10枚程度を使用。パンツは基本的に1日1枚で済む。

この2つの組み合わせに決まるまで、けっこう苦労した。とくに男性用とうたっていながら、下の部分が会陰部にまで達するタイプにはまいった。腰掛けると、すぐに会陰部が痛くなるので、電車の中などでとても座っていられないのだ。「お前たち、自分で試してみたのかい!」と、そのメーカーに乗り込んで言ってやりたかった。

最近、就寝時に3~4回トイレに起きる。3分の1か半分くらい自尿できる。起きているときでも、在宅時はなんとなく尿意を感じてトイレに行くと、少し自尿できる。ただし、外出時はだめだ。会社にいるときも、尿が出ていることはわかるが、その前の尿意がいまいち感じとれない。

帰宅途中のマーケットで降ろしてもらい、久々に本屋へ。安野光雅著「皇后美智子さまのうた」を買うためだ。

書棚をざっと眺めているとき、ふと阿川佐和子著「叱られる力」を手にとってみた。最近、その前の著書「聞く力」がヒットしたと聞いていたので、「週刊文春」でおなじみの著者がどんな文章を書く人なのか気になったからだ。

ざっと立ち読みしてみて、呆れた。どこかで読んだ記憶のあるフレーズのオンパレード。しかも、引用元を明記してない。これって、糾弾されたら言い訳できないレベル。われわれプロは絶対にやらない書き方だ。高名な作家のお嬢さんだし、好感を持っていたのだが残念。

「皇后美智子さまのうた」は予想通り、良かった。涙、涙で読み終えた。安野先生、高齢もものともせず、頑張っておられる。見習いたい。

2013年8月11日 (日)

『宮本武蔵』読了

  ――武蔵は。

  一朶の雲を、見ていた。ふと見たのである、われに返って。

  今は雲と自身とのけじめを、はっきり意識にもどしていた。遂にもどらなかった者は、

敵の厳流佐々木小次郎。                                         

                                (『宮本武蔵 08 円明の巻』より)

吉川英治著『宮本武蔵』を今しがた読み終えた。軽い興奮と深い感慨に浸っているPhoto

(島田美術館蔵 宮本武蔵像)

世に広く喧伝されてきた国民的小説だけに、面白い。いや、じつに面白い。

もともと吉川英治の歴史小説が好きで、これまでに『三国志』『新・平家物語』『私本太平記』『新・水滸伝』『親鸞』を読んでいる。あの独特の語り口と、たとえば絶世の美女が若い男を誘惑する場面を直截的な単語を一切使わずに描いてなおかつ直截的な単語を用いた場合の数十倍も濃密に、その妖艶な雰囲気と世界を読者の脳内に焼き付けてしまう筆力を愛するがゆえである。

しかし、いわゆる時代小説、剣豪小説は読まず嫌いになっていた。泣いて笑ってさいごにしみじみとする大衆ドタバタ演劇と同等レベルに思えていたからだ。それでも、『宮本武蔵』はあまりにも有名な作品なので、英治ファンとしては読まないという法はないだろうと、ふとiPad miniで青空文庫をあさっていて思いついたのである。

基本は痛快時代活劇と言っていいだろう。この小説があまりにも人気を博したために、吉川英治は小説と史実の違いについてを読者に念押しするかのような著書『随筆 宮本武蔵』まで書いているが、史料が少なく、作家の空想力・想像力にすべてを任せするしかないテーマだけに、サービス精神旺盛にただただ面白く書こうと心がけたのであろう。

なんといっても、多数の登場人物が小説でしかあり得ない出会いを、あるいはすれ違いを何度も重ねていくことで、よく知られたストーリーにひと味もふた味も味わいを染み込ませていく。

幼馴染で恋人のお通、竹馬の友の又八、又八の母のお杉ばば、沢庵和尚、修行の旅の途中で拾った幼い弟子の城太郎と伊織、その他多くの知人友人ライバルらとこの広い日本でよくもまあそんな出会いが…とあきれるくらいに都合よく出会い、あるいはすれ違い、喜んだり悲しんだりする。その究極は、伊織が武蔵に預けていた父親の形見袋の中の手紙で、伊織には生まれてすぐに寺に預けられたひとりの姉がいて、それがお通だったとわかった場面だろう。

え~っ!!! 小説は小説よりも奇なり、って思ってしまうほどできすぎた話だ。だが、それだからこそ、この小説が好きになるのだろう。かく言う小生も、この小説には何度も何度も泣かされた。

登場人物それぞれの個性・持ち味を鮮明に描きだしており、とくに城太郎と伊織がけなげで気丈でかわいい。

新聞にこの連載を書いたのは確か40代前半。その若さでどうしてこういう小説が書けるのか、才能なきわが身に比して驚かざるを得ない。そんな驚きをもち続けて、巌流島の決闘の場面で終わる第8巻の最後、つまり終わりの終わりでその思いはいっそう深まる。

そこには、こうあるからだ。

巌流島の決闘の後、世間の風評には武蔵に批判的なものも少なからずあったと触れたうえで、小説の締めくくりとなる3行。

  波騒は世の常である。

  波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。けれど、誰か知ろう、百尺下

の水の心を。水のふかさを。     

 

いつの世にも変わらぬ真理。英治節が冴えわたる。

 

 

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